第1046話 「屈辱」

 ローはこの場を守っていた者達を皆殺しにして最後に残ったベレンガリアを始末しようとしたのだが、何か言いだしたのでせっかくだから知っている事を吐いて貰おうと質問を行った。

 殺す事はほぼほぼ決まっているが、何か有益な情報を得られるかもしれないといったほんの僅かな期待があったからだ。


 「そ、それは……」


 ベレンガリアはローの質問に対して言い淀む。 それを見て内心で失望を浮かべた。


 ――知りたい事はこの先に何があるのか程度なんだが、それすら知らんのか? 使えない奴だな。


 知らんなら自分の目で確かめるとしよう。 取りあえず情報を持っていないこいつは要らん。

 そう断じて魔剣を変形させて振り上げようとしたが、ベレンガリアは身の危険を感じたのか慌てて口を開く。


 「お、お待ちください! 勿論、存じております! この先には教団の最重要機密が眠っており教皇、法王とその二人に認められた限られた者しか出入りできない聖域です」


 ベレンガリアは必死に持っている知識を総動員し、ローが食いつきそうな話をする。

 彼女は直感的に理解していたのだ。 下手に黙ると殺されると。


 「そんな事は見れば分かる。 俺が聞きたいのは具体的に何があるのかと誰が居るのか、後は罠などがないかなどの内部の詳細だ」


 ローが知りたいのは何か仕掛けられていても面倒という事だけだった。 力技で突破しても良かったのだが、必要としている物が中にあるなら簡単に吹き飛ばす訳にもいかないからだ。

 ベレンガリアはダラダラと顔面から汗を流しながら沈黙。

 

 ――これは駄目そうだな。


 いちいち返答に時間がかかるという事は知らずに適当な事を言っている可能性が高い。

 もういいかとローは使えない生き物だなと思い、今度こそ魔剣を振り上げようとしたが―― 


 「こ、この先には聖域へと通じる扉があります。 内部にいるのは教皇とエメスの首領たるファウスティナの二名。 扉の開錠には教皇か法王の持っている鍵が必要となります。 お、お望みとあれば私が開けるように交渉して見せます」


 ベレンガリアはまるで黙れば死ぬと言わんばかりに必死に言葉を吐き出し続ける。

 実際、彼女の予感は正しかった。 ローは彼女が口を閉ざせば即座に魔剣を振り下ろすだろう。

 そして彼女にそれを躱す術はない。 もう生殺与奪を完全に握られているので、彼女は目の前の男に対して必死に媚びを売るしかなかったのだ。


 「……具体的にはどう開ける?」

 「お、お任せください! 私はこれでもこの国ではそれなりの地位にいる者です。一声かければ開けさせるぐらいはそう難しくはありません!」

 

 ――ふーん。


 「じゃあ何でお前はこんな所に居るんだ? お前が助かろうと必死に俺が食いつきそうな情報を並べているのは理解している。 つまりお前にとってこの状況は不本意なものだ。 ――にもかかわらずここに居るという事はお前に奥にあるらしい扉とやらを開けることはできない」


 ローは違うか?と付け加えた。 それを聞いてベレンガリアの表情が一気に青ざめる。

 事実だった。 そもそも開けられるならこんな状況になるまでこの場には居ない。

 さっさと奥に逃げればいいのだから。 それをしないと言う事はできないと見て間違いないだろう。


 ローの中でベレンガリアの価値は最初からほぼゼロだったが、彼女が口を開けば開く程に低下。

 今ではゼロどころかマイナスまで落ち込んでいた。 そろそろ殺さない理由を探す事の方が難しくなりつつあった。

 

 「で、出来ます! やって見せます! それだけではありません! 私はある組織の長として様々な技術を保有しています。 必ず貴方様のお役に立てるはずです!」

 「ふーん。 それで? その技術って何だ? 魔導書? 魔導外骨格? それとも銃杖か? どれも間に合っているが? 外の戦いを見ているんだろう? その上で尋ねるが、お前は何か俺の役に立つ芸ができるのか?」


 ベレンガリアは咄嗟に言葉が出てこない。 実際、外の戦闘の様子を見ればオラトリアムが高い水準で魔導書の製造技術を保有しているのは間違いない。

 つまり彼女にローを納得させるだけの材料がなかったのだ。

 対するローはベレンガリアを冷めきった目で見ながら内心で首を傾げる。


 ――何故、俺はこの女を即座に殺さないのだろうか?と。


 少し考えたが理由は直ぐに出て来た。 珍獣の妹で珍獣を出し抜いて組織のトップに納まった経緯があったので、もしかしたら万が一、億が一の可能性で珍獣より扱い易い、または有能ではないのだろうかと考えたからだ。

 仮にそうだった場合、珍獣を殺して挿げ替えも選択肢に入れるべきかと欠片ほどの期待をしていたのだが、ベレンガリアは明らかに彼女の姉より優れているようには見えなかった。


 ローはベレンガリアの様子を見て小さく嘆息。


 「使えん女だな。 所詮は姉の劣化品か」


 それを聞いてベレンガリアの目が大きく見開かれる。 姉、その単語で連想できるのは二人。

 ジャスミナはウルスラグナに居る事は確認できている以上、ローが指している人物は一人しかいない。

 そして同時に納得の行く部分もあった。 オラトリアムが使用――特にエグリゴリシリーズに採用されているスケールアップした魔導書は構造や仕組みに精通していなければ作成できない代物だ。


 だが、魔導書開発の専門家である彼女の姉が居るというのなら話は別だろう。 天使用にマイナーチェンジを施すのにすらかなりの時間を費やす程度の開発能力しかない彼女には真似ができない芸当だった。

 理解はしたが納得できるかといえば別の話だ。 彼女にとってマルキアはコミュニケーション能力が欠如した馬鹿だった。 魔導書開発の功績だけは認めているが、裏を返せばそれだけの価値しかないどうしようもない女。 その筈だったのだ。


 ――その女が現在グノーシス教団を圧倒している大組織の一員?


 蹴落としたはずの女がいつの間にか自分よりも優れたポジションに着いている。

 ベレンガリアにとっては人生で最大級の屈辱だった。 見下していた筈の相手に見下されていたのだ。

 その事実は彼女の精神に巨大な衝撃を与える。


 「ふ、ふざけるな! わ、わた、私が! あの女より劣っている!? そんな事はあり得ない!」

 「じゃあどこが優れているか教えてくれ」

 「あの女は引き籠って陰気な作業しかできない馬鹿な女だ! 私はあの女より優れている! 実際、ホルトゥナの首領になったのも私だ! 私が優れている!」 

 

 ベレンガリアは顔を真っ赤にして喚き散らす。 感情が溢れているのか表情は怒りで歪み、その目からは涙が次々と零れだす。 その態度はまるで認められない現実から目を逸らすようだった。


 「あんな女なんかより私の方が優れているのよ! それは今の私の地位が――」

 「あぁ、はいはい」


 ベレンガリアの言葉は最後まで言葉にならなかった。 次の瞬間には彼女の上半身が血煙と化したからだ。

 

 「つまり珍獣より優れている点がないって事だろうが。 ごちゃごちゃとうるさい奴だな。 劣っているなら劣っているとはっきり言え」


 ローは魔剣を一閃して、そう吐き捨てるように呟いた。

 同時に残ったベレンガリアの下半身が爆散。 彼女がいた痕跡は跡形もなく消え失せた。

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