第1028話 「鉄女」
「あぁもう、鬱陶しいなぁ!」
アスピザルは魔法をばら撒きながら珍しく余裕がないといった表情でそう零した。
彼に向かって来るのはラディータの分身が五体。 全体の半分だ。
分身という割にはしっかりと実体を持っているので、偽物と侮る事も出来ない。
近接での技量は天と地ほどの差があるので武器の間合いに入られたら終わる。
剣や槍を振るう分身体の動きを見れば、接近戦に持って行かれたら秒で死ねるなと考えて逃げ出したくなった。 一緒に戦っているヴェルテクスに期待したい所だが、彼は聖剣を持ったラディータの本体を直接相手にしているので泣き言すらいえない。
――ただ、短い時間ではあるが、この攻防の中で見えて来るものもある。
まずは分身は本人の技量をそのまま反映している所から自動で動く類の代物ではない。
恐ろしい事にラディータは九体の分身を操りながら精製した金の操作、ヴェルテクスの相手と三つのタスクを並行して実行しているのだ。
次に分身の性能。 魔力の塊なので身体能力といった点では当てにならない。
いきなり動きが良くなるぐらいは警戒しているので、確実に対応できる距離以上に近づかれたくなかった。
それともう一点。 視界だ。
本体はヴェルテクスと交戦中。 その為、離れた位置にいるアスピザルは視界に入っていない。
――にもかかわらず分身は見えているとしか思えない動きをしている。
間違いなく分身と感覚を共有しているのだろう。
「……まぁ、それが分かった所でって話だけどね……」
九体しか出してこないのはそれ以上出すと操作に支障が出るからで、出すだけなら可能と見ていた。
いざとなったら盾にもでき、魔力の塊であるのでやられる際に爆発させて攻撃にも利用出来ると使いこなせれば非常に使い勝手の良い能力だ。
実際、ヴェルテクスが分身の爆発に巻き込まれて吹き飛ばされていた。
そして消えた分身は即座に復活。 聖剣から生み出しているからなのか、ラディータの隣に再出現。
ヴェルテクスの近くにしか出さない所を見ると余り離れた位置には出せないようだ。
「うーん。 これ厳しいなぁ……」
連れて来たスレンダーマン達は取り巻きに抑えられているので援護は期待できない。
そもそもラディータとアスピザル、ヴェルテクスではあまり相性が良くないのだ。
二人は距離を選ばない戦いが可能ではあるが、基本的には後衛なので同格以上の相手が出て来た場合、前衛が居ないとこうして脆さが露呈する。
ヴェルテクスは完全に圧倒されている。 最低限、隙を作ってどうにか大技を仕掛ける時間を稼ぎたい所だが、それは許されない状態だった。
――最悪、撤退も視野に入れるべきじゃないかなぁ……。
そんな事を考えながら正直、これ無理じゃないかと思い始めていた。
現状、ヴェルテクス、アスピザル共に押されており、このまま行けば敗北する可能性が高い。
なら、ファティマやローからの印象が悪くなるリスクはあるが、聖剣使いの能力を暴いた時点で戦果としては悪くない筈だ。 手柄は挙げるに越した事はないが、無理をして死んだら目も当てられない。
アスピザルはこの戦いに早々に見切りをつけて撤退の算段を立てる。
ヴェルテクスを連れて逃げるのは可能だろう。 ついでにあの分身がどれだけ本体から離れられるのかの検証も行おう。
そんな事を考えながら、身に付けていた装飾に組み込んでいる通信魔石に魔力を通す。 連絡先は前線で指揮を執っているヴァレンティーナだ。
――聖剣使いと遭遇したんだけどちょっと勝つのが無理っぽいので逃げる許可を貰いたいんだけど……。
――その前に聖剣使いの能力を説明して貰ってもいいかな?
ヴァレンティーナの返しに嫌な予感をしながらも今までに見たラディータの能力を自身の考察を交えて報告する。
――なるほど、確かに君達だと相性が悪いね。
――でしょ? だから――
――うん。 悪いけどもうちょっと粘ってくれないかな?
