第1006話 「輝緑」

 ジオセントルザムの外と内を隔てる壁の攻防は決着に近づきつつあった。

 壁の上部に陣取っているフューリーはひたすらに弾幕を張っていたが、相手の数が多すぎるので防ぎきれなくなってきていたからだ。


 戦力の大部分を街の攻略に集中したかったオラトリアムは増援との分断に余り戦力を割けなかった事がこの状況を作った要因だった。

 最小の労力で最大の効果を狙う。 それを念頭に置けば街の地形を利用した足止めは高い効果を出しているといえるだろう。


 だが、徐々に増えて行く敵の増援の前にそろそろ抑えられなくなりそうだった。

 街への侵入を許してしまうとオラトリアムは更なる窮地に立たされるだろう。

 指揮を執っているファティマにとっては余り歓迎したくはないが、想定の範囲内だった。


 本音を言えば使いたくはなかったが、ジオセントルザムを制圧する上で必要以上に破壊してしまう事もあって予備として伏せていた戦力がある。 扱いが難しいがここが切り時だろうと判断。


 ――街の外で使います。 準備を。


 彼女はそう指示を出した。




 ジオセントルザムを取り囲む街を守る壁――今となっては増援を阻む障害物でしかないそれを突破するべく、グノーシスの聖騎士達は大挙して押し寄せていた。

 障害を排除しようと応戦する者、一刻も早くジオセントルザムへ駆けつけねばと無理な突撃を敢行する者と様々だったが、共通しているのはジオセントルザムへ辿り着き戦闘に合流しようという目的だ。


 不意にその戦場に変化が訪れる。

 ひたすらに遠距離攻撃を行っているだけだったオラトリアム側に動きがあったのだ。

 数体のインシディアスが戦闘を離れ、壁から離れた位置の上空に移動。 当然ながら碌でもない事をしでかすだろうと考えたグノーシス側は即座に攻撃するが高度を取ったインシディアス達には届かなかった。


 飛行可能な者はもう既にジオセントルザムへ突入した後だったので、不意の状況に適切な対処が取れなかったのだ。

 インシディアス達は一定の距離を取って移動。 特定の範囲を囲むように上空で停止。

 定位置に着いた所で全ての機体が同時に転移魔石を取り出す。 個人を転移させるような小型の物ではなく、かなりの大人数を移動させられる大型の物だ。


 同時に彼等は魔法で範囲を括り、オラトリアムで出番を待っていたある存在を招き寄せる。

 そしてそれは成った。 何もない虚空から現れたのは圧倒的な巨体。

 金属を身に纏う線虫。 かつてエンティミマスという地に眠っていた巨大生物。


 ミドガルズオルムと呼称された存在だった。 元々、食えば食う程、際限なく巨大化する為、食事に制限を設ける筈だったのだが、首途の独断で全長数キロメートルと近くからでは全容すら把握できない巨体となったのだ。


 そしてそれが空から地表へと真っ逆さまに落ちて来た。 その光景に聖騎士達は呆然とするしかなく、一部の者はぼんやり「神よ」と呟いた。

 衝撃。 周囲の地面が文字通り捲れ上がり、無数にあった建造物が冗談のように回転しながら宙を舞う。

 

 都市部の真ん中に落ちたので今の一瞬だけで死傷者は恐らく万に届く。

 ミドガルズオルムは着地の衝撃で吹き飛んだ文明の残骸をその身に浴びながら、口を大きく開けて咆哮。 同時にその口の中から大量のコンガマトーやサンダーバードといった飛行可能な改造種が大量に出撃。 そしてその先頭を行くのは――


