第1074話 「勝敗」

 教皇の敗北宣言によりジオセントルザムとその周辺での戦いは終結。

 こうしてグノーシス教団は敗北し、クロノカイロスは陥落する事となった。

 現在は捕虜の隔離や破壊された区画の整備、オラトリアムから資材の運び込みを行っている。


 特に早い段階で再利用しなければならないジオセントルザムは急ぎで作業が進められていた。

 ゴブリンを筆頭にオークやトロールといった亜人種の作業員が額に汗をかきながら瓦礫などの撤去作業を行っている。 そんな彼等の傍らにはあるものがあった。


 やや大きいが持ち運びできるその機材からは音が響く。


 『はい、皆さんこんにちは! 今日もオラトリアムラジオ、略してオララジの時間がやってまいりました。 メインパーソナリティーは毎度おなじみ瓢箪山 重一郎がお送りします』


 響いたのは瓢箪山の声だ。


 『今回はクロノカイロス王城の一角に設けられた仮設放送局からお送りします。 どうでもいいですけど、放送再開もうちょっと後でも良くないですかね? ここの制圧終わって半日も経ってないんですけど――ひっ!? 睨まないで下さいよぉ……ただ、ちょっと疲れてるんで労わってくれると嬉しいなぁーなんて……。 え?『お前の仕事は皆を楽しませる事だろ』って? いや、まぁ、楽しんで貰えるに越したことはないんですけど、ほら俺って割と頑張って戦ったと思うんですよ。 そんな俺にも少しぐらい癒しの時間を――あ、はい、ごめんなさい。 謝るのでその魔導書引っ込めて貰えませんかね』


 瓢箪山は軽く咳払いをすると気持ちを切り替える。


 『さて、今回は割と急ぎの内容なので収録放送ではなく生となっております。 では、お知らせですが、オラトリアムはクロノカイロスとの戦争に勝利。 無事制圧する事に成功しました。 それにより戦時体制は解除、皆さんは通常業務へ――とは言ってもやる事は変わらないので安心してください』


 ジオセントルザムの各所では魔導外骨格が崩れた建物の撤去や死体から装備品の剥ぎ取り、家屋からの使えそうな物の運び出しなど戦利品の集積作業を行っている。

 同時にドワーフ達が地図を片手に指示を出しており、連れている改造種達が指示に従って作業を進めていく。


 『えーっと、普段ならお便りコーナーといきたい所ですが、一式向こうに置いて来たので申し訳ないですが今回はなしです。 多分、次は収録になると思うのでその時にでもまとめて紹介――え? 次も生? いやいやいや、今回は急ぎでやるからオラトリアムにも帰らずに急ごしらえの設備でやるって話じゃないの!? ってか今更だけど転移あるんだから俺、ここに居ても意味ないですよね!? 何でここでやってるの? ――あ、もういいです。 その顔見れば分かる――何でそんないい笑顔なんですかねぇ……』


 彼が機材を持ち込んで放送しているのは法王が死んだ玉座の間だ。

 無駄に広々とした空間に机と放送機材を並べて喋っているので瓢箪山は少し落ち着かない気持ちで放送をしていた。

 声もやたらと響くので普段はそんなに広くない専用スタジオでやっている事もあって尚更だろう。


 『……取りあえず、次の話行きますね』


 ジオセントルザムからは住民や聖騎士達の姿は消え、代わりに改造種や亜人種達があちこちで動き回る。

 では元々の住民達は何処へ行ってしまったのか? 彼等は街の外に設けられた仮設の収容施設へと放り込まれていた。 列を作って施設へと入れられ、入る際に名前などを聞かれ名簿を作られる。

 

 『えーっと……』


 瓢箪山が事前(放送開始直前)に渡された原稿のページをペラペラと捲る音が響く。


 反抗した者は即座に殺され、連帯責任として家族や友人も纏めて処分されるので人々は項垂れたまま黙々と歩き続ける。 時折、子供の泣く声などが聞こえるが、それには誰も反応しない。

 何故なら反抗している訳ではないからだ。 ただ、移動の流れを妨げる場合は早く進むように促される。


 『あぁ、これだこれだ。 はい、一部の人は事前に聞いているかもしれませんが、割と重要なお知らせです。 今日明日の話ではありませんが、オラトリアムはその首都をジオセントルザムへと移す事が決定しました。 要するに引っ越しですね』


 聖騎士達戦闘職の者達もそれは例外ではなく、武装解除された後に分散して収容施設へと入って行く。

 その顔には悲嘆を通り越して絶望が張り付いていた。

 無理もない話で教皇は戦意を喪失して投降、法王は死亡。 聖剣使いも敗北して囚われの身。


 首都であるジオセントルザムは完全に制圧されて好き勝手に弄繰り回されている最中。

 これを見て敗北を認めるなという方が酷な話だった。

 彼等はこれからどうなるのだろうかといった不安の中、肩を落として歩く事しかできない。

 

 反面、オラトリアムの者達の表情は明るい。 戦争は危険も大きいが褒賞として支給される金額が大きく、ある程度の戦果を上げれば更に追加で貰えるので差こそあるが皆、懐が温かかった。

 

 『具体的な流れは近い内にこの番組や回覧、様々な形で通達されると思うので聞き逃さないようにお願いします』


 ジオセントルザムの中央からやや北寄りに転移した巨大な山の中では、魔導外骨格やエグリゴリシリーズのパイロット達がささやかながらの戦勝の宴を行っていた。

 彼等は今回の戦いで特に活躍したので戦後作業の一部免除と報奨金とは別でこのように宴会を行う自由時間を与えられていたのだ。


 酒を飲んで笑う者、死んだ仲間を想って涙を流す者、無心で飲み食いする者と様々だったが、共通する事は勝利に対する喜びだった。

 その裏ではドワーフを筆頭に亜人種の整備員達が、破損した機体の修理に取り掛かっている。


 放送はジオセントルザムだけでなくオラトリアムにも届いているので、全域で勝利による喜びの声が上がっていた。

 これで自分達の生活が守られたと素直に喜ぶ者達、教会へと赴き、神像へと感謝の祈りを捧げ、グノーシス教団には神に逆らったから滅んだのだこの間抜けと侮蔑の念を送る。

 

 教会に存在するピカピカに磨き上げられた黄金の巨大ロートフェルト像へと祈りを捧げるのは、聖職者だけではなくゴブリンやオーク、トロール、改造種と統一感が全くない集まりで、彼等は一様に今の生活に満足している者達だ。 この生活があるのも神のお陰、神が居ればもっと豊かになれる。

 

 万歳、万歳、オラトリアム万歳、ロートフェルト様万歳とひたすらに祈り続けていた。

 

 『はい、連絡事項は以上となります。 後はいつもの演奏コーナーと行きたいんですけど、ちょっとギターを派手に使いすぎた事もあって今はメンテ中ですのでこっちもお休みとなります。 色々と落ち着いて来たらまたやりますのでよろしくお願いします。 ――という訳で本日の放送はここまで、お相手は瓢箪山 重一郎でした。 またねー。 ――やっぱここって落ち着かないからシュドラス城でやらせてくださいよ……』


 ガチャガチャと機材を片付ける音が響き、放送が終了した。

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