無情なヴァレンティーナの言葉に内心で溜息を吐く。 先に能力の詳細を聞かれた時点でこの展開が読めていたからだ。 他の戦況も余裕があるとは言えなく、聖剣使いを自由にできないというのは察していたので「ですよねー」といった感想が出はするのだが、勝てないのも事実だ。
――粘れって事は援護を期待してもいい感じ?
――あぁ、外の大型天使が片付いたので向かうように依頼したからそろそろ着くはずだけど――
ヴァレンティーナの言葉を遮るように巨大な鉄塊が凄まじい速さで入って来た通路から飛んで来た。
ヴェルテクスとアスピザルは幸運にも射線から外れていたが、ラディータの分身が数体巻き込まれて消滅。 鉄塊はそのまま壁を突き破って消えて行った。
「……うわ、何あれ」
『げ、参ったなぁ……』
絶句するアスピザルと嫌そうな声を出すラディータ。
――着いたみたいだね。 彼女と協力して何とか撃破してくれ。 後、聖剣の鹵獲は忘れないように頼むよ?
ヴァレンティーナはそれだけ言うと通信を切った。
飛んで来た鉄塊を見れば彼女が誰を送り込んで来たのかはすぐに分かる。
采配も問題ないといえるだろう。 現状に足りない前衛を用意してくれたのだから。
「何だか縁があるなぁ……」
前を任せるなら彼女以上の適任者は居ないだろう。
『あ、ヤバっ――』
間髪入れず飛び込んで来た人影が霞むようなスピードでラディータへと斬りかかる。
流石の彼女もこの速さには余裕を保てなかったのか、やや慌てた様子で防御姿勢。 凄まじい金属音と同時に衝撃を殺しきれなかったのかラディータが吹き飛ぶ。
それにより分身の動きが一瞬止まる。 アスピザルとヴェルテクスはできた隙を逃さずに魔法や魔導書を用いて範囲攻撃。 分身を次々と撃破。
その間にも乱入者――赤い聖剣を携えたクリステラが他へは目もくれずにラディータを斬り殺そうと殺意しか籠っていない斬撃を繰り出す。 ラディータもその猛攻にいつもの軽口が叩けないのか、無言で受けに回る。 三、四と回数が増すごとにクリステラの攻撃は回転を増し、受けきれなくなったラディータは間に割り込ませるように分身を出現させ自爆。 不可視の魔力による衝撃がクリステラを殴りつけるように打ち据えるが構わずに前に出る。
「ちょっ、うそー!」
分身が居なくなった事で声が重ならなくなったラディータが驚きの声を上げる。
アスピザルも同じ気持ちだった。 ヴェルテクスは壁まで吹き飛ばされたのにクリステラは僅かに仰け反っただけだったのだ。 この差を見ればあの女は何で出来ているんだと言いたくなる。
吹っ飛ばすつもりだったラディータは思惑が外れて動揺。 それでもクリステラの斬撃にはしっかりと反応していた。 体勢を崩してやや大振りの斬撃がラディータを襲うが、何かに気が付いたのか迎撃せずに聖剣を盾にするように防御姿勢。 一瞬、遅れてクリステラの拳が抉り込むようにラディータの脇腹に突き刺さるが、聖剣での防御が間に合ったので胴体には当たっていない。 だが、衝撃までは殺しきれなかったのか足が地面から剥がされて吹き飛ぶ。 ラディータはただでは飛ばされずにお返しとばかりに金の剣や槍を大量に打ち込む。
クリステラは表情一つ変えずに腰の浄化の剣を引き抜いて二本の剣で飛んでくる金の武具を片端から叩き落す。 躱しすらしないその動きにアスピザルは絶句。
距離が開いた事で少し間が出来た所でクリステラは周囲を確認。 アスピザルとヴェルテクスの姿を確認し――
「……貴方達が味方と言う事でいいんですね?」
――そう口にした。
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