第1008話 「狡猾」

 フェリシティの攻撃はその悉くが空を切った。

 彼女は視野が広い方ではないが、このジオセントルザムでは上位に位置する実力者だ。

 こと戦闘に関しては非凡と言える才を持っている。 そしてそれに胡坐をかかずに努力を重ねて積み上げた実力は確かな物だろう。


 加えて権能を使いこなす事も出来る彼女をどうにかできる存在はそう多くない。

 特に権能の制御に限っては同格であるヒュダルネスやサンディッチよりも上だ。 そんな彼女の振るう風の刃は大抵の敵を屠れる必殺と言っていい攻撃だ。


 だが、その必殺はまったくと言っていい程に当たらない。

 それはサベージの見た目からは想像もできない巧みな動きによる回避によってだ。

 緩急をつけた動きに加え、魔法で空中を蹴っての姿勢変更や急加速、それだけでは飽き足らず魔法で幻影まで作って目を晦まそうとしてくる。


 そしてお返しとばかりに攻撃を繰り返してくるが、それもまた厄介だった。

 先程のように火球に偽装した煙幕や、煙幕に偽装した可燃性のガス、吐き出す攻撃も火球に始まり、氷柱、風の刃、土の壁をあちこちに生み出したりと多様性に富んでおり、次に何をしてくるかが全く読めない。

 

 「クソッ」


 フェリシティは小さく毒づいて走りながら剣を振るう。 一ヶ所に留まるのは不味いからだ。

 それを証明するかのように彼女の足元からサベージの伸ばした物と思われる尻尾が突き出て来る。

 時間にして数分にも満たない攻防だが、フェリシティはサベージの戦い方の傾向に凡その当たりを付けた。


 力押しに見えて魔法などを用いて相手を幻惑。 とにかく手数で相手の集中を削いで隙を窺う事を念頭に置いた戦い方だ。

 狡猾。 それがフェリシティが目の前の魔物に抱いた偽らざる感想だった。

 対処法としてはとにかく相手の撹乱を潰す事だ。 煙幕は風で吹き散らし、障害物は優先的に破壊。

 

 常に視界に入れておかないと危険すぎる。 当初は防戦に徹し、焦れて来た所を狙おうかとも考えたが、サベージは攻め手に欠いたこの状況であっても冷静さを失う気配がなかった。

 その視線には冷徹といった言葉ですら括れない程に熱量が存在せず、防がれたから次の手を打とうといった淡々とした思考が伝わって来る。


 ――こいつは自分を仕留めるまで同じ事を繰り返す。


 まるで嫌がらせのように執拗な撹乱を行い、逆にフェリシティのミスを待っているかのような視線。

 脅威よりも不気味さが先に立つ。 それ程までにサベージの魔物から逸脱した戦い方は気持ちが悪い物だった。 ただ、この状況を打開する手段がない訳ではない。


 三天以上の展開。 つまりは更なる権能の併用。

 救世主の最大の強みは権能を複数操れる事と言っていいだろう。 だが、同時に欠点も存在する。

 権能は展開する数が多ければ多い程、個々の威力が落ちる上に負担が増加してしまう。


 救世主が二天――基本的に二種類しか展開しない理由でもある。

 三以上は消耗が激増するので、長時間の使用には向かないのだ。 短期決着を狙うのであれば選択肢としては悪くないのだが、この戦いはこれで終わりではない。

 

 サベージを撃破してもまだまだ後が控えている。 奥で戦闘音が聞こえている以上、入り込んだ敵はまだ存在する。 そしてこれが最も大きな要因でもあるが、この安全な場所がないといって良い程の戦場で身動きが取れなくなるのは死ぬ事にも等しいと本能的に理解しているからだ。

 

 その為、安定して使用できる二天までで抑えている。

 対するサベージは自身に存在する無数の攻撃手段から有効そうな物を選択してひたすらに繰り出すといった作業を淡々とこなす。 並行して相手に動きを読まれないように常に動きにランダム性を持たせつつ、攻撃と撹乱を行う。

 

 彼の体内には思考する為の予備脳が複数仕込まれているので攻撃、回避、撹乱、分析を同時に行う事など大した問題ではない。 現状、サベージに与えられた知識と今までの情報から救世主は基本的に二種類の権能しか使ってこないのは分かっていた。


 問題は使わないのか使えないのか。 正解は前者。

 過去に現れた在りし日の英雄は六種類もの権能を同時に操ったという情報は彼にも与えられていたので、目の前の女も似たような事はやれるだろうと考えていた。


 その為、本気になれば更に脅威度は上がるだろうと思っているので、何があっても対処できるように思考に空きを用意して不意の状況に備える。

 フェリシティは徐々に怒りに表情を歪ませ、サベージを睨む視線には憎悪すら籠っていた。


 そんな視線を涼し気に受け流していたサベージだったが、僅かに警戒レベルを上げる。

 変化があったからだ。 フェリシティの羽の一枚が消滅し再度出現。

 形状に変化はない。 ただ、色が変わっていた。 薄い緑から薄い赤へと。


 瞬間、フェリシティの姿が消失。 本当に消えた訳ではない。

 高速でサベージの視界の外へと脱したのだ。 急な変調ではあったが、警戒はしていたので即座に反応。

 体を横に回転させて尻尾を振るう。 同時に尻尾が何かを捉えたのか接触した手応えと金属音。


 当たったのはフェリシティの剣だったらしい。 どうやら権能で身体能力を大幅にブーストしたようだ。

 直接叩きに来た所を見ると、風の刃を使う事は諦めたらしい。

 サベージの認識は正しく、フェリシティは展開中の権能を「寛容」から「正義」に切り替えたのだ。

 

 それにより身体能力を強化。 サベージですら集中しないと追いかけられない程の身体能力を獲得。

 風の刃で斬り刻む戦法から直接叩き潰す方針に切り替えたようだ。

 フェリシティの判断は正しい。 サベージは遠距離から削って消耗を強いる戦い方をしていたので、それを潰すには肉薄するしかないからだ。 間合いさえ潰せば惑わされる事も少なくなる上、彼女の方が体が小さいので小回りが利く事を考えれば懐に入るのは打開案としては最適解と言えるかもしれない。


 少なくとも効果はあったようで、サベージは撹乱を棄却。 接近戦に切り替える。

 フェリシティは尻尾を使わせない為に常にサベージの正面に移動して斬りかかった。 正面からなら攻撃手段は腕と口による噛みつきだ。


 遠距離攻撃は若干の溜めがあるので、剣が届く間合いなら斬撃の方が速い。

 フェリシティは自分の行動に確かな手応えを感じ、懐へ入る事を狙う。 斬るべき個所は首。

 サベージの厄介さは身をもって理解しているので、仕留め損なうような事態は避けたかったからだ。


 叩いただけで人間を殺せそうな五指から爪が一気に伸びて斬りかかるが、フェリシティは危なげなく掻い潜る。 やはりこの距離なら自分に分があると確信。

 サベージもただでは躱されない。 フェリシティの回避に合わせて口を大きく開いて噛みつき。


 「甘い!」


 身を低くしてそれすらも掻い潜る。 首は真上。

 やれる。 フェリシティは勝利への確信を抱きつつ剣を真上に突き上げた。 

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