第971話 「忠告」
三人は歩き始め、少しの間は無言だったがヒュダルネスはいい機会だと彼女に色々と尋ねる事にした。
「ラディータ。 お前はどう思っているんだ?」
「んー? 例のウルスラグナ侵攻の件?」
「あぁ、筆頭近衛としての意見を聞きたい。 アイオーン教団の聖女は聖剣二本持ちらしいからな。 お前が駆り出される可能性も充分にあり得る」
ラディータはうーんと小さく唸りながら少し悩む。
「ま、あんまり手こずるようなら私とヘイス君が駆り出されるのは目に見えているから、本音を言うなら乗り気じゃないって所かな。 流石の私も聖剣二本持ちと戦って簡単に勝てる自信がないなぁ」
「ほぅ、筆頭聖騎士様でも例の聖女は厳しいか?」
「いじわる言わないでよー。 君も知っているでしょ、聖剣ってあるなしで戦闘能力にかなりの差が出るからね。 実際、普通に戦ったらオーガ君と私ってそこまで差はないでしょ? ――でも、聖剣有りなら君に負けない自信はあるかな?」
ラディータの言葉は正しい。 素の戦闘能力ならヒュダルネスと彼女の間に大きな差はないだろう。
つまり聖剣のあるなしはそれだけの差を生む。 その為、聖剣が一本と二本なら同様に差が出るのは当然だろう。
「聖剣があれば少々の技量差は無視できるだろうから、その聖女様を相手にする方はきついんじゃないかなぁ?」
「おいおい、ハーキュリーズに押し付けるつもりか?」
余りにも他人事のような態度のラディータにヒュダルネスはやや呆れるが、彼女は特に気にしない。
「いやー、ぶっちゃけると私は聖下の配下だし、しんどいのを押し付けても不満は出ないでしょ」
ラディータはおどけた調子でそんな事を言うが、ヒュダルネスは逆に表情を消す。
「……で? 話を逸らしたつもりだろうが、質問にはいつ答えてくれるんだ?」
「あれ? バレちゃった?」
ラディータはヒュダルネスの質問に答えている振りをして聖剣使いへと話題を逸らしていたのだ。
それを指摘されて小さく肩を竦める。
「率直に言って侵攻自体には賛成かな。 君達が何を考えているかは分かってるよ? 無駄な人死には避けたいって事でしょ? オーガ君もウィル君もわざわざ、聖下の機嫌を損ねるかもしれないのに行動できるのは素直に立派だとは思う。 ただ――」
そこでラディータは足を止めて振り返る。
バイザー越しに視線がヒュダルネスと交差。 冷たい視線が彼等を射抜くが構わずに見つめ返す。
「――物事には順序ってものがあると思うんだ。 聖剣は世界の滅びを退ける為に必要な物で、手に入らないと文字通り私達は死に絶える事になる。 それに比べたらウルスラグナで何人死のうが、大した事じゃないんじゃないかな?」
「死ぬのはウルスラグナの民だけではない。 我等の同胞が犠牲になるんだぞ」
「そうだね。 大事の前の小事――だったかな? 少し前に異邦人の人に聞いたんだけど、大きな目的の前には少々の事は無視して然るべきなんだってさ。 私としても同胞が死ぬのは歓迎したくない。 ただ、死ぬって事は
――信仰心が足りない。
ヒュダルネスとサンディッチはこの言葉が大嫌いだった。
努めて表には出さないが、信徒の死を許容する為の便利な方便にしか聞こえないからだ。
信仰心が足りないから死んでも仕方がないと? 馬鹿げているとしか言いようがない。
そしてこの国の裏側ではその信仰心を試すという名目で数多の人間が姿を消している事も彼等は知っていた。
具体的に何をやらされているのかまでは知らされてはいないが。
「ゲルギルダズ殿。 貴女の事は同じ救世主として尊敬はしています。 ですが、民や同胞の命を軽視するような発言は慎んで頂きたい。 我等は世界と人々を守る存在。 軽々にそのような――」
サンディッチの言葉が途切れる。 それはラディータが指を立てて口元に当て、静かにしろと暗に告げたからだ。
「それ以上は駄目だよウィル君。 後、間違いがあるから少し訂正しようか。 私達が守るのは信仰と秩序だ。 世界はそれが揃っているからこそ成り立っている」
サンディッチは否定するべく口を開こうとしたが、ヒュダルネスが止めておけと首を振ったので沈黙。
「あらら、虐め過ぎちゃったかな? でも、聖騎士として正しい考えが何なのかは少し考えた方がいいかもね?」
「……その様子だと聖下も同じ考えと判断していいのか?」
ラディータとはヒュダルネスもそれなりに長いので、意味もなくこんな話をする訳がないのは理解していた。
わざわざ、待っていた事を考えると先に諦めるように忠告に来たのだろう。
つまりこれから行う自分達の行動は無意味だと。
それでもヒュダルネスには行かないといった選択肢はなかった。
いくら大義の為とはいえ、民の命を蔑ろにする事だけはあってはならない。
何故ならそれを許容してしまうと、ヒュダルネスは自分の家族を切り捨てる選択を迫られるかもしれなくなるからだ。
死ぬ者は信仰心が足りない。 なら死に抗う力を持たない娘はどのように生きてゆけば良いのだ?
弱者を切り捨てる事を良しとするのならば、自分には家族を守る事すらできないのではないのか?
そんな疑問がヒュダルネスを突き動かす。
サンディッチは公平で在れと自らに課している。
その信念が保身に走る事を許さない。 そもそもそんな事を考えるぐらいならこの場に居ないだろう。
二人の態度を見てラディータはやれやれと肩を竦める。
「優しいお姉さんが折角忠告してあげたのに、困った子たちだなぁ……」
「忠告はありがたいが半端な覚悟でここに来たわけではない」
ヒュダルネスはそう言い切り、サンディッチもそれに同意する。
「分かった。 分かったよ。 もぅ、しょうがないなぁ。 一応、何かあったら庇うつもりではあるけど、あんまり口が過ぎると本当に首が飛ぶからね?」
「あぁ、覚悟の上だ」
「いやー、簡単に覚悟を決められても困るんだけどなぁ……」
ラディータはそう言って歩みを再開。 二人もその背を追いかける形で足を動かす。
しばらくの間、三人は無言で歩いていたが、そろそろ謁見の間が見えて来ると言った所でラディータが口を開く。
「一つ約束してくれないかな?」
「何をだ?」
「聖下の決定には素直に従うと。 つまりは食い下がらないって事を」
彼女なりに二人を心配しての言葉と言う事は分かっていたのでサンディッチは小さく頷く。
「……分かった。 約束しよう」
ヒュダルネスも納得はしていなかったが、ここは妥協するべきかと同意する。
「それが聞けて良かったよ。 さて、聖下はこの先でお待ちだ。 心して発言するように」
ラディータが扉を守っている聖堂騎士達に事情を話し、扉が開放される。
ヒュダルネスとサンディッチは表情を引き締めるとそのままラディータに続いて室内へと足を踏み入れた。
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