第1010話 「噛砕」
「舐めるなぁぁ!」
フェリシティはそう吼えるとサベージの尾を腕で受け止める。 斬撃は彼女の鎧を貫通し、肉を裂き骨を断ったがそこで止まった。 血液が噴出するがフェリシティは構わずに突っ込む。
サベージが即座に尾を戻す。 刺さったままのフェリシティの腕が引っ張られるがもう皮一枚で繋がっている有様だったのでそのまま千切れ飛んだ。
彼女はこの一瞬で「暴食」の権能が及ぼす効果を凡そではあるが把握。
魔力を用いない攻撃ならば何の問題もないとそのまま突っ込んだのだ。 権能による自己強化は減衰しているがまだ生きている。 そしてサベージは仕留めるつもりの攻撃を防がれて若干ではあるが反応が遅れていた。
――行ける。
どこを斬れば即死するかは分からないが取りあえず頭を叩き割ろうと肉薄。
間合いを瞬く間に埋め、剣の間合いに捉えた。 サベージは回避ではなく迎撃を選択。
爪を伸ばした腕を振るうが、フェリシティは自分の方が早いと確信。 その首を貰――
攻撃を繰り出した瞬間、待てと違和感に気が付いた。 何かがおかしい。
刹那の間にその答えに行き当たった。 サベージの目だ。
魔物と人間では生態が違う。 だが、サベージの知能は人間と同等かそれ以上だ。
ならば感情の類は目から読み取れるはずだった。 視線が交差する。
サベージの視線には何の動揺も浮かんでいない。 否、若干ではあるが目を細めたのだ。
――まるで読み通りとでも言わんばかりに
「――え?」
そんな間抜けな声が漏れる。 フェリシティは自分の身に何が起こったのか全く理解できなかった。
自身の首にいつの間にか短剣が突き刺さっている。 飛んで来たのだ。
どこから? 少なくとも周囲にサベージ以外に敵の気配はなかった。
後は精々、サベージが貪っていた死体と倒されたと思われる生死不明の聖殿騎士や聖堂騎士達だ。
振るった剣が空を切る。 腕だけでなく首からも血液が噴出。
視界が急速に暗くなり、一気に意識が遠のく。 それでも必死に短剣が飛んで来た方へ首を動かすと、さっき彼女が庇った聖殿騎士が無表情で起き上がっていた。
間違いなく投げつけたのは彼だろう。 何故? 理解できない。
敵の成りすまし? 有り得ない。 何故なら彼はこの聖堂の警備を担当している聖殿騎士で、フェリシティは顔に見覚えがあったからだ。
魔法で化けている気配がないのも確認済みだった。 そうでもなければ庇ったりはしない。
何故? 裏切った? そんな馬鹿な? 聖堂の守護を担う者が?
そんな疑問がフェリシティの脳裏を瞬く間に駆け巡るが、答え合わせをしている時間はなかった。
倒れようとしている所を掴まれる。 最後の力を振り絞って顔を上げると、視界いっぱいに大きく口を開けたサベージが映り――
――バキリと籠った音がして彼女の頭蓋骨がサベージの顎に噛み砕かれた。
サベージは敵から餌に格下げした獲物の鎧をまるで殻を剥くように剥ぎ取った後、残った体をそのまま貪り食い始めた。 今までの連中より手強かったので、きっと装備もいい物に違いないと思ったので破壊せずにそのままにしておけば後で食べ物と交換してくれるかもしれないと考えたからだ。
フェリシティだった物を完食したサベージは近くに立っていた聖殿騎士に小さく唸りながら頷くと、同様に頷きを返した聖殿騎士は再びその辺に倒れて死んだ振りを継続した。
サベージに与えられた役目は制圧したこのホールの確保。 建物の構造上、外から来る者は必ずこのホールを通過するので待ち受けるには最適だったからだ。
防衛するに当たっていくつか罠を張っていた。 倒れている聖殿騎士達はその一つだ。
ローによる洗脳を施された彼等は処分は勿体ないとの事でそのまま配置され、サベージの指揮下に入っていたのだが罠としてそのまま死んだ振りをするように指示を出した。
雑魚ならそのまま喰ってしまえばいいが手強い相手なら隙を見て奇襲するようにと命令していたのだ。
洗脳により同胞と化しているので<交信>が使える事も非常に便利だった。
それによりフェリシティという強敵相手に大きな隙を作るだけで良かったのだから、賢く運用したといえるだろう。
そうこうしている内に廊下の奥から複数の足音。 引き離されていたフェリシティの部下がようやく追いついたようだ。
サベージは新しい獲物が来たと戦闘態勢を取る。 長を失った聖騎士達がどうなるのかはサベージの足元の持ち主を失って転がっている装備が物語っていた。
各地の戦闘には決着が着き始めているが、戦況自体はオラトリアムにやや不利といった状況だった。
四番目の巨大天使であるウリエルの出現によって敵の能力が底上げされた事により、オラトリアム側の戦力も撃破され始めたのだ。
それでも弘原海とクリステラの働きによりラファエルの回復を阻害し、ガブリエルが生み出した兵士を製造する個体の撃破が成されているので、状況的には均衡を保っていると言っていい。
グノーシス側も天使を維持する事で戦況を支えている状態だった。 次々と転生者達を避難と称して魔法陣に連れ込んで分解、魔力に変換して能力行使と維持コストを支払い続けている。
どちらもギリギリの状態だった。 ウリエルにより立て直された戦況にミカエルによる攻撃。
特に後者は非常に危険だったのでオラトリアム側は迂闊に高度を取れない事もこの状況に拍車をかけている。 ミカエルが居る限り、攻撃しなくても迂闊に攻撃範囲に入ると焼払われるといった認識に行動が制限されてしまうのだ。
その為、グノーシス側は常に上を取れるといった利点を得る事になり、ウリエルの強化と合わさって個々の性能差を補っていた。
そしてそんな中、激しく交戦している二つの影が存在する。
片方は二枚の光の羽を背負った救世主――フローレンスだ。 彼女は器用に建物から建物へと飛び移りながら街を走り回る。 それを追うのは巨大な異形の存在。
サイコウォードだ。 巨体に似合わない凄まじい速度で背から生えている武器を振るい、一撃毎に建物が粉砕され地面が抉れる。 直撃しそうな攻撃は器用に剣で受け流していた。
フローレンスは純粋に厄介とサイコウォードに対する警戒を強め、相手をしている場合じゃないのにと内心で歯噛み。 ちらりと視線を遠くに向ける。
その先に存在するのはミカエルの攻撃を警戒して高度を下げているディープ・ワンだ。
あの位置なら下から簡単に中に入れるのに目の前の相手がそれをさせてくれない。
厄介と内心で呟いて大きく跳躍。 同時に光線が一瞬前に彼女の居た場所を通り過ぎて行った。
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