第1054話 「回込」

 「は、はは、いやぁ、危なかったよー」


 クリステラ達から逃げ切ったラディータは人目に付かない比較的無事な建物の間に入り、一先ずの危機を脱した事を確認後、いい加減に限界だった権能を解除。 分身体は既にやられてしまったので解除の必要はなかった。 八種類の権能の並列起動に聖剣による複数の分身体の操作。


 流石のラディータもそれだけの事をやったので消耗が激しい。

 

 ――一度、どこかで休まないと不味いかなぁ……。


 現在地は王城から少し離れた位置で大聖堂の近くだ。 本音を言えばさっさと大聖堂に向かってしまいたいが、襲撃されている事は知っているので安易に入るのは危険だった。 居ないとは思いたいが、王城を襲撃して来た面子より強力な存在がいれば消耗しきった今の状態で勝てるのかは非常に怪しかった。


 聖剣使い以上の存在が居ないとは考えない。 何故ならラディータはそう言った本物の強者を何人も見て来たからだ。 特定の分野の戦闘技能を極めた存在、特に龍脈――かつて存在したエメスの学者曰く「維管形成層トポロジー」への接続法を使いこなした者の戦闘能力は常軌を逸していた。


 聖剣を持ちだして挑んでも間違いなく話にもならないだろう。 あのレベルになると聖剣はなくていいどころか寧ろ邪魔になるらしい。 実際、彼女も目にした事があるが、笑うしかない強さだった。

 拳一つ、剣一本、銃一丁、本一冊、符の一枚。 己が頼みとするたった一つを極限まで突き詰めた輝きは全ての障害を文字通り完膚なきまでに粉砕する。


 聖剣使いとして、救世主として、最上位の聖騎士の座に位置するラディータですら手が届かない高み。

 この世界にそんな化け物じみた存在がそういるとは思えないが、物事に絶対はない。

 少なくともラディータにとって聖剣使いは強者ではあっても最強の存在とは呼べなかった。


 その為、大聖堂に入るには多少なりとも休んでからにするべきだと考えていたのだ。

 

 ――取りあえず、地下施設を経由して――


 彼女は近場で安全な場所を脳裏でピックアップしながら今後の事に思考を巡らせる。


 「まぁ、そんな事だろうと思ったよ」

 「この手のカスが考える事はどいつもこいつもまったく同じだな」


 ――っ!?


 不意に聞えた声にラディータは咄嗟に反応しようとしたが遅かった。

 地面から土で出来た鎖のような物が瞬時に絡みつき、両足の太腿部分を矢のような物で射貫かれる。

 聖剣で分身体を生み出そうと力を込めるが、彼女が実行する前に聖剣に別の鎖が巻き付くとその手から引き抜かれた。 


 文字通り釣り上げられた聖剣は鎖に絡みつかれたまま宙を舞い――いつの間にか現れたアスピザルの手へと渡った。


 「はい、いただき」


 アスピザルは奪った聖剣を持っていた鞘に納めるとしっかりと鎖を巻いて逃げられないように固定。

 

 ラディータはどうにか抵抗しようとしたが、聖剣を失った事で身体能力が低下。

 地面から生えていた鎖に引っ張られて地面に引き倒される。

 

 「な、なんで――」

 「こっちに転移がある事、忘れてない? 後、お姉さんさ。 ギリギリまで自然体だったから分かり難かったけど、逃げる前に僕達の事を確認するような目で見ていたでしょ? アレは失敗だったねー」

 「一度、奇襲を喰らっているから逃げるのを邪魔される可能性を排除したかったんだろうが、お前みたいな奴はヤバくなったら逃げるのは分かり切っていたからな。 最初から見越していたに決まっているだろうが」

 

 アスピザルは感覚、ヴェルテクスは経験からラディータが逃げる可能性を考慮していたのだ。

 

 「いや、参ったよ。 ちなみに参考に教えて欲しいんだけど、お姉さんがここに来るって何で分かったのかな?」

 

 その質問にアスピザルは小さく肩を竦める。


 「いやぁ、僕としては外れて欲しかったんだけど、城の中に逃げないんならこっちだろうなって思ってたよ。 具体的な居場所に関しては制空権を抑えているんだから上から見れば一発なんだよね」

 「お前等グノーシスが携挙とかいう世界の崩壊から自分達だけ逃げる気なのは最初からバレてんだよ。 ――で、その逃げる為に必要な装置か何かがここにあって動かせない。 生きている価値のないカスでも命は惜しいらしいからなぁ。 だったら追い詰められて逃げる先はそれがある場所だ」


 ヴェルテクスは不機嫌な表情を浮かべてラディータの髪の毛を掴んで強引に上を向かせる。

 同時に彼女を拘束していた鎖が首へと巻き付く。

 

 「僕達としては確認しておきたくてね。 それがあるのって大聖堂って事でいいのかな? 一応、警告しとくけど、妙な真似をしたら首を捻じ切るから」


 アスピザルはそう言いながら聖剣を抱えて少し下がる。

 これは念の為だった。 ないとは思うが、万が一にも取り返されると勝ち目がなくなるからだ。

 

 「は、はは、お姉さんがそんな口の軽い女に――」


 ヴェルテクスは無言でラディータの顔面を地面に叩きつけたが、それで気が済まなかったのか二度、三度と同じ事を繰り返して一言。

 

 「次に舐めた事を言ったら殺す」


 ラディータはヴェルテクスとアスピザルへ順番に視線を巡らせたが、本気であると言う事は痛い程に伝わった。

 ヴェルテクスは苛立っているのか今すぐにでも殺したいといった剣呑な雰囲気を漂わせており、アスピザルにもそれを止める素振りはまったく見られない。


 ――うん。 ふざけたら間違いなく殺される。


 「喋ってもいいけど、お姉さんは見逃して貰えるのかな? 聞くこと聞いたら用済みで殺されるのなら喋り損だと思うんだけど?」

 

 ラディータは内心の動揺を抑えながらも保身を図る。 生きてさえいれば何とかなるのだ。

 ここは何とか生き残る事だけを考えないと……。

 

 「いやー、立場分かってる? 要求できる立場じゃないと思うんだけどなぁ……」

 「知りたいんでしょ? 助かる方法。 お姉さんは知っているよ? それがどこにあるのかもね」

  

 そう言いながら僅かに身を捩って確認。 鎖は権能で瞬間的に強化すれば剥がせない事もないが、発動にタイムラグがあるのでほぼ密着しているヴェルテクスに気付かれる。

 相手に迷いがあるならやや強引に逃げる事も可能だろうが、アスピザルはともかくヴェルテクスはラディータを殺したくてたまらないといった雰囲気があった。 口実があれば一切躊躇しないだろう。


 ――これは詰んだかー。


 少なくとも喋っている間は殺される事はないので、後は状況を見ながら何とか時間を稼いで打開策を捻り出すしかない。

 ラディータは分かったよと言って全身の力を抜いた。

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