第1012話 「執拗」
「やったか?」
そう呟いたのはロングバレルの銃杖を構えたアレックスだ。
照準の先で墜落するフローレンスを見て手応えを感じていたが、隣のディランが首を振る。
「いや、確かに手応えはあったがあれはまだ生きているな」
頭を狙ったが当たったのは肩だ。 恐らく精々、重傷止まりだろう。
そして重傷程度ではこの戦場では簡単に復帰できてしまうので、首尾としてはあまり良くはない。
彼等が居るのはやや背が高い民家の一室。 住民は階下で死体となって転がっている。
ディラン達は姿を消して見つからないように狙撃を行う隠密部隊だ。 彼等の他にも似たような装備を支給された者達が街の中を動き回っていた。
二人はニコラスが突破された事で即座にフォローに入ったのだが、フローレンスのディープ・ワン到達を阻むという目的は達成したので半端ではあるが仕事はこなせはしたのだ。
「……それにしても流石は本国だな。 アレに反応するとは大したものだ」
完全な奇襲だったにもかかわらず二人の狙撃を躱す反応の良さは凄まじい。
タイミングをずらしての連続狙撃。 かなり訓練したので、躱されたのは少しショックだったが相手が一枚上手だったと割り切ろうとディランは考え、狙撃姿勢を解いて立ち上がる。
「よし、次の場所に行くぞ」
「了解だ。 ――それにしても俺達ってここ最近走り回ってばかりだな」
「……仕方がないだろうが、こういう立ち回りが出来る奴が少ないんだ。 やれる奴がやるしかないだろう?」
ディランの返しにアレックスは歯切れが悪く「そうなんだがなぁ」と呟く。
本音を言えば気持ちは分からなくもない。 彼等の本領は騎士なので正面から斬り合い、敵の首を取る事こそ求められたい事なのだろう。
この立ち位置に不満がある訳でもないが、目立った活躍をしたいといった思いに挟まれているのがディランには簡単に想像できた。 その為、アレックスの考えも理解はできるので愚痴は素直に聞くようにしていたが、それもやる事をやってからだ。
「次は何処へ行くんだ? また救世主や聖堂騎士狩りか?」
「いや、外のデカブツの処理に目途が立ちそうだからそれの支援を行うようにとの事だ」
デカブツ――この戦場で最も存在感を放つ四体の大型天使。
特に高火力を誇るミカエルだけはどうにかしないと次の段階に進めないので意地でも排除する方針のようだ。 その為に戦闘とは別で情報収集を行っている部隊が居るとか居ないとか。
二人は詳細までは知らされていないので、現場は上の指示通りに動いて結果を出すだけだと割り切っている。
「分かった。 早い所、片付けてこの心臓に悪い戦いにケリをつけようぜ」
「まったくだ」
アレックスの言葉にディランは大きく頷いてその場を後にした。
こんな事をしている場合ではない。
ヒュダルネスはそう思っていたが、目の前の女がそれを許してくれないのだ。
「流石は救世主。 見事な腕前です」
彼と戦闘を繰り広げている女――サブリナはヒュダルネスの猛攻を涼しい顔で受け流しながらそんな軽い言葉を口にする。
彼の剣はサブリナの錫杖で全ていなされていた。 ヒュダルネスにとってサブリナは非常にやり難い女と感じていたが、恐らく誰が戦っても似たような感想を抱くだろうと確信していた。
純粋な技量は互角かやや自分が上ぐらいだろうと考えていたが、視野の広さは向こうが上だった。
行動の一つ一つに何かを仕込んで来るので、一切気が抜けないのだ。
錫杖による下からの振り上げを行いつつ、地面の小石を一緒に跳ね上げて目を狙ってきたり、鍔迫り合いに持って行こうとすれば魔法で生み出した砂を投げつけて来る。 普通に投げられるだけなら大した問題ではないのだが、何故かサブリナの袖口や懐から飛んでくるのだ。
その為、予備動作がなく防ぎ辛い。 そして――
「それだけの腕、非常に惜しい。 是非、改宗を考えませんか?」
――何故か執拗に寝返りを勧めて来るのだ。
これが非常に鬱陶しかった。 下手に返事をすると相手の思う壺とは思っていたが、ヒュダルネスを以ってしてもサブリナの言葉は我慢がし辛い物だったようだ。
「さっきからしつこいぞ! こう見えてもそこそこの地位を教団から貰っている。 おいそれと翻すような真似はできん」
「そうですか。 残念です。 ですが気が変わったらいつでも仰ってください。 我々は広く門戸を開いていますよ?」
もうこのやり取りを五回以上も繰り返している。
大抵の事は流せるつもりでいたヒュダルネスもこの不毛なやりとりにはかなりの苛立ちを覚えていた。
それでもサブリナを黙らせる事が出来ない。 技量は確かに互角だろう。
だが、彼には権能があるのだ。 技量差がない相手なら何の問題もなく対処できるだろう。
その筈だった。 しかしヒュダルネスはサブリナとの戦闘は膠着状態。 それは何故か?
ヒュダルネスの放った風の刃が全く同じ物に相殺されているからだ。
サブリナの背にもヒュダルネスと同様に羽が生えている。 彼と違う点は二対四枚で、その内の二枚が強く輝いている点だろう。
羽自体は自前と言う事は察したが、輝きは天国界による権能発動の証だった。
信じられない事にこの異形の女はヒュダルネスと同じ「救世主」なのだ。
――何なんだこの女は?
ヒュダルネスがサブリナに抱くのは疑念よりも薄気味悪さが先に立つ。
戦い方を見れば馬鹿ではない事は良く分かる。 明らかに狡猾な立ち回りを得意とする凶悪な女だ。
そんな人物が意味もない勧誘をするのか? 揺さぶりをかける意図で言っているとしたら効果は充分に出ているが、本当にそうなのか?
そう考えている事自体、サブリナの術中ではないのかとも思うがつい考えてしまう。
ヒュダルネスは何とか思考を読み取ろうとサブリナを観察するが見方によっては優し気に見えるその表情も彼からすれば薄っぺらさだけしか伝わって来ない。
つまりはその薄っぺらい笑みに隠されて何を考えているかの本心が欠片も見えてこないのだ。
その為、言葉をそのまま受け取る事は不可能で、気持ち悪さと不可解さが苛立ちに変換される。
会話は不毛という結論こそ出てはいるが、実力が拮抗しているのでサブリナの話を聞かざるを得ないといった状況となっていた。
早々に斬り捨ててこの女との関りを断ちたいと思っていたが、実力が拮抗しているのでそれも出来ない。 完全に抑え込まれる形になっており部下に指示を出す余裕すらないので、この状況はかなり不味かった。
――使うしかないか。
ヒュダルネスは状況の打開の為、権能の追加展開を行う覚悟を決めた。
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