第1027話 「分身」
幸運になる、身体能力が激増する、短時間の未来を見通せる、周囲への魔力供給。
過去に使用され、能力がはっきりしている聖剣はどれも強力な物が多い。
アスピザル、ヴェルテクスと相対するラディータの能力も同格かそれ以上の物だというのは分かっていた。
――だが――
「これはちょっとないんじゃないかなぁ……」
アスピザルがぼやくように呟く。 ヴェルテクスも若干ではあるが忌々し気に表情を歪める。
その理由は明白で、彼等の目の前にいるラディータが何故か十人に増殖していた。
どうやら彼女の聖剣の能力は分身だったらしい。 魔力による幻影ならそこまで悲観する事はなかったのだが、全てに気配がある事からただの分身ではない事は明らかだ。
『ほーら、嬉しいだろう? 綺麗なお姉さんが沢山だよ!』
全てのラディータが全く同じ言葉を口にし、各々武器を構える。
「せめてもの救いは本物が分かる事ぐらいかなぁ……」
アスピザルの言う通り、この分身は撹乱を目的とした物ではないようだ。
その証拠に聖剣はコピーできないのか持っているのは一人だけだ。 残りは金で出来た剣や槍を装備をしている。 ラディータの分身達は聖剣とは似ても似つかない武器をしっかりと握りしめている点からも完全に手数を増やす目的で生み出したものなのは明らかだった。
『外もちょっと不味くなってきたみたいだし、悪いけど早めに切り上げさせてもらうよ』
「来るぞ」
ヴェルテクスの警告と同時に全てのラディータが一斉に斬りかかって来る。
アスピザルとヴェルテクスは即座に散開。 お互いに距離を離す。
分身をどうやって操っているのかと、どのような性質を持っているのかを見極める為だ。
本体の視界から外れると分身の動きはどうなるのか? 攻撃は通用するのか? どこまでが実体なのか?
瞬時に付け入れそうな要素の検証に入る。 二人はラディータを前後から挟む位置に移動。
アスピザルが魔法を斉射。 無数の氷や土、炎の槍が降り注ぐ。
躱すか防ぐかするかと思ったが、ラディータとその分身は弾幕と呼べるほどの攻撃を器用に弾きながらそのままアスピザルへと突っ込む。
「『
ラディータに命中しなかった攻撃はそのままヴェルテクスの方へと向かっていくが、彼の目の前に出現した空間の捻じれに巻き込まれて方向を捻じ曲げられ反対方向――つまりラディータの背へと飛んで行く。
それに加え、背後に出現した鏡が攻撃を複製して射出。 密度が倍になった攻撃がラディータに襲いかかる。
『おっと』
「ちょっとー! 僕まで巻き込む気!?」
流石に躱せなかったのか分身体が密集して攻撃を叩き落し、アスピザルは土の壁を作って防御。
ヴェルテクスは目を細めて後ろに跳ぶ。 同時にいつの間にか斜め上からラディータが斬りかかって来ていた。
『お、良い反応するね』
「『
鬱陶しいと思いながらも軽く手を振るう。 虚空から無数の矢が出現。
そのままラディータへと飛んで行くが、彼女は特に動揺せずに片端から矢を切り払う。
切断されてバラバラになった矢が地面に転がり、地面の一部を溶かして消滅する。
『うわ、なにそれ。 腐食?』
驚く素振りを見せながらもラディータの動きには淀みがない。 下がったヴェルテクスへ一気に肉薄。
間合いに収めると同時に聖剣を一閃。 躱しきれずに袈裟に両断――されたがその姿が掻き消える。
「『
いつの間にかラディータを取り囲むようにヴェルテクスの姿が複数存在した。
幻影と即座に悟ったラディータは金の武具を無数に出現させてばら撒くように射出。
次々と幻影を打ち抜いて消し去り、本体が――残らない。
『おや?』
首を傾げたラディータの背後からいつの間にか現れたヴェルテクスが手に持った矢のような物を握りしめて突き刺そうと振り上げていたが、彼女は特に動揺した素振りを見せずに肩越しに振り返るだけだった。
何故ならヴェルテクスの背後からラディータの分身が襲いかかっていたからだ。
剣や槍がヴェルテクスへと襲いかかるが、接触の寸前にその動きが停止。
同時に武具と一緒に分身体が雑巾で絞られたかのように捻り潰された。 背後からの攻撃に対してヴェルテクスが罠を仕掛けていたようだ。 捻り潰された分身はただでは消えずに爆発するように内包した魔力を解放。 衝撃波のような物を周囲へと撒き散らす。
流石にこれは読めなかったのかヴェルテクスは咄嗟に障壁を展開するが、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。 小さく舌打ちしながらヴェルテクスは腕から光線を連射。
以前は溜めが必要で燃費も悪かったが、この体になってからはこのような事もできるようになった。
『おぉ、やるね』
ラディータは余裕なのかそんな事を言いながら一歩も動かずに光線を全て聖剣で防ぐ。
完全に防がれたと同時にヴェルテクスは空中で体勢を立て直して着地。 次の一手を打つ前に着地地点に無数の金の武具が飛んでくるのが見えたので即座に走る。
次々とヴェルテクスの居た位置に剣や槍がドカドカと突き刺さった。
「『
無数の矢と炎で形成された悪魔の群れが出現。 迎撃するようにラディータへと向かっていく。
矢が接触した金の武具を溶かし、炎の悪魔が焼き尽くす。
――厳しい。
ヴェルテクスのラディータへの印象はイラつく女だったが、これまでの攻防で聖剣抜きでも格上と判断せざるを得ない。 聖剣の能力だけでなく、その経験から来るであろう動きには隙が一切なかった。
こちらの攻撃も全て初見にもかかわらず完全に対処。 奇襲も余裕を持って躱してくる点を見ても対応力が桁違いに高い。
ヴェルテクスの持ち味は複数の攻撃手段による奇襲だ。 無数の手札を見せる事で相手の対処を迷わせ、判断を鈍らせるといったものだったが、裏を返すと読みが深い相手との相性があまり良くなかった。
そしてラディータはヴェルテクスの読みを悉く上回る動きをしているので、劣勢を強いられる。
設置した空間歪曲は存在に気付かれたのか躱される上、光線も難なく対処。
悪魔の固有能力と召喚の合わせ技で手数を増やしたが全て迎撃された。 若干ではあるが当てにしていたアスピザルは分身体に抑えられて身動きが取れていなかった。
逃げ回りながら必死に魔法をばら撒いているのが視界の端に映る。
ただ、収穫がなかったわけではない。 まずは聖剣の能力。
魔力で構成された自分の分身を作成。 恐らく最大数は九体。
さっき撃破した二体はもう既に復活していた。 恐らく本体を潰さない限り無尽蔵に現れるだろう。
欠点は聖剣までは複製できないのか持っている武器を見ればどれが本体なのかが分かる事だけだ。 だが、分身とはいえ、本体程ではないにせよどれも動きがいいので余り近づけたいとは思えない。
――どうする?
ヴェルテクスは動きながらも攻略の糸口を探し続ける。
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