第1009話 「魔喰」
フェリシティの剣がサベージの首を貫く直前、彼女は大きく目を見開いて攻撃行動を中止。
強引な体勢で転がるように横へ飛ぶ。 一瞬遅れて彼女の居た場所に無数のスパイクが通り過ぎた。
胴体部分が大きく開いてそこから飛び出した物のようだ。
先端には返しが付いており、一度貫かれれば引き抜く事も叶わずに大きく開いた胴体の口に呑み込まれただろう。 それを見てフェリシティは思わず冷たい汗をかく。
――こいつは一体何なんだ?
魔物と呼ぶには多芸すぎる上、明らかにまともな肉体構造をしていない事が分かる。
フェリシティは普段の短慮からは想像もつかないが、こういった場での集中力は高い。
サベージの底まで見切った訳ではないが、かなりの部分まで見る事が出来たと考えていた。
多種多様な魔法や様々な効果を持った体液、それらを複合した自己強化。
そして尻尾をはじめとする体の各所に仕込まれた仕掛けと人間と同等かそれ以上の高い知能。
明らかに自然に発生した魔物ではない。 恐らく何らかの手段で生み出されたか強化された存在だろう。
攻撃に本能で動く魔物特有の無駄がないからだ。 今となってはフェリシティにとってサベージは異なる体系の技術を高い水準で修めた戦士に見えていた。
彼女は基本的に物事を単純化して考える。 その為、サベージが多種多様な手を使う事を卑劣とは言わない。 何故ならこれは命の奪い合いなのだ。 なりふり構わないのは正しいとも言える。
――だが。
フェリシティは敢えてそれをしない。
理由は単純にして明解。 彼女は信仰に守られているからだ。
教団の庇護下にある者は信仰によって導かれている以上、信仰心さえ足りていれば何があっても死ぬことはない。
そんな一念が今の彼女を作り上げた。 彼女の信仰心には一点の曇りもない。
教団の剣として信仰を貫き、敵対する者を滅ぼす絶対の剣となる。 その為ならばどんな苦難も困難も打倒して見せよう。
情報は集まり切っていないがそろそろ勝負に出る必要があると判断。
出し惜しみはなしだ。 もうサベージを魔物と侮る事はしない。 全身全霊をかけて滅ぼす。
現在起動中の「勤勉」「正義」に加え「寛容」を展開。
そして――
「
四種類目の権能を展開。 使うだけならまだ行けるが、戦闘行動と併用しての運用はこれが限界だった。
権能『
「節制」または「節度」を冠する権能で、効果範囲内にいる対象の動きを止めるものだ。
どの程度止められるかは相手との力量差で決まるが、完全に影響下に置けば呼吸どころか臓器の動きすら止められる。
そしてこれは対象を絞れば絞っただけ効果が上がる能力なのでサベージに集中する事で拘束を狙う。
これで仕留められるとは考えていない。 最低限、動きさえ封じられればいい。
サベージの厄介な点は火力だけでなく、その速い動きにもある。 それを封じられるだけでもかなり大きい。
足さえ止めてしまえば動きで翻弄して仕留める事も出来る。
権能の効果はしっかりと出ており、サベージはギクシャクとした動きで権能から逃れようとしていた。
――よし、このまま風の斬撃で仕留める。
四天の使用による消耗は戦いが終わればかなり響く事になるだろう。
だが、この魔物を仕留められると考えれば収支は釣り合う筈だ。 フェリシティはそう考えてサベージに肉薄。 半端に距離を置いた状態では防がれる可能性が高く、近づきすぎるのは危険なので、サベージから数歩分離れた位置から仕掛ける。
魔物相手の持久戦は不利、そしてこの戦闘が終わったとしても戦い自体はまだ続くのだ。
消耗を抑えつつ確実に仕留めるべく距離を詰めるのは判断としては正しい。
だが、対するサベージは見透かしたかのような目でフェリシティを一瞥すると口から火球を吐き出す。
「――!?」
フェリシティは一瞬、目を見開く。 サベージはあらぬ方向を狙っているからだ。
何だと釣られるように攻撃方向を一瞥すると即座に意図を察した。 倒れている聖殿騎士が居たからだ。
ピクリともしていないので生死は不明だが、ここで狙うとは何という悪辣。
発射。 火球が倒れている聖殿騎士へと飛んで行くが、フェリシティは問題ないと剣を一閃。
風の刃が火球を吹き散らす。 一手使わされたが、なんの問題もない。
今度こそ最後だと剣を振るおうとして――
――不意に権能の効果が消失した。
「なっ!?」
一体何がとフェリシティの思考に混乱が生じる。 体の外に作用している「寛容」の風は完全に消滅。 弱まってこそいたが、常に受けていた天使の支援まで途切れた。 自己に作用している物は減衰に留まっている。 これは?と疑問に対しての解を刹那の間に探し求める。
周囲に敵は居ない以上、やったのはこの魔物と即座に判断。 これは物事を単純化する彼女の性格が良い方に作用した結果だった。
そして出した結論に対する答え合わせは目の前のサベージが行う。
その体の表面に文字や複雑な文様のようなものが浮かび上がる。 本来なら専門知識が必要な現象だったが、幸か不幸か彼女は知っていた。 否、似たような物を見た事があるといった方が正しいだろう。
――魔導書。 それに記述されていた内容に酷似していると。
つまりこの生き物は皮膚の下に分解した魔導書を仕込んでいたのだ。
それによりこの現象に理解が追いつく。
――『
権能だ。 この魔物は権能を操っている。
流石のフェリシティも魔物が権能を使うとは思わなかったのか、その動揺は強い。
権能『
「暴食」を冠するその権能は周囲の魔力現象を魔力に分解して喰らうといった彼と非常に相性の良い物だった。 それによりフェリシティの権能の効果を喰らったのだ。
ただ、格上が相手の場合や自己に作用する物に関しては効果が落ちるといった欠点こそあったが、魔力を伴った現象には大抵無力化できるので非常に強力な物だった。
ここで使ったのは効果が最大に出るフェリシティが全力で権能を発動するタイミングを見計らった事と、虚を突く事を狙って誘き寄せる為だ。 小回りという点ではフェリシティの方に分があり半端に離れた状態だと仕留め損なう危険があったので、ギリギリまで引き寄せてからの使用。
それにより回避が難しい――正確にはフェリシティが確実に当てられると判断した間合いで攻撃行動を取った段階を狙った。 サベージは無感動に間合いに捉えたフェリシティに向けて尻尾を一閃。
伸びた尾と表面に生えた刃が彼女の命を刈り取らんと牙を剥いた。
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