第1045話 「逆境」

 時間に換算すれば数分に満たない攻防だっただろう。

 近衛が全滅し、異邦人達もベレンガリアが見ている前で闇色の光線に焼き払われて全滅。

 一応だが、数名は息があるが体の大部分を消し飛ばされたので死ぬのはもう時間の問題だった。


 青黒の煙が晴れてローの姿が露わになる。 そしてその周囲には近衛だった者達の残骸。

 全身のあちこちを欠損した者、グズグズに溶けて原形を留めていない者、高熱に焼かれたのか炭の塊になっている者。

 状態にはかなりの差があったが、全員が等しく死んでいる事だけは共通していた。


 「あ、あぁ……あ、がぁ……」


 生き残っていた異邦人の一人――柳橋が全身を焼け爛れさせながら何とか立ち上がろうとしていたが、ローは無言で柳橋に歩み寄るとその頭を踏みつける。

 柳橋は何とか逃れようとしていたが次の瞬間、鈍い音がしてその巨体が大きく痙攣。 そのまま動かなくなった。 ローが離れると異邦人達の死体が空気に溶けるように霧散していった。

 

 ローの視線がベレンガリア達へと向く。 近衛も異邦人達も全滅したのだ。

 この場で生き残っているのはベレンガリアと二人の枢機卿だけだったので当然の流れと言える。

 クエンティンは青ざめた顔で前に出た。 グリゼルダも怯えている場合じゃないと彼の隣に並ぶ。


 「な、何が望みだ!?」


 戦う以外の道を探ろうとクエンティンがそんな事を口にしたがローの返答は左腕を軽く振るだけだった。

 軽い風を切る音が響き、クエンティンの片腕が千切れ飛んだ。


 「あぁぁぁ! う、腕、うでがぁぁぁぁ!」


 どさりと落ちたクエンティンの腕が床に落ち、掌からグノーシス教団のシンボルを象ったペンダントが零れ落ちる。 どうやらクエンティンは隙を見て天使の憑依を行うつもりだったようだ。

 ローはその様子を無感動に眺めた後、左腕を再度振るうとクエンティンの首が千切れ飛ぶ。


 彼の頭部は驚愕と苦痛を張り付けた表情のまま落下。 地面を転がる。

 

 「お、オグデ――」


 グシャリ。 ベレンガリアが声を上げる間もなくクエンティンの頭が踏み潰されて破片が飛び散る。

 

 「べ、ベレンガリアさん! 逃げ、逃げてください!」

 

 残ったグリゼルダが身に付けていたペンダントを握りしめて権能を発動させようとする。


 「『Βε純潔 ψηαστιτυ,なるべし βε、高――』」

 『Περσονα人格 εμθλατε模倣Μελανψηολυ憂鬱』『Μελανψηολιψ ινφεψτιον


 グリゼルダの権能が発動する前に戦闘開始前にも使ったローの権能が彼女に直撃し、その精神をかき乱す。 「憂鬱」は数ある権能の中でも「虚飾」に並んで扱える者が少なく、癖が非常に強い。

 その為、実用段階まで持って行ける者はほぼ皆無と言っていいレベルの代物だった。


 ただ、癖の強い分、刺されば強力な効果を発揮する。 「憂鬱」は対象の精神を強制的に落ち込ませる事により、権能発動の阻害だけでなく集中力を落とす効果もあった。

 ローの権能適性の低さは抜きんでていたが、数少ない例外が「虚飾」だったのだ。


 当人としても対権能の対策は必要と思っていたので適性がないなりに工夫を凝らした。

 それにより出力自体は上がらなかったが、範囲を絞る事で効果を上げる事には成功。

 相手が一人ならそれなり以上の効果を出せるようになっていた。


 グリゼルダに集中した効果は彼女の精神を蝕み、権能の発動を阻害する事に成功。 彼女は不快感と何をされたのか良く分からない事による恐怖で表情が大きく歪む。

 ローは左腕を一閃。 そのままグリゼルダの首を刎ね飛ばそうとするが、不可視の一撃は何かに防がれて弾かれる。 グリゼルダは汗を掻きながらローを睨みつけ、背から不安定に明滅する羽を展開していた。

 

 それを見てローはふむと僅かに首を傾げた。 そのまま光線を喰らわせようかとも思ったが、さっき使った際、壁に穴が開いたので使用を控える事にしたのだ。

 どうやら権能を不完全ではあるが発動したのかと状況を理解した彼は無言で歩きだす。


 グリゼルダは攻撃用の権能に切り替えるつもりだったが、まったく集中できない。

 今、使用しているものも起動したのが奇跡といえるほどだった。

 それでもグリゼルダは折れる訳にはいかない。 何故なら今この場でまともに戦えるのは自分だけだからだ。


 枢機卿の一人としてその立場に恥じない行いをしなければ――そう考え、折れそうな気持ちを奮い立たせる。 だが、現実は虚しく、体は彼女の強い意志に反して「憂鬱」の権能の前に力を発揮できなかった。

 

 「だ、駄目! これ、以上は、誰も傷つけ、させない」

 

 グリゼルダは苦し気に言葉を絞り出し、奥の通路と背後に居るベレンガリアを守るように両手を広げて立ち塞がる。

 その目には不退転の意志が宿り、権能は彼女の想いに応えてその強固さを増す。

 ローは無言でグリゼルダの目の前まで歩き、両者の目が合う。

 

 グリゼルダがローを睨みつけ、目の前に展開されている障壁のような物が輝く。

 ローはそれを冷めた目で見つめた後、手に持つ魔剣を振り上げる。

 

 「去りなさい! ここは貴方のような悪しき存在が足を踏み入れていい場所では――」

 

 言い切る間もなくベレンガリアの見ている前でグリゼルダの胸に魔剣が突き刺さる。

 枢機卿の少女は驚愕に目を見開く。 同時に魔剣が変形。 その上半身が一瞬で粉砕され粉々になった。

 残った下半身がドサリと倒れたが、ローは目障りだったのかゴミでも払うかのように横に蹴り飛ばして視界から排除。 ベレンガリアはそれを見て呼吸が荒くなるが、緊張で上手く息ができずに苦しんでいる。


 それでもこのまま何もしなければ自分は確実に殺される。 切り抜けなければならない。

 いや、ここは逆に考えるんだ。 この男の強さは本物。

 利用して取り入る事が出来ればファウスティナを排除して更なる地位を手に入れる事が出来る。


 この逆境を利用するんだ! ベレンガリアはそう考えて自分を奮い立たせる。


 「ま、待って下さい! 私は貴方に有用な情報を提供できます!」


 ベレンガリアはそう言って交渉を試みる。 頼む、食い付いてくれ。

 祈りながら彼女が言葉を重ねる。


 「グノーシス教団の内情や運用されている技術やその他、貴方が欲しているであろう情報を提供できる用意があります!」


 ローは心底どうでもいいと思い、無視して殺そうかと魔剣を振り上げようとしたがふと気になる事があって質問をする事にした。


 「……そうか。 なら少し教えて貰おう。 この先には何がある?」

 

 いきなり振られた質問にベレンガリアは言葉を詰まらせた。

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