第970話 「待人」

 クロノカイロスの王城はジオセントルザムの中央からやや南寄りの場所に存在している。

 大聖堂は王城からやや東側に離れた位置に建っているので、時間を作って向かうには良い位置だった。

 ヒュダルネスは約束の時間に遅れないようにやや早めに王城へと向かう。


 「ヒュダルネス殿」


 不意に呼び止められたヒュダルネスが振り返るとそこに居たのは同じ救世主でもあり、同僚のウィルラート・クリント・サンディッチだった。

 

 「ウィルラートか。 どうかしたのか?」

 「聖下へ奏上されるつもりと聞いたので、自分もお供させて貰えればと思って待っていました」

 「おいおい、お前までこんな事に付き合わなくてもいいんだぞ?」

 「いえ、意見の具申であれば人数が居た方がいい筈です。 連れて行ってください」

 

 ヒュダルネスはこの真面目な同僚の申し出を内心でありがたいと思いつつ大きく頷く。

 サンディッチを伴ったヒュダルネスは門番に事情を話し、同伴の許可を同時に貰い中へと通された。

 大聖堂と王城は同じ人物の設計なので構造自体は似通っているが、王城は全体的に大きい。


 要は構成している部品の造形は同じだが、大きさが違うので雰囲気が違って見える。

 クロノカイロス――特にこのジオセントルザムでは教皇と法王で領分が分けられており、教皇はジオセントルザムの外に関しての優先指揮権を持っている。 街の外の兵力を優先して自由にできると言う訳だ。


 当然ながら外には海外も含まれているので、今回のウルスラグナ王国への侵攻も彼女の裁量での決定によるものとなる。

 もう一方の法王はこのジオセントルザムの内側での優先指揮権を持っており、この首都の防衛などに関しては真っ先にお伺いを立てねばならない。


 つまりは戦力を内と外のどちらで使用するかで、変わって来るのだ。

 だからと言って何でも罷り通ると言う訳でもない。 教皇の決定には法王が、法王の決定には教皇が異を唱える事で撤回させる事も可能となる。


 両者の間にあるのは指揮権の優先なので、ヒュダルネスやサンディッチはどちらか寄りの部下と言う形にはならない。

 

 ――とは言っても彼等は基本的に首都の守護を担う救世主なので、どちらかと言えば法王の指揮下に入る事が多い形にはなる。


 だからと言って片方を軽んじると言う事はない。

 権限は同等なので法王も指先一つで部下の首を刎ねる事が可能な権力者であるのだ。

 ヒュダルネスはそれを知っていたからこそ一人で行くつもりではあったのだが……。


 二人は何度も通った廊下を進み、階段を上る。

 途中、警邏の聖殿騎士や聖堂騎士に挨拶をしつつすれ違う。

 国内の聖騎士達の指揮権は入れ替わる事もあるが、変わらない物もある。


 彼等がすれ違った者達だ。 彼等――この王城の守護を担う者達は「近衛聖騎士」と呼ばれ、法王の直衛戦力として存在している。

 当然ながら王城を直接守る者だけあって優秀な聖堂騎士や救世主が多い。

 戦闘能力だけならヒュダルネスやサンディッチに匹敵する者すらいるだろう。


 同様に教皇も聖剣使いであるハーキュリーズを筆頭に直衛戦力を保有している。

 彼等は余り表には出てこないのでヒュダルネス達は接する機会が少ないが、相当な実力者揃いだと言う事は理解していた。


 「……上手く行くと思いますか?」


 人気が途切れた所でサンディッチが小さく呟くようにそう口にする。


 「分からん。 正直、望みは薄いと思っているが、多少なりでも慎重になってくれて犠牲が減るならそれで構わないと思っている」

 「――これは部下から仕入れた情報ではあるのですが、例の転移魔石。 かなりの数を用意していると聞きます。 恐らく動員規模は十万では利かないでしょう」


 転移魔石――対になった物とその周囲の物を入れ替える性質のものだが、作成にはかなり高品質な魔石が必要なので非常に貴重な品だ。

 特にそう言った魔石は聖堂騎士の専用装備に使用されるので、需要が高い。

 その為、転移にだけ割り振る訳にも行かないので数を用意するのが難しいのだ。


 転移魔石を複数を組み合わせる事によって範囲を括り、大人数を転移させる転移魔法陣という物も存在する。

 つまり、それだけの規模を動員すると言う事は転移魔石の使用も惜しまないと言う事と同義だ。

 何せウルスラグナは世界の反対側。 移動するには転移は必須となる。

 

 大規模転移は陣の設置も必要となるので安全に行使が出来るように砦のような物を築く必要がある。 その為、少なくとも国境を越えて手近な街の一つや二つは制圧して橋頭保とするつもりなのは明らかだった。


 「恐らくとにかく数を送り込むつもりだろうな。 聖剣使いと言ってもたったの二人だ。 分散してあちこちに襲撃をかければどうにもならん」

 「……想像したくもない光景ですね」

 「放っておくと遠くない未来に現実になるからな。 猊下の様子だと相手が折れて聖剣と魔剣を差し出す気になるまで人員を送り込み続けるぞ」


 二人は聖騎士達が圧倒的な物量でウルスラグナを蹂躙する光景を想像して重い気持ちになる。 

 必要な事と言うのは理解している。 だが、流される事だけはあってはならない。

 そんな気持ちを込めて歩を進めると――廊下の途中で一人の全身鎧が壁に寄りかかっていた。


 体のラインから性別は女性と分かるが兜を被っているので顔つきは不明。

 腰には二本分の鞘で片方は空。 鎧の意匠から聖堂騎士以上と言う事は分かる。

 彼女はヒュダルネスとサンディッチの二人の姿を認めると挨拶するように小さく手を上げた。


 「やっほー、オーガ君にウィル君。 お姉さんだよ~」


 見た目とは裏腹にその口調は軽く明るい。

 近衛聖騎士筆頭。 聖堂騎士「救世主」ラディータ・ヴラマンク・ゲルギルダズ。

 そして第六の聖剣――聖剣エロハ・ミーカルの担い手だ。


 「こうして直接顔を合わせるのは久しぶりだなラディータ。 後、オーガと呼ぶな」

 「何だよー、私なりの親愛の証なんだけどな?」

 「お前、それフィスカットの前でやって俺が誤解を解くのに苦労した事を忘れたのか? わざとらしく腕まで組みやがって、あれ許してないからな」

 「あぁ、あの可愛い奥さんだね。 なーにぃ? もしかして惚気てる? 愛称で呼ぶのは奥さんだけとかそんな感じ?」

 「そうだ」


 ラディータのからかうような口調にヒュダルネスは断言する。

 

 「おおぅ、これはごちそうさまだね」


 ヒュダルネスはラディータとそれなりに長い付き合いだが、未だに彼女の素顔を見た事がなく、いつまで経ってもこの飄々とした態度は変わらない。


 「ゲルギルダズ殿。 貴女が来られたと言う事は……」

 「うん、謁見の間に行くんでしょ? 私が一緒に行く事になったから待ってたんだよ。 折角だし、ちょっとお喋りでもしながら行こうかなって思ってさ」


 ラディータは二人に「行こうか」と先を顎で指して歩き出す。

 二人は顔を見合わせた後、小さく頷いてその背を追いかけた。

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