 「はーっはっはっは! 今こそ汚名返上、名誉挽回の好機! 貴様等はこのマルスランの手柄となるがいい!」


 マルスランだった。 彼の使用していたフライトユニット「コン・エアー」は首途によって大幅な改造を施されもはや別物として生まれ変わっていた。

 スラスターとミサイルポッドの増設とそれに伴う大幅な大型化。 以前は背中に背負えるサイズだった物が今では本人の数倍の巨体となり、下半身を埋め込んで一体化する事で使用するウエポン・コンテナと形容した方が適切な代物に変貌していた。


 「この新たに生まれ変わった「コン・エアーⅢ」とこのマルスランの真の力を見るがいい!」


 ちなみに本人的にはセンテゴリフンクスで改修した物が「Ⅱ」だったようで名称に「Ⅲ」が付く事となった。 二度の大破を物ともせずに不死鳥のように復活を果たした彼の相棒は生まれ変わった力を振るう。


 「マルスランミサイル全弾発射ぁ!」


 各所に内蔵されたミサイルポッドから一斉に可燃性の猛毒が詰まったミサイルが発射。

 空中で炸裂して緑色の猛毒の煙がゆっくりとクロノカイロスの大地に降りて来る。

 

 「驚くのはまだ早い。 ミサイルからの――マルスランビィィィム!!」


 魔法陣が展開し誘導性能を持った光線が大地に降り注ぐ。 光線は事前に撒いていた煙に接触。

 大爆発を起こした。 その結果を見たマルスランは哄笑を上げながら自らの成果を誇る。

 

 「どうだグノーシスのクズ共め! これがオラトリアムの真の英雄、マルスランの力だ!」


 この状況は彼にとって非常に幸運が重なった結果だった。

 実際、コン・エアーの修理は研究所内での優先度は非常に低かったが、グリゴリの襲撃でヴェルテクスを身を挺して助けた実績を首途に評価されて順位が繰り上がった事。 そして作業が本格化した頃にグリゴリ戦が終結したので、エグリゴリに使用されるグリゴリのパーツを融通して貰えた事。 最後にエグリゴリの実戦データ収集期間中、工場が一時期暇になった事。


 以上の三点がコン・エアーの復活を強力に後押ししたのだった。

 バラキエル、シムシエルの光線。 ラミエルの雷。 トゥリエルの巨岩などの遠距離攻撃を得意とするグリゴリの能力をこれでもかと移植されており、遠距離での瞬間的な攻撃密度なら最強のエグリゴリであるプロメテウスすら超える性能を誇る。


 ただ、代償として燃費が悪いので聖剣エル・ザドキの加護の範囲内でしか戦えないが、気を付けさえすれば些細な問題だとマルスランは欠片も問題にしていなかった。

 ちなみに「マルスランビーム」はシムシエルの光線でバラキエルの光線は「マルスランバスター」らしい。 これは余談だが、やたらと遠距離武装を積んでいるのは二回も撃墜されたトラウマから敵を近づけない為だったりするのだが本人は気付いていない。


 マルスランは非常に楽し気に笑いながら周囲のコンガマトーやサンダーバードと一緒に地表への攻撃を続けていた。 ミドガルズオルムは適当に動き回るだけで周囲に甚大な被害が発生するので好きにさせている。 グノーシス側はミドガルズオルムをどうにかしようと必死に攻撃を仕掛けるが、サイズが違いすぎるので大したダメージを与えられていない。 だが、一応効きはしているのか、ミドガルズオルムは体に痒みを感じてその部分を激しく動かすと、攻撃していた者達が玩具か何かのように吹き飛んで行く。


 聖騎士達は応戦しながらも非戦闘員の避難誘導を行っていたが、マルスランは目聡くそれを見つけると嬉々として襲い掛かった。 その姿はひたすらに弱者を狙う小物のようだったが、残念ながら本人に自覚は存在しない。 彼にとってはキルカウント=戦果なので稼げる美味しい狩場といった認識しかなかった。


 「はっはっは! 喰らえぃ! マルスランバスター!」


 笑いながら非戦闘員を一方的に焼き尽くす彼はこの戦場で最も輝いているのかもしれない。

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