第1057話 「空虚」
「生命の樹と死の樹。 この世界と辺獄は異なるものではあるが、完全な別物と言う訳ではない。 世界間に距離の概念があるのかは怪しいが重なりあって――ゴホッ。 ん、んん。 少し話しすぎたな」
法王は小さく咳き込んだ後、おもむろに懐から小さな魔石を取り出すと起動。 クリステラが反応しかけたが、法王は構わずに動作を続ける。
どうやら使用したのは転移魔石だったようでその手の中にはワインボトルが現れた。
「『イルチエナーコロ』という銘柄でな。 私のお気に入りだ。 貴様等も飲むか? 死ぬほど美味いぞ」
法王は見せびらかすようにワインボトルを掲げて見せる。
弘原海は反応に困って「いえ」と首を振り、クリステラは無視。 法王は楽し気に笑うと、もう一つ小さな魔石を取り出したが思い直したのか懐に戻した。
「どうせ誰もいないなら、グラスは要らんか」
そう呟くと栓を抜いてそのまま豪快に煽る。
「――あぁ、美味い。 やはりこの銘柄は最高だな。 気が変わったらこの城の地下に備蓄がある。 戦闘に巻き込まれずに無事だったら適当に持って行くといい。 さて、話の続きだが、こちらと辺獄は魔剣や聖剣を用いれば簡単に行き来できる事から近い位置にあるというのは分かるな? 学者連中曰く、ここと向こうは重なり合っているらしい」
「重なり合っている?」
「そうだ。 コインの裏表のようにな。 ここでさっきの話に戻る。 消えた聖剣と魔剣がどうなったかだ」
法王はふむと一度言葉を切る。 言い淀んでいるというよりは言葉を選んでいるようだった。
「タウミエルの目的は世界の滅びだが、何を以って世界の滅びとするか? その答えは世界の消滅だ。 ではどうすればこの世界は消えてなくなると思う?」
「生物の死滅でしょうか?」
「悪くない答えだが違う。 生物の死滅は世界の滅びと同義ではない。 文字通りに消えてなくなるのだが、その鍵は聖剣と魔剣だ。 聖剣と魔剣は世界が生み出した世界の一部であり、目に見える世界の根幹とも言える。 お前達は使っていて不思議に思わなかったか? 聖剣が無尽蔵に吐き出す魔力の出所に」
法王の説明はやや回りくどかったが、理解はできた。
「つまり俺達が使っている聖剣の魔力は世界から直接引っ張って来ているって事ですか?」
「その通りだ。 だから辺獄ではまともに機能しない」
なるほど。 逆に辺獄で魔剣が機能するのは死の樹から魔力を引っ張って来ているからだと言う事か。
弘原海の反応を見て法王は理解していると解釈したのか話を続ける。
「聖剣は直接生命の樹に繋がっている。 さて、それが辺獄で魔剣と接触すれば何が起こるのか? ここまで話せば察しは付くかもしれんが、結論を言ってしまえば
「……侵食」
「そう、侵食。 死の樹は生命の樹を侵食して融合しようとしている。 聖剣と魔剣は消滅したのではない。 同化する事によってその役目を終えたのだ。 そして境界を失った二つの世界は溶けて交ざり合う」
「では、その後に現れた者達は何なのですか?」
クリステラが言っているのはその後に現れた「虚無の尖兵」と呼ばれる存在についてだろう。
「あぁ「無を冠する者達」か。 奴等に関しては分かっていない事が多いが、世界に堆積した記憶や知識から再現された影のような物らしい。 分かっている事は格は落ちるが魔剣と同じ特性を備えているので、聖剣を侵食できる事と魔力に群がる習性がある事ぐらいか」
「つまりそいつらに聖剣を取られると同じような事になると?」
「そうだ。 世界の滅びとは全ての聖剣が死の樹に取り込まれ生命の樹と完全に融合する事だ」
弘原海はスケールの大きすぎる話に眩暈がしたが、聖剣を扱っている身としては無視できない。
「察するに完全に融合する際に世界は消えてなくなるって事ですか?」
「その通りだ。 死にたくないなら精々、聖剣を守る事だな」
「……お話は分かりましたが、グノーシスは何故そんな事を知っているのですか?」
クリステラの質問はもっともな話だった。
滅びるというのならその情報をどうやって手に入れたのかといった疑問が出て来る。
「やり過ごす方法があるからな。 我々はそうやって前の世界から生き永らえている身だ。 ――もっとも、生き残りは私を含めて数人だがな」
――当たりかよ。
弘原海は作戦前にグノーシスが世界の滅びから逃れる手段を隠し持っている可能性があるといった話は聞かされていたのでそこまでの驚きはなかった。
ただ、クリステラは初耳だったので驚いていたが。
「後に控えている者達とはそう言う事ですか。 ――逃れる方法がある事は分かりました。 回避する方法、またはそのタウミエルなる存在を打倒する方法はないのですか?」
真っ先に打倒と言ったのは法王の話からその手段には
法王はクリステラの反応に小さく笑う。
「ないとは言い切らんが、私は知らんな。 かつてタウミエルに挑んだ者達は数え切れない程に存在した。 その戦いに立ち会った訳ではないが、まさに神話の戦いと形容するに相応しい激戦だったそうだ。 かつて覇を謳った数多の世界が滅びの運命を打倒せんとタウミエルに戦いを挑んだ。 中には我々の想像もつかない超技術を操る程の高度な文明を築いた世界もあったらしい。 だが、そんな偉大な先達の力を以ってしても悉く失敗した」
「それだけの力を持った者達でも敗北する程の脅威という事ですか」
クリステラの言葉に法王は小さく肩を竦めた。
「話はよく聞け。 そして言葉に気を付けろ。 私は失敗したとは言ったが敗北したとは言っていない。彼等は滅ぼされたのであって決して負けた訳ではない。 タウミエル――滅びを齎す核となる存在や、その周囲に存在する最強の個体群「
法王の目に一瞬、炎のような輝きが灯ったがすぐに表情が弛緩する。
「奴等は倒したとしても
法王は拳を握るが、長続きせずに力が抜けて開く。 代わりに持っていたワインボトルを一気に煽る。
「本来、我等グノーシスの目的は滅びを打倒する事を目的とした組織ではあったのだが、時間は残酷だ。 今となっては滅びから逃げ回るだけの空っぽな支配者となり下がってしまった」
そう言って法王は自嘲気味に笑う。
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