第1026話 「軽口」

 土や氷の槍が広いホールに降り注ぐが、その全てが黄金の壁に阻まれる。

 その攻撃を縫うように様々な異形――改造種ではなく、純粋な悪魔の群が敵へと肉薄。

 

 「魔導書での複数召喚か! やるね!」


 悪魔達は次々と聖剣に斬り裂かれて消滅。 それを成した敵――ラディータは軽い口調で聖剣を振り回す。

 アスピザルとヴェルテクスは動き回りながら前者は魔法を後者は無数の悪魔を召喚し続ける。

 

 「金属を操るっていうのは予想してたけど金かぁ。 何とも羨ましい能力だね!」


 そう言いながら水で出来た槍を無数に放つが、お返しとばかりに放たれた金の剣や槍がアスピザルへと襲いかかる。 飛んでくる武具を土の壁で防ぐが、防ぎきれずに次々と貫通。 アスピザルはやや冷や汗をかきながら回避。

 少しでもラディータの集中を削ぐ為かヴェルテクスは魔導書の第二位階の能力である召喚を用いて悪魔を召喚し続け次々と突っ込ませている。


 流石に救世主と名乗るだけあってラディータの技量は高かった。 加えて権能を扱える事もあり、悪魔達は近づく事も出来ずに聖剣の刃や弱い者は権能による風の刃で斬り刻まれる。

 周囲ではラディータの連れた近衛とアスピザル達が連れて来たスレンダーマン達が交戦中。


 援護は期待できない上、聖剣使いに下手に突っ込ませても無駄に死なせるだけなので二人でやるのが適切だろう。


 「便利ではあるけど、お姉さんってお金に困ってないからあんまり使ってないかな? さーて、さっきからチクチクと削るような事ばっかりだけどそろそろ勝機の一つでも見つかったかな?」

 「どうだろうね? 僕等としても負ける気はないから、降参してくれると嬉しいなぁ」

 「はは、面白いね君。 この状況なら私が降伏を勧める場面じゃない?」


 軽口を叩き合うアスピザルとラディータ。 その間にも攻防は続いているが、ヴェルテクスは冷静に戦力分析。


 まずは剣技。 救世主と筆頭近衛の肩書は伊達ではなく、彼が今まで見て来た中でも上位に位置する程にその技量は高い。 接近戦に持ち込まれたらまず勝ち目はない。

 次に権能。 救世主は背の羽の枚数で何種類の権能を扱っているのかが分かる。 現在は二枚なので二種。 「寛容」と「勤勉」だろう。

 グノーシスの傾向として「寛容」「勤勉」「正義」は扱える者が特に多い。 最低でも三つは扱えるだろうと考えており、筆頭を名乗る程なら七種類全てを使えるのではと疑っていた。


 最後に聖剣。 これが一番厄介で思い切って攻められない理由でもあった。

 金属の精製までは読めていたが、まだ固有の能力を確認していない。 最低限、それだけは見ておかないと迂闊に踏み込めないのだ。


 その為、使って来るまではと見に徹していた。

 同様に自分の手の内を見せたくなかったので、第三位階の悪魔の固有能力を出していない。

 

 「そっちの彼はさっきからだんまりだね? 恥ずかしがっているのかな?」


 煽っているのかそういった性格なのかは不明だが、ラディータはとにかくよく喋る。

 その癖、動きには欠片も容赦がない。 素なのかわざとなのかも判断が付かないが、軽口を叩けている時点で精神的にはかなりの余裕があるのは分かる。


 「そ・れ・と・も。 綺麗なお姉さんに話しかけられてドキドキとか? いやぁ、私って罪な女だな――っと危ない」


 兜で顔を隠してそんな事を宣うラディータに苛立ったのかヴェルテクスは無言で腕の移植部位の能力で光線を発射。 その不快な発言を両断する。

 対するラディータは事も無さげに聖剣で光線を弾く。


 「あー、何となく何を考えているか分かるけどここは抑えてよ?」

 「黙って動け」


 アスピザルが落ち着かせようとしたが、ヴェルテクスはそれだけ返す。

 その返答に良くない傾向だなと若干、嫌な物を覚える。 ヴェルテクスはやや訝しんでいる部分もあるが、ラディータはアスピザルと性格面では似通っている部分があるので彼には何となくだが分かる物があった。 ああやって自分のペースを維持しつつ相手の調子を崩すのだ。


 自分はあそこまでとは思っていないが、自らの底を見せないという点では有効な手だった。

 ヴェルテクスは行動に出る程、苛立っているようには見えないが長引けばわからない。

 ここは無理にでも仕掛けた方がいいのかもしれないか……。 


 ――と考えていたが、ヴェルテクスはそこまで心を乱されていなかった。


 イラつく女だとは思っていたが、格上と認識しているのでそういった油断はない。

 彼は言動や態度から粗暴と思われがちだが、基本的に冷静に物事を判断する。

 だからこそ相手の手の内を探る事に専念しており、情報を集めて仕留める算段を整える事に意識を傾けていた。 その為、ラディータの言葉も殆ど聞き流している。


 対するラディータもアスピザル達の事を勝てる相手とは認識していたが、油断はしていなかった。

 そして個々ではなく敵対勢力としてはかなり警戒している。

 堂々とクロノカイロスに攻め込んで来る度胸だけでなく、他を無視して直接ジオセントルザムを狙う手腕。 ハーキュリーズが居なくなったタイミングで現れた所を見ると無計画な襲撃ではなく、明確な勝算を持って潰しに来た事が良く分かる。


 何もなければこのままアスピザル達と同じく相手の手の内をある程度見てから仕留めにかかろうとしたのだが、状況がそれを許してくれないようだ。

 楽観があった事は否定できない。 何故なら彼女は四大天使の存在を知っていたからだ。


 アレがあれば自分が出なくても問題ないだろうといった考えがあった。

 だが、それは不意に入った四大天使消滅の連絡で消し飛んだ。 つまり地下の施設が押さえられた事を意味する。

 

 ハーキュリーズが呼び戻されるだろうが、自分も積極的に動く必要が出てくるだろう。

 最後まで見ていないがアスピザルとヴェルテクスの戦力分析はある程度は済ませた。

 まずはアスピザル。 回転の早い魔法攻撃と軽い身のこなし、見た目こそ普通の人間にしか見えないが、中身は人間ではない何かではないかと考えていた。


 彼女も異邦人の存在は知っているが、人間ベースは見た事がなかったので思い至れなかったのだ。

 魔法しか使ってこないが、扱いに関してはラディータの見た中でも屈指だろう。

 とにかく切り替えと発動が早い。 裏を返せば牽制は上手いが決め手に欠ける印象を受けた。


 次にヴェルテクス。 魔導書を持っており、悪魔の召喚を連続で行えている時点でかなり高い水準で使いこなしている事が分かる。 間違いなく第三以上を扱えると確信していたが、使ってこないのはラディータ自身と同様に手の内を晒したくないと考えたからだろう。


 自分の軽口にも反応しない所を見ると見た目より冷静で頭が回るのかもしれないと思っていた。

 そこまで確認した所で、このままでは膠着状態となり無駄に時間を浪費してしまう。

 余り気は進まないが先にこちらが手の内を晒そうと判断。


 「君達、中々やるね! でも、お姉さんも中々のものだよ? 今からそれを特別に見せてあげちゃおうか!」


 ラディータは聖剣を二人に突きつけると担い手の意に従い刃が発光。

 その能力が発現した。 

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