第1050話 「金腕」

 クリステラは聖剣を振るいながら自身の不利を悟っていた。

 技量自体はラディータの方がやや上、聖剣と権能により力でも上回られている。

 勝っている点は攻撃の回転速度だろう。 ラディータが一撃入れる前にクリステラは二、三撃繰り出す事が出来る。


 ――が、一度返される度に膂力の差なのか強めに返されると受けきれずに体勢が崩されるのだ。

 

 その為、手数を増やしすぎる事が出来なかった。

 強い。 クリステラは目の前のラディータに対して素直にそう思った。

 総合力では今までに出会った者の中でも五指どころか三指に入るだろう。 ラディータは完全に本気のようで、さっきまで垂れ流していた軽口は鳴りを潜め、集中しているのか表情からは感情が消えていた。


 両者は一歩も引かずにひたすらに相手を屠らんと聖剣を振るい続ける。

 二本の聖剣が振るわれる度に光の尾を引いて遠目に見れば幻想的な光景とも取れたかもしれない。

 打ち合いの数が五十を越えた所で、状況に動きがあった。

 

 変化があったのはラディータの方だ。 急に手数が増え、クリステラが押し込まれつつあった。

 その原因は彼女の脇腹にあった。 金で出来た腕のような物が生えている。

 手には金の武具を握りしめており、それで手数を強引に増やして押し込んで来たのだ。


 こんな使い方があったのかとクリステラは目を見開く。 聖剣の扱いに熟達すれば自分も似たような事が出来るのかとも思ったが、今はできないのでただのない物ねだりでしかない。

 クリステラは聖剣の固有能力である身体能力強化との相性はこの上なく良い。 だが、それ以外に関してはお世辞にも使いこなしているとは言えなかった。


 特に金属の生成に関しては他の聖剣使いと比較しても低い水準にある。

 逆に高い水準で使いこなしている聖女と比べるとその差は顕著であった。

 聖女は水銀や銅――特に前者を変幻自在と言えるレベルに自由に変形させ、状況に応じて使い分ける器用さがあった。 形状の種類も豊富で剣や槍などの武具に水銀の特性を利用し、液体として飛ばすなどの応用まで可能としている。


 対するクリステラはどうか? 形状どころか大きさの調整すらままならない上に制御も甘く、複数出すと狙った所になかなか当たらない。 数を絞っても動いている的に当てられない。

 訓練に付き合った聖女とエルマンはそれを見て顔を見合わせ――首を捻った。


 聖女はやや天才肌なのか、教え方が感覚的なのであまり参考にならず、エルマンは聖剣を扱っている訳ではないので魔法の延長として捉えた上でのアドバイスを行った。


 ――が、クリステラという女はどうにも才能が偏っているのか、できる事は驚く程にすんなりと身に付けるのだができない事は驚く程に身に付かない。


 飛び道具で的を撃ち抜くより走って的を拳で粉砕する方が早いと本人ですら諦める始末。

 クリステラ本人も気にはしていたようで、最終的に巨大な鉄塊を作って力任せに殴り飛ばすといった使い方に落ち着いたのだった。 それは対軍戦では非常に有効ではあったが、個人戦においてはその限りではない。 特に同格以上の相手ともなると使っている暇がないので、実質役立たずの能力だ。


 その為、ラディータのような使い方をしたり、武器を精製して振り回すのは無理だった。

 ちなみに以前に武器を作ろうとしたら歪なデザインの変な棒しかできなかったので、早々に諦めて武器が追加で欲しい場合は腰にある聖剣を手に入れる前から愛用している「浄化の剣」を使用している。


 今回もその例に漏れず、手数を増やす為に腰の浄化の剣を抜いて二本持ちに切り替えてラディータの攻撃に対応。 浄化の剣で聖剣は受けない。 それをやってしまうと保たずに折れてしまうからだ。

 だが、ラディータの精製した金の剣に関しては問題はない。 聖剣由来の物質だからなのか、一撃で切断まではいかなかったが打ち合えば破損させる事が可能だった。


 ――問題は破損させた端から損傷が復元されるので完全破壊は難しいという点だ。 

 

 ラディータは聖剣と空いた手に金で作った剣、脇腹から生えた金の腕に持った剣。

 三本の剣でクリステラと切り結んでいたが未だに攻め切れない事に驚いていた。

 五天、三冠――合計八種類の権能展開に聖剣の能力を完全に使用しているにもかかわらず状況は拮抗。

 

 ラディータから見てクリステラは聖剣使いという事を差し引いても完成度の高い聖堂騎士だった。

 型に囚われない荒削りな動きではあったが、驚く程に無駄がない。 まるで最短で相手を殺す為に放たれた矢のような動きだった。 その動きの一つ一つに殺意が籠っており、一撃でもまともに貰えば即死しかねない凄みがある。


 これ程までの聖騎士を本国の外で放置していたのは怠慢じゃないのかと思ったが、今更言っても仕方がない事だ。 先々を考えるならこういった人材は残しておきたいのだが、敵に回った以上は仕方がない。

 クリステラは強力な聖騎士ではあり、その総合力は本国の聖堂騎士や救世主と比較しても最上位に位置するだろう。

 

 ――だが、彼女が今までに見て来た中では上の方・・・止まりだ。

   

 ラディータの長い人生を振り返ればクリステラ以上の強者は何人も見て来た。

 聖剣を操る彼女ですらどう頑張っても敵わない化け物のような存在――世界の影にすら届き得る遥かな高みを。

 そんな存在に比べればクリステラの相手は簡単とは行かないが、勝ち目がある分やり易いと言える。


 飄々とした振る舞いをしているが、彼女の戦闘経験は豊富だ。

 その積み重ねは蓄積され、彼女の対応力を大きく引き上げている。 クリステラの攻め方は素直で真っ直ぐだ。 なら攻略法もそう難しいものではない。


 単純な攻め方なら、単純に上回れば打倒が可能というのは道理だろう。

 つまり、手数を増やして捻じ伏せればいい。 権能の維持とヴェルテクスとアスピザルの足止めに割いている分身と脇腹から生やしている腕の操作。 これだけでかなり神経を消耗させられるが、そろそろ権能の維持に疲れて来たので戦闘に支障が出るレベルまで疲弊する前に決める必要がある。


 ラディータは本来なら権能など使いたくなかった。 救世主達は選ばれた者に与えられし力、限られた者にしか与えられない才能とありがたがっていたが、寿命を代価に発動する諸刃の剣だ。

 こうしている間にも自身の寿命がガリガリと削られていると考えると不快な気持ちになる。


 昔なら簡単な回復手段が存在した事もあって使用に躊躇はなかったが、今は気軽に使える物でもないので全力を出す事に非常に強い抵抗があったのだ。

 ラディータはとにかく死にたくなかった。 特に死後の人間に待っている末路を知ってしまった彼女は心底から思ってしまうのだ。


 ――ああはなりたくないと。


 死ねば無になるのならそれはそれで許容できる。 だが、アレは……アレだけは――

 ラディータは恐怖と嫌悪、それを忌避する思考を原動力に変えて更なる力を振るう。

 腕のような繊細な動きを行う部位の創造と操作は負担が大きいが、クリステラを仕留めるには必要だ。


 新たに生えた金の腕に握りしめた金の剣。 更に回転を増した攻撃がクリステラを追い詰める。

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