第1051話 「頭突」
「――くっ」
クリステラは思わず声を漏らす。
攻撃の回転速度でも上回られ始めたので、抑えきれなくなってきていた。
何とか防いでいるが、鎧に傷が次々と刻まれる。 今のところは装備へのダメージだけで済んでいるが、このまま行くと押し切られそうだ。
聖剣の一撃は聖剣でないと防げず、残りの攻撃は全て浄化の剣で受けていたのだが接触の際に発生する金属音に違和感が混ざり始めた。 一瞬、視線を向けると浄化の剣のあちこちが欠け始めていたのだ。
このままでは武器が保たない。 聖剣一本での攻防は厳しいので、折られると押し切られる。
ラディータもそれを理解できているようで武器の破壊を狙うように攻撃を集中。
受け続ければどうなるか分かってはいるが、防がざるを得ない。 浄化の剣から悲鳴のような連続した金属音が響く。
――無理か。
そう考えたと同時に浄化の剣が砕け散った。 長い間、大事に使っていた愛剣だったので、一抹の寂しさはあったが今は感傷に浸る時じゃない。 クリステラは半ばで折れた浄化の剣を投げつける。
読んでいたのか即座に叩き落された。 武器を破壊して体の半分ががら空きになった事で、ラディータは行けると聖剣の一撃を受けさせて残りの攻撃をクリステラへ叩き込む。
どう防ぐ? ラディータはクリステラが防ぐ可能性を考慮しながらも警戒は怠らない。
勝ちを確信した瞬間に足を掬われた者を彼女は何人も見て来ているので、完全に仕留めるまでは油断せずに気持ちは緩めず剣の軌道とその結果を見守る。
ほぼ通ったと思っていた剣は――
「いや、嘘でしょ?」
――防がれてしまったのだ。
ラディータは思わず呟く。 防ぐかもしれないと思っていたが、これは流石に予想できなかった。
胴体を狙った一撃は膝で跳ね上げて軌道を捻じ曲げ、腕を狙った一撃は殴って逸らし、これは通るだろうと思った首への一撃はなんと噛みついて止めたのだ。
それだけでは留まらず金の剣が砕け散る。 信じられない事に噛み砕いたのだ。
これはラディータも想像できなかったので目を見開く。 動揺はしたが揺れたのは秒にも満たない僅かな時間。 刹那といえる隙だったがクリステラには充分だった。
彼女は噛み砕いた金の剣の破片をラディータの顔面に向けて吐き出す。
驚きはしたが冷静に飛んで来た金の破片を首を傾けて回避。
意表を突いたかのような動きに驚きはしたが、ラディータは苦し紛れだと思いながらとどめを刺そうとした。 だが、クリステラの取った行動は彼女の予想を更に越えていた。
クリステラは打ち合いが難しくなったので距離を取ると思われたが、彼女は逆に踏み込んで来たのだ。
剣を振る事すら困難な程に近くへと。 そしてクリステラは大きく仰け反る。
「あ、ヤバ」
何をするか悟ったラディータはそう呟くがもう遅かった。 クリステラは彼女の顔面に自らの額を叩きつけたのだ。 所謂、頭突きだった。
エロヒム・ギボールで強化された身体能力から繰り出される頭突きはレンガの壁ぐらいなら簡単に粉砕できるような威力を秘めており、ラディータの顔面を大きく陥没させる。
聖剣の力と展開している「慈愛」の権能で即座に癒されるが、クリステラは何度も頭突きを繰り返す。
直ぐに治るが顔面を砕かれた事で思考が飛びそうになる。 そして治りきる前にクリステラはもう一度頭突きを叩き込む。 治り切っていない顔面が更に破壊されて目玉が飛び出すが、ラディータは権能を切らさない。
――この距離は不味い。
これ以上喰らうと本当に殺されかねないと生やした金の腕を操作。
金の腕は持っていた剣を手放してクリステラの胴体を殴りつける。 鎧に亀裂が走り、臓器が傷ついたのかクリステラの口から血液が漏れるが、彼女は口内に溜まったそれをラディータの顔面に吐きかけた。
なんて事をするんだと思いながらラディータは何とかクリステラとの距離を取ろうとするが肩をしっかりと掴まれているのでいくら殴りつけても離れないのだ。
聖剣を振ろうとするがガチリと軋むような音がして動かない。 上から押さえられて上げられない。
ゴキリ、バキリと鈍い音が顔面に連続して弾ける。
恐らくクリステラはこのまま自分の頭が砕け散るまで頭突きを続けるだろう。
どうすれば、どうすればいい? 必死に思考を回したラディータは咄嗟の判断で精製した金の腕を排除。 巨大な金の杭を生み出してクリステラの腹に叩き込む。
そのまま彼女の腹を貫通して大穴を開けるが、クリステラは止まらない。
だが、止める事が目的ではないので気にしない。 ラディータは杭をそのまま射出。
金の杭はクリステラの身体ごと飛んで行き、壁を突き抜けてそのまま外へ。
顔面がグシャグシャになっており、目玉の位置が安定しないお陰で視界が無茶苦茶だが、徐々に癒されて行く。 ラディータには治癒を悠長に待っている時間はないので、急いでクリステラを吹き飛ばした方向へと追撃へ向かう。
今ので殺せたとは思えないが、それなり以上の傷は負わせたはずだ。
立て直す前に仕留めないと不味い。 そんな考えに突き動かされたラディータは城から外へ。
クリステラを探し――見つけた。 彼女は杭を引き抜いて腹に開いた穴を塞いでいる最中だった。
今ならとどめを刺せる。 そう考えたラディータは金の剣を大量に精製するが、判断はクリステラの方が早かった。 ラディータの展開前に巨大な鉄塊を生み出し、完成前に殴り飛ばす。
回避しながらお返しとばかりに金の剣を大量射出。 クリステラは強化された身体能力にものを言わせて片端から叩き落すが、傷が治り切っていない所為か動きが重い。
このまま押し切ってやると言わんばかりにラディータは攻撃の密度を上げる。
クリステラは聖剣で捌き切れない分は拳や足で叩き落すが、処理しきれずにその肩に剣が突き刺さった。
一度崩れれば後は早かった。 次々と剣が彼女に突き刺さる。
分身体を相手にしているアスピザル達もクリステラの状況を察してはいたが、足止めされており身動きが取れない。
――これで終わりだ。
射出した金の剣がクリステラの額へ吸い込まれるように飛翔。 これは躱せない。
クリステラには飛んでくる刃を見つめる事しかできなかった。
「――<
だが、彼女の命を刈り取る筈の刃は割り込んだ存在によって弾かれた。
馬と人が混ざった異形。 そしてその手には四色の輝きを放つ聖剣。
「間に合ってよかった」
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