第968話 「到達」

 こんにちは。 梼原ゆすはら 有鹿あるかです。

 ここ最近、瓢箪山さんの放送や朝礼でも広くアナウンスされているけど、これからまた戦争が始まるので備えるようにとの事だった。


 わたしとしては争い事は好きではないので余り歓迎はできないというのが正直な感想なんだけど……。

 そんな考えとは裏腹に現実は無情にも進んでいく。

 戦闘訓練関係や軍事関係の生産を担っている首途研究所がかなり忙しくなっている所を見ると、本格的に始まるんだなとぼんやりと、だけど確かな現実として忍び寄って来る。


 瓢箪山さんの放送もそうだけど、ダーザイン食堂の方もアスピザルさんや夜ノ森さんの姿をあまり見かけなくなり、研究所の方も工場の生産を行っている区画から音と灯りが途切れることはなくなった。

 山脈の方でも亜人種の皆が実戦を想定した訓練――特に山脈の一角に築かれた市街地を模した訓練場は常に魔導外骨格の運用や連携訓練で使用されっぱなしと聞く。


 ただ、連日の訓練でよく破壊されるので定期的に修理をするらしく、使えなくなる時間もあるのでこちらは休みなしと言う訳ではないみたい。

 何度か見学させて貰ったけど、戦車みたいなタイプ――フューリーの走破訓練は特に難しそうだった。

 空中からの降下から着地。 そのまま移動しつつ指定された目標への攻撃と素人のわたしでもそれだけの動作を滑らかに行えるようになるのにかなりの苦労があったのかがわかる。


 蜘蛛みたいなタイプ――アラクノフォビアは特に市街地での移動や位置取りの訓練が多かったけど、フューリーはやたらと空からの降下や着地をやっているイメージがあるんだけど何かあるのかな?

 他と比べてかなり難しそうな感じがしたなぁ。 着地と同時に持っている銃杖や肩に乗っている砲での射撃。 的も上や崖のような足場が悪い所に着地して崖下を狙ったりしていた。


 後は周囲に展開された歩兵の動きを意識した行動等々、見かける度に動きが洗練されているのでどれだけの時間を費やしているのかが感じられる。

 それと新兵器なんだけど――アレって何なんだろう……。 なんと言うか凄すぎてコメントに困ると言うか、形容が出来ないと言うか、もうアニメか何かの世界から出て来たのかな?としか……。


 ここ最近、完成したのか山脈の空で激しい実戦訓練を行っているのをよく見かける。

 もう、普通に空を飛んでいる事には驚かなくなった。 ここまでの進化を目の当たりにしてしまうと、飛んでいるのを見ても「あぁ、とうとう飛んだのかー」ぐらいの感想だった。


 重力を無視したかのようにジグザグに飛んだり旋回したりしている姿を見ると「もしやCGでは?」と疑いたくなるレベルだったけど、うん、まぁ、現実だよね。

 聞けば次のクロノカイロス戦では主力となる新兵器との事でかなりの期待が寄せられているとか……。


 戦争の準備もそうだけど、それ以外にも動きはあった。

 何かと言うと物流関係だ。 輸出量に今のところは大きな変化はないけど、徐々に出荷量を絞っている。

 それと商売関係の人員の強化だった。 基本的に物流関係は亜人種さんじゃなく、外にも出られる人間の人だけだったのだけど人間以外の人に内部での業務の一部を引き継ぎ始めた。


 わたしはオラトリアムの外に出ないからそこまで深くは関わらないけど、収穫物の引き渡しの際にあんまり見ない顔が交ざり始めた事には気づいていた。

 

 ……うーん、これはどういうことなんだろう?


 今のところは何も聞いてないけど、何か変化があるのかなぁ……。

 

 

 基本的にわたしの仕事は収穫で他の部署の手が足りなくなれば助っ人に行くといった感じになっている。

 これはわたしの仕事が固まる前にあちこちの部署で手伝っていた事の名残でもあった。

 ただ、最近はエゼルベルトさんの所に居る人が活躍しているみたい。 あんまり呼ばれなくなったので収穫の方でのんびりとやっている。 研究所への宅配の手伝いは定期的に入るけど、山脈への出張はかなり減ったなぁ……。


 その収穫の方も気が付いたら現場に出るより報告を聞く方がメインになりつつあった。

 手が空いている時は大変そうな所を手伝うけど、主な仕事は収穫された物の集計を纏めて提出するだけになっている。 わたしが他所に出張できる理由がこれだ。 要するに現場に出なくてよくなっていた。

 その事を話すと首途さんは「出世したなぁ!」と笑い、夜ノ森さんには「立派になって……」と何故か抱きしめられた。


 正直言ってあんまり自覚はないけど、とにかく必死に働いて働き続け、脇目も振らずに走り続けていたらいつの間にかこんな所まで辿り着いていたのだ。

 多分だけど出世と言う意味では上がれる所まで上がってしまっていた。


 生活も安定しており、最初は安いアパートみたいな部屋からスタートした生活も今では一戸建てに変わった。 オラトリアム水準で見ても平均よりも上のお金に余裕のある生活になり、毎日外食でも全く問題なくなっていた。

 

 ……一応、最初は自分で料理とかして財布の中身を見ながらやりくりしていたんだけど、今では中身をそこまで意識しなくなったなぁ……。


 オラトリアムに来てからそれなりに時間が経った。

 最初に来た時は不安で仕方がなくて、自分はこんな所でやって行けるのだろうかといった事ばかり考えていたけど今ではそれは別の物へと変化している。


 わたしは今の生活に満足している。 苦労はあるけど、周囲とも上手くやれているし、仕事にも不満はない。 生活にも全く困らなくなった。

 恐らくだけど、何もなければわたしの一生は安泰と言えるかもしれない。


 だけど――不安がある。

 それはこの生活を失ってしまう事だ。 直接かかわらないわたしにも分かる事はある。

 オラトリアムの平和は勝利によって維持されており、負ければ失われるといった薄氷の上に成立していると。


 クロノカイロスへの侵攻も必要な事とは理解はしているけど、内心では歓迎していない。

 負ければ全てを失うといった確信に近い予感が、戦争と言った単語への忌避感となって胸の中で渦を巻く。

 戦争はいけない事だ。 命を奪う事は良くない事だ。


 日本では常識と言っていいレベルの考えだけど、こちらではそのルールは適用されない。

 その考え自体には同意だけど、今のわたしは自分を守る事で精一杯だ。 だから、クロノカイロスでたくさんの人が死ぬといった話を聞いても非難したり同情したりは難しいと思う。


 悪いけどわたしにとって顔も知らないたくさんの人よりも顔見知りの一人の命の方が遥かに大事だからだ。

 

 ……どうか今回も何事もなく無事に乗り切れますように。

 

 わたしにはそう祈ることしかできなかった。

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