第1048話 「八羽」
クリステラの斬撃に対してラディータの取った行動は意外なものだった。
彼女はエロヒム・ギボールの刃を横から殴って軌道を強引に変えたのだ。
だがそれでは完全に逸らすまでには至らなかった。 聖剣はラディータの兜の頂点を一瞬捉え、その形をなぞるように滑って彼女の肩から入って腕を切断。
「痛ったいなぁ!」
ラディータはここに来てやや苛立った声を上げてクリステラに蹴りを叩き込む。
クリステラは腕で防いだが、衝撃自体は殺しきれずに距離が開く。
その隙にラディータは金で出来た壁を視界を塞ぐ形で精製。 並行して切断された腕を拾い上げて強引に傷口に押し付ける。 僅かな間を空けて腕の接合が完了。 同時に壁が粉砕されてクリステラが無言で斬り込んで来る。
「まったく、容赦なさ過ぎだってば!」
クリステラの斬撃を捌きながらラディータは必死に周囲へと視線を巡らせ――
「あぁ、やっぱりいたかぁ」
そう呟いて金の剣をクリステラの背後へと飛ばす。
剣は何かに弾かれるように途中で軌道を変えて飛んで行った。
「まぁ、バレるよねー」
空間から滲み出るように現れたのはアスピザルだった。 ラディータの認識では背後からヴェルテクスと追いかけてきている筈だったのだが、ここに居ると言う事は幻影の類だろう。
「説明は要らないと思うけど、同じところを何度もぐるぐる回ればこういった罠ぐらいは張れるから、もうちょっと移動ルートを考えた方が良かったんじゃない?」
「はは、今後の参考にさせて貰おうか――あら?」
クリステラの相手をしながらラディータはやや苦し気にそう呟いたが、不意にその兜に亀裂が走る。
どうやらクリステラの聖剣が接触した際に破損したようだ。 亀裂は徐々に広がって兜が粉々に砕け散った。
現れた素顔を見てクリステラは微かに眉を顰め、アスピザルは少し意外といった表情を浮かべる。
「隠してるっぽいからどんな顔かは気にはなっていたけど、そりゃ隠すよね」
「あちゃー、見られちゃったかー。 ま、どっちにしても君達は仕留めないと不味いからあんまり意味ないけどねっ!」
ラディータは言いながら大振りの斬撃を放ってクリステラを下がらせて強引に距離を取る。
二人の反応の理由はラディータの素顔だ。 顔の造形自体はかなり整っている部類に入るだろう。
だが、問題はその耳にあった。 長いのだ。
それはエルフという種族に現れる特徴だった。
つまりラディータ・ヴラマンク・ゲルギルダズは救世主というグノーシス教団で最上位の地位に居ながらエルフという異種族だったのだ。 これは人間以外を冷遇するグノーシスの方針としては異常な事だった。
「まぁ、素顔を隠している理由には納得したけど、どうせ聖剣持ちだからってだけでしょ? これから死んで貰うし僕達的にはどうでもいいかな? ――あ、ヴェルも追いついて来たね」
アスピザルが小さく振り返るとヴェルテクスがちょうど追いついて来た所だった。
ラディータはわざとらしく肩を落とす。
「はぁ、追い詰められちゃったかー。 もう普通にやって勝てないから粘ろうかとも思ったけど、これはそうも言っていられないなぁ。 ――じゃあ、お姉さんのとっておき、見せてあげようかな?」
虚勢とも事実とも取れる言動だったので、最初から何もさせる気がなかったクリステラはそのまま再度斬りかかる。 だが、彼女の切り札は展開にそこまでの時間は必要なかったようだ。
「
瞬時に彼女の背の羽が五枚に増加。 不可視の障壁がクリステラの聖剣を防ぐ――が、勢いを殺しきれないのか押し込まれている。 だが、クリステラ相手に一瞬でも防げるのであれば障壁としての役割は果たせたといえるだろう。
権能「
「節度」または「節制」に分類される権能でその能力は結界の展開。
範囲を広げれば自分を中心に周囲の存在を隔離する事が可能で、逆に絞れば身を守る鎧となる。
ラディータは他に「寛容」「正義」「慈愛」「勤勉」を同時展開。
それにより風の刃、身体強化、自己再生、集中力強化を自己付与。 爆発的に戦闘能力が増大。
「まだまだぁ! ここまでさせたんだから最後まで見て行って貰うよ!」
ラディータは別人のように良くなった動きでクリステラと切り結びながら吼えるように更なる力を展開。
「
ラディータの右肩に生えていた羽とは別に左肩から更に羽が出現。 同時に彼女の身体能力が更に増大。
「『強欲』の権能か。 グノーシスが大罪系権能を扱うのか?」
その正体にいち早く気が付いたのは自身も同じ権能を扱っているヴェルテクスだ。
「お姉さんぐらいになるとね。 清濁併せ呑むぐらいの度量があるのよ――ねっ!」
「強欲」の権能によって身体能力だけでなく既に展開している権能も効果が大幅に上昇。
圧倒的な身体能力のクリステラについて行くどころか並び始めていた。
「でも、本領はここからだよ!
更に二枚の羽が出現。 「強欲」に加えて「色欲」「憤怒」の三種。
先に展開した五つの権能に加えて合計で八の権能の同時展開。
流石にこれは予想できなかったのか、アスピザルは驚いた表情を浮かべヴェルテクスも小さく目を見開いた。 その反応に満足したのかラディータは笑って見せる。
「これがお姉さんの全力だよ。 聖剣があってもかなりきついからさっさと片づけさせて貰おうか!」
権能による強化の重ね掛けにより身体能力――特に腕力に限ればクリステラすら超えたラディータが凄まじい速さで攻勢に転じる。 逆にクリステラは受けに回り始めた。
当然ながら後衛の二人も黙って見ている訳ではないので、援護に入ろうとしたがその動きは若干ではあるが鈍い。 それはラディータの使用した権能による物だった。
権能「
「色欲」に分類される権能で、効果は効果範囲内の相手に好意を抱かせるものだが、効果自体はそこまで強くないので若干ではあるが攻撃を躊躇させる程度の物だった。 ただ、好意は愛や恋といったものだけではなく友愛も含まれるので同性にも効果があるといった強みがある。
クリステラも効果範囲には居たが聖剣の加護に阻まれて効果は出ていないようだ。
だが、残りの二人には――ヴェルテクスが魔導書で何かをしたと同時に効果が通っている手応えが薄れる。 どうやら完全ではないが抵抗しているようだ。
――ですよねー。
ラディータは内心で溜息を吐いた。
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