第1013話 「見落」

 ヒュダルネスは消耗を考慮して使用を控えていた更なる権能を解放。


 「天国界シュメオン――第三金星天ビーナスΞθστιψε力なき ςιτηοθτ正義は Ποςερ ις ινψομπετεντあり ανδ ποςερ正義 ςιτηοθτなき ξθστιψε力は ις圧制 οππρεσσιονである』」


 ヒュダルネスの背から三枚目の羽が発生。 「正義」の権能による自己強化。

 一気に畳みかけようとして――


 「天国界シュメオン――第三金星天ビーナスΞθστιψε力なき ςιτηοθτ正義は Ποςερ ις ινψομπετεντあり ανδ ποςερ正義 ςιτηοθτなき ξθστιψε力は ις圧制 οππρεσσιονである』」


 ――なっ!?


 驚愕に目を見開く。 何故ならヒュダルネスが権能を使ったのと同時にサブリナも被せるように全く同じ権能を使って来たのだ。 サブリナの背に新たな羽が発生。 五枚羽とアンバランスな見た目になったが、動きにはなんの影響もない。

 

 一気に動きの良くなったヒュダルネスの攻撃に難なくついて行くサブリナ。

 斬撃は錫杖で、風の刃はまったく同じ攻撃で相殺され、隙を見せれば目潰しで嫌がらせ。

 時間が空くと謎の勧誘で神経を苛まれる。 サブリナの動きは口調とは裏腹に殺しに来ているが、流石にこれだけの時間を戦闘に費やせば薄っすらと狙いが見えて来た。


 確かに殺す気で来てはいるようだが、必死さがないのだ。 ヒュダルネスの目から見てサブリナには意地でも殺そうといった殺意がない。

 

 ――狙いは俺を抑える事か?


 ヒュダルネスの指揮官としての能力はこのジオセントルザムでも非常に高い。

 その為、彼を抑えるのは判断としては正しいといえるだろう。 実際、ヒュダルネス自身もサブリナの戦い方からそうなのだろうと結論を出しつつあった。

 

 ならばこのまま抑えられるのは相手の思惑通りになってしまう。

 ヒュダルネスは大振りの攻撃で一旦、距離を取る。 こいつは敵の中でも高い地位を持つ幹部。


 ――無理をしてでも仕留める価値はある!


 「天国界シュメオン――第四太陽天サンΦρεεδομ支配を φρομ免れ δομινατιονし自由は、 ις ινφεριορ度を有 το δομιναし支τιον ςιτη配に μοδερατιον劣る』」


 四天の展開。 ヒュダルネスが同時に使用できるのは四つ。

 正真正銘、彼の全力だ。 四つ目の権能でサブリナの拘束を狙うが――


 「天国界シュメオン――第四太陽天サンΦρεεδομ支配を φρομ免れ δομινατιονし自由は、 ις ινφεριορ度を有 το δομιναし支τιον ςιτη配に μοδερατιον劣る』」


 ――畜生。 これでも駄目か!?

 

 思わずそんな思考が漏れる。

 瞬時にサブリナも同じ権能を展開して相殺されたからだ。 ヒュダルネスの怒りの視線を受けたサブリナは薄い笑みを浮かべている。


 「おやおや、奇しくも同じ権能を使う事になりましたね。 これでは決着が着きません。 困りましたね?」

 「抜かせ!」


 権能の使用で憔悴しながらもヒュダルネスは猛攻とも呼べる連続攻撃を叩き込むが、その全てをサブリナは器用に防いでいく。

 当初、サブリナは魔導書により権能を使用していたのだが、彼女はそれにより要領を掴んだのかいつの間にか補助なしでの使用どころか救世主の証たる天国界を身に付けるに至っていたのだ。


 基本的にサブリナの定まった仕事は教会と戦勝記念オベリスクの存在する公園の管理。

 後は直轄の部下と一緒にオラトリアム内の清掃活動を行っている。

 その為、他に比べれば自由の利く立場ではあったのだ。 その間に何をしていたのか?


 高頻度で教会にいるので暇そうに見えるかもしれないが、彼女は時間さえあれば自己研鑽を怠らない勤勉さを持ち合わせており、訓練所にも足繁く通っていた。

 その為、接近戦の技量も非常に高く、単体での総合力ならオラトリアム内でも上位に位置する。


 彼女は内心を一切悟らせない薄い微笑みでヒュダルネスを見つめ続け、彼の攻撃を捌き続けていた。

 ヒュダルネスの考えは正しく、サブリナは彼に合わせて戦っており、決して手を抜いている訳ではないが全力でもなかった。


 彼の権能展開は四つ――四天までが限界だが、実の所サブリナはまだ行ける。 

 接近戦の技量に関してはヒュダルネスに軍配が上がるというのは彼女自身も認めており、相手の土俵に上がらない立ち回りを行っていた。  


 戦いは依然、膠着状態ではあったが、焦るヒュダルネスに対してサブリナは無理に決着を着けるつもりがない。 そしてそれには理由があった。

 確かにヒュダルネスはこのジオセントルザムで上位に位置する地位を持った救世主で、抑えるだけでそれなり以上の戦果となるだろう。


 ヒュダルネスは聖騎士から今の地位まで上り詰めた叩き上げだ。

 その為、戦闘経験は豊富であり、そこから来る読みは深い。

 だが、そんな彼でもサブリナの底までは読み取る事は出来なかった。 これは彼女が自身の思考を読み取らせないように立ち回っている事もあったが、ヒュダルネスが実戦から離れて勘が鈍っていた事も大きいのかもしれない。


 彼は最も重要な事に気が付かねばならなかったのだ。 しかし様々な要因が正解へと至る道を閉ざした。

 

 ――閉ざしてしまったのだ。


 何故、サブリナはヒュダルネスの名前と立ち位置を知っていたのか?

 そして戦闘開始前に死亡したボイヤーという彼の部下がサブリナに何をされたのか?

 ヒュダルネスはそれを考えなければならなかった。


 仮にそこまで考えが及んでいればサブリナの発言の意図も意味も理解できたのかもしれない。

 だが、彼にとっては黄金にも等しい価値を持つ時間は無情にも過ぎ去り、その時が訪れた。 


 ――訪れてしまった。


 それを知ったサブリナは隠しきれない笑みを浮かべ、思わず声を漏らしてしまう。

 ヒュダルネスが反射的に睨みつける。

 

 「何がおかしい!?」

 「あぁ、いえいえ。 失礼しました。 貴方との打ち合いも中々に楽しい時間でしたが、私はこれでも多忙な身。 そろそろ終わりにしなければならなくなりまして」


 サブリナの笑みにヒュダルネスは猛烈に嫌な予感を覚える。

 態度から何かしらの仕込みの準備が整ったというのは察する事が出来た。 ただ、問題はそれが何なのか欠片も想像できなかった事だ。

 

 ――何だ? 俺は何を見落とした?


 ヒュダルネスの疑問はサブリナの「あちらをご覧ください」と指した方向を見て氷解する。

 同時にその表情に絶望が深々と刻まれた。

 そこにはサブリナがとある仕事を依頼したライリーとその部下。 そして彼らに捕らえられたヒュダルネスの妻であるフィスカットとまだ幼い娘だった。


 「――あ、あぁ……」


 状況を悟り絶望の表情を浮かべるヒュダルネスにサブリナは笑みのまま囁いた。


 「ところで改宗、してみませんか?」

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