第1056話 「暗示」

 「いや、あの、色々と喋ってくれるのはありがたいんですが、俺の上の人相手にやってくれませんかね?」


 弘原海はそう言って止めようとするが、法王は取り合わずに「まぁ、聞け」と止める気配がない。

 クリステラは話に興味があるのか遮るような真似はしない。

 法王は二人が聞くつもりになったと判断したのか、話を続ける。


 「奴の目的は世界を滅ぼす事だ。 回避は不可能。 一度始まれば何をどうしても世界は滅ぶ」

 「……その存在は何故世界を滅ぼそうとしてるのですか?」

 「理由なんてものはない。 奴等はそういった存在で、それしかできないただの機構だ」


 弘原海とクリステラは法王の話をどうにか咀嚼しようと考えを巡らせる。


 「それが発生する条件は?」

 「複数あるが、条件として大きなものは第一を除いた辺獄の領域が全て閉ざされる事だ。 領域は奴――世界ノ影タウミエルがこの世界へ現れる為に必要な存在ではあるが、同時にその出現を遅らせる役目も担っている。 ……結果的にではあるがな」

 「……どういう事ですか?」

 

 辺獄に関しての深い知識を持っていないクリステラからすれば疑問符しか湧かない話だった。


 「そっちの異邦人は反応が薄いな。 知っていたのか?」

 「……いえ、知りませんよ。 ただ、死人が出るとそれに比例して辺獄が勢力を増すって話は聞かされていたので、それ関連かなとは思っています」

 「ほぅ、そこまで気付いている者がいるか、中々の賢者だな。 だったら話は早い。 世界の滅びは人が死ねば死ぬほどに加速する。 タウミエルの出現はその極点と言えるだろう」


 タウミエル。 極点。 不吉すぎる単語ばかり並んでいるので弘原海はこれ以上聞きたくなかったが、もうここまで知ってしまうと手遅れだった。


 「生き物が死ぬ事で辺獄が活性化して領域が力を増す。 その結果、領域の氾濫が発生。 ――で、それをどうにかするとそのタウミエルっていう化け物の出現が早まるって事ですか?」


 自分で言っていて嫌な気分になった。 滅ぶ為に生まれた命に滅ぶ為に存在する世界。

 とんだマッチポンプだ。 そして転生者の命はそれを加速させる為のカンフル剤という事になる。 

 気分が悪い。 これでは自分達、転生者はこの世界を滅ぼす為に呼び出されたみたいじゃないか。


 「――みたいじゃない。 実際、その通りだ」


 法王の言葉に弘原海は目を見開く。 法王の言葉はまるで心を読んだかのようだったからだ。

 

 「異邦人は人間と形が違うが、中身は同じだ。 表面をじっくり観察すれば考えている事は何となくだが見えて来る。 貴様は随分と素直な男だな。 見ているだけで考えている事が手に取るように分かるぞ」


 弘原海の反応に気を良くしたのか法王は楽し気に笑う。


 「これは知らなかったようだな。 貴様等転生者をこの世界に召喚したのはタウミエルだ。 奴に明確な自我があるとは確認されていないが、上質な餌を見分ける程度には鼻が利くようだな。 貴様みたいな他所の世界で死んだ者達を次々と吸い寄せているらしいぞ?」

 「……俺達は世界を滅ぼす為の餌って訳ですか?」

 「そうなるな。 なんだ? 反応が薄いな。 もう少し怒ったり悲しんだりするものかとも思ったぞ? 転生者の中には転生した事に何かしらの意味を無理に見出そうとする者や自分は選ばれた存在だと勘違いする者もいたが、貴様はそうでもなかったのか?」


 法王は気を良くしたのか徐々にだが饒舌になっているがその反面、言葉に遠慮がなくなって来ていた。

 

 「……別に。 特に思う所がない訳じゃありませんが、こっちに来れて良かったと思える事もあったんでこの手の話は飲み下す事にしてるんですよ」

 「ほう、やはり面白い男だな。 可能であれば近衛に欲しいぐらいだ」

 「そういうのは良いんで話したいなら続きを話して貰えませんかね? 俺達も暇じゃない」

 「あぁ、そうだったな。 許せ、久々に好きなように話せる相手でな、気持ちが高ぶってしまっている」


 法王はどこまで話したかと思案顔になった後、ややあって話を続ける。


 「貴様等は生命の樹セフィロトというものを知っているか?」


 二人は無言。 クリステラは知らないので反応できず、弘原海は名称自体はどこかで聞いた事はあるが詳細までは知らなかったので沈黙する事しかできなかった。


 「話によるとこの世界を維持している根幹ともいえる存在らしい。 世界を支える大いなる樹は遍く全てに魔力という恩恵を与え、世界に命が満ちる土壌を生み出し――その枝として聖剣を生み出した」


 唐突に出て来たそのワードと聖剣を生み出したという言葉。 弘原海は思わず自らの聖剣に視線を落とす。 


 「その役目は外敵の排除。 聖剣は異なる世界である辺獄の干渉を防ぐ為に世界が生み出した防衛機構だ」

 「では魔剣は何だというのですか? 一説によれば聖剣と対になっており、フシャクシャスラでの戦いでは道連れに消滅したと聞いています」

 「良い質問だ。 聖剣は生命の樹が生み出した枝といった。 ならば異なる世界である辺獄にも同じ物が存在しても不思議ではないだろう。 魔剣は辺獄に存在する生命の樹――正確には死の樹クリフォトと呼称される存在が生み出した聖剣・・だ」

 

 クリステラは視線を下げる事はしなかったが、腰に納まったままの魔剣サーマ・アドラメレクに触れる。 魔剣は変わらずに解放を求めて拘束に抗い続けていた。


 「魔剣は聖剣と同じ物だと?」

 「本質的にはな。 ただ、滅ぼされた事により別の存在へと変質してしまった結果が今の魔剣だ。 魔剣の目的は聖剣と真逆。 この世界への侵攻――要するに辺獄の氾濫を狙っている訳だ」

 「では何故、聖剣と接触して消滅するのですか? 氾濫を起こす事が目的であるなら消滅はその趣旨に反するのでは?」


 クリステラの言葉はもっともだった。 消滅してしまえば何も残らない。

 いや、その後に起こる事を考えれば――


 「アレは消滅した訳ではない」


 ――クリステラの疑問に法王は即答する。


 「消滅した訳ではない?」

 「あぁ、単に持って行かれただけだ」


 持って行かれた? フシャクシャスラでの顛末は形は違えど二人には伝わっている。

 魔剣に侵食された第九の聖剣シャダイ・エルカイは闇の柱の発生と引き換えに消滅したと。

 法王は二人の反応で納得していない事を悟ったのか言葉を重ねる。


 「聖剣と魔剣は本質的に同一。 そしてそれぞれ対応した位置に配置されている。 学者連中は番号を振って分かりやすく呼称していたがな。 番号に関しては龍脈とかいう力の通り道がどうのとかいっていたが、専門的な話はさっぱり分からん」


 法王の話は続く。

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