第1049話 「拮抗」

 八種類の権能の同時展開。

 今のグノーシス教団にここまでの権能行使を可能とする者は彼女を除いて二人しかいない。

 これだけの数の権能を扱える事――特に大罪、美徳の併用を行う事は非常に難易度が高かった。


 その理由は起動に必要な感情の発露――そのベクトルが真逆である以上、同系統の権能を併用するよりも難易度は跳ね上がる。 そもそもグノーシスの教義上、大罪系権能は悪魔の力を扱う事もあって使用は禁忌とされていた。 


 「天国界シュメオン」と対を成す「煉獄山ペトロス

 単純に属性が違うだけで本質的には同じ物だったが、それ故に両立は難しい。

 確かに禁忌とされてはいるが習得させる場合は聖騎士という属性上、併用が前提となる。 結果的にではあるが、習得難易度が高くなるので自然と扱うといった選択肢が消えて行ったのだ。


 ラディータにとってこの選択は非常に不本意な物だった。 権能は肉体ではなく魂の寿命を削る。

 エルフの肉体は数百年を生きる事が可能ではあったが、肉体より先に魂が滅びれば何の意味もない。

 だからこそ彼女は救世主としての高い能力を持っていたが、権能の使用は控えていた。


 ここに来て解放したのは使用しなければ敵わないと理解しているからだ。 寿命を減らすリスクを避ける事にこだわって殺されてしまえば何の意味もないので、彼女の判断は正しいといえるだろう。

 八種類の権能を同時に操れる彼女は間違いなく最強格の救世主だ。


 「強欲」で強化された「正義」「憤怒」の身体能力強化は聖剣エロハ・ミーカルの強化との相乗で、クリステラのエロヒム・ギボールによる強化にすら届き、部分的には越えてすらいた。

 ラディータ・ヴラマンク・ゲルギルダズ。 聖剣エロハ・ミーカルの担い手にして法王筆頭近衛聖騎士。


 彼女の事を知らない者はこのジオセントルザムに存在しなかった。

 だが、彼女の来歴を知っている者は非常に少ない。 何故なら既に最初からそこに居たからだ。

 古参であるヒュダルネスやヴァルデマルですら彼女の教団に参加した経緯を知らない。


 本当の意味で彼女の事を理解しているのは法王と教皇のみだろう。

 飄々とした掴み所のない態度に本音が見えてこない軽い言葉。

 表面的に理解して付き合い方を定めた者は多いが、深くまで近づいた者は居なかった。


 それもその筈だった。 彼女は表面上は誰よりも人に近づくが、実際は誰よりも人を踏み込ませない。

 ラディータは誰とでもそれなりに仲良くなれるが、誰とも本当の意味での友とはならない。

 数少ない理解者は教皇と法王だけだった。 彼女の事を理解できるのはその二人だけ。


 ――そう、二人だけなのだ。


 ラディータにとって理解者は二人居れば充分で、他は必要とは感じない。

 彼女が信仰を建前に信徒達へ犠牲を強いる事に躊躇がないのはこれが理由だった。

 その為、何人死のうが赤の他人なので気にもしない上、死ねと強要する事も出来るのだ。


 彼女に教団への忠誠心は存在しない。 ただ、共に生きて行くといった目的があるだけだった。

 それを邪魔するというのなら誰であろうと殺す。 殺し尽くす。

 ラディータの表情にこそ変化はないが、その瞳には紛れもない激情が宿っていた。


 それを目にしたクリステラは彼女の視線を真っ直ぐに受け止め受けて立つと聖剣を振るう。

 腕力はラディータの方が上だったが攻撃の回転はクリステラに分があった。

 斬撃に突きや薙ぎなどの様々な角度、種類の攻撃を織り交ぜてひたすらに攻撃を繰り返す。

 

 急所を狙いつつ、手足を狙って意識を散らす事を忘れない。 ラディータもそれを正面から受け止める。

 両者は拮抗――ややクリステラが押され気味ではあるが、彼女の背後にはヴェルテクスとアスピザルが居る。 二人は援護をしようとしたが、いつの間にか現れたラディータの分身体に攻撃されてそれ所ではなかった。 本体同様に分身体も権能で強化されているので、先程のように簡単に撃破ができないのだ。


 それともう一点。 二人には問題が発生していた。

 「色欲」の権能の影響だ。 アスピザルはそうでもなかったが、ヴェルテクスの攻撃が明らかに遅れている。 彼女の振るった権能の効果は相手を近しい相手と錯覚させる事で攻撃を躊躇させるといったものだ。

 

 ヴェルテクスの魔法である程度は防いでいるが完全に無効化はできていないので、影響を受けてしまっていた。 この権能は影響を受けた対象の情の深さで効果に差が出る。

 つまり問題なく攻撃できているアスピザルは割り切れているが、ヴェルテクスはそうでもなかったのだ。


 「クソが!」


 そしてそれを自覚している本人は苛立ちに表情を歪ませる。

 振り切るように魔導書による悪魔の能力行使を扱い続けるが、権能は扱わない。

 正確には扱えないのだ。 このような精神状態ではまともに機能しないと自覚しているからこそ使えなかった。


 ヴェルテクスは粗暴に見えるが非常に理性的な男だった。 できない事はできないと冷静に判断でき、状況に対する行動も的確。 そんな彼でも自らに根付いた情動だけはどうにもならなかった。

 隣で特に問題なく戦えるアスピザルがいる事もそれに拍車をかける。


 「――ヴェル、きついなら影響範囲外まで下がる?」

 「ふざけろ。 お前一人で分身二体は無理だろうが!」


 アスピザルがラディータの分身体を遠距離攻撃で牽制しながら声をかけるが、ヴェルテクスは即答。

 感情的なものが含まれていないといえば嘘になるが、自分が抜けるとどうなるのかぐらいの判断はできる。


 「確かにきっついけどさ、君に死なれると僕が首途さんに恨まれちゃうんだよね」

 「くだらねぇ事を言ってるんじゃねぇぞ。 俺が死ぬ訳ねぇだろうが!」

 「……だったらいいんだけどさ」


 両者の距離が離れて会話が出来なくなる。 二人は移動しながら遠距離攻撃を繰り返す。

 ある程度の距離を維持したまま戦闘を行わないと不味いからだ。 その理由は離れすぎると分身体がクリステラの方へ向かい、近寄らせすぎると自分達が危なくなる。


 分身体とはいえ、聖剣使いのコピー。 動きや身体能力は本人に近い。

 その為、オラトリアムでも上位の戦闘能力を誇る二人をしても苦戦は免れなかった。

 

 「――うーん。 まぁ、分身を抑えるだけでも一応は貢献になるから役には立っているのかな?」


 余り格好は良くないが、この場で自分達に出来る事はこれぐらいかな?とアスピザルは小さく呟いた。 

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