第925話 「淡白」
数日後、どうせ知っているだろうと半ば以上確信していたが、立場上報告義務がある。
凄まじく不毛な行為だなと思いつつもゼナイドからの報告を纏めてファティマへと提出した。
――そうですか。
いつも通りの淡白な返答。
後は報告内容に問題がなければ話は終わりとなる筈だったのだが今回はいつもと様子が違った。
普段なら会話が途切れた時点で「ではこれで」と会話が打ち切られるのだが、ファティマは数秒の沈黙の後、意外な事を言い出したのだ。
――先程の話に関連する事で直接お話したい事があります。 場を設けるので来て頂けますね?
拒否権がない相手にさも選択肢があるかのように疑問形で尋ねるんじゃねぇよ!
反射的にそういってやりたかったが、そんな事は出来ないので黙って従うしかない。
それはそうとして疑問が湧き上がる。 直接会って話をしたいとはどう言う事だ?
ファティマも暇じゃない筈だ。 そんな立場にいる奴がわざわざ時間を割く?
それともオラトリアムまで来いって事か? オラトリアムへ行く自分の姿を想像して胃が捻じ切れそうな不快感が突き上がって来る。 あぁ、嫌だなぁ、行きたくねぇ。
――はぁ、まぁ、来いと言うのなら行きますが、話だけなら今でもできると思いますが……。
本心とは裏腹に脊髄反射の領域で俺の口は肯定の意志を口にする。
ただ、かなり不可解ではあったので、疑問が漏れてしまう。
――……貴方と聖堂騎士クリステラにお話があります。 場所は王都の近郊に用意する予定ですので、そこまで時間は取らせません。
有無を言わせない口調。 そして内容を聞いて警戒心が一気に持ち上がる。
ファティマの言いたい事は俺の立ち合いの下、クリステラと話がしたいと言う訳だ。
つまり用事があるのは俺ではなくクリステラか。
……あぁ、畜生。 嫌な予感しかしない。
特にクリステラは最近、エイジャスに妙な勧誘をされたばかりなのでかなり気が立っている。
正直、ファティマに会わせるような真似は可能な限り避けたいが、断るのも無理だ。
――少し時間を頂いても? 先程、報告させて貰ったグノーシスの件もあってこの辺もややキナ臭い。 本人と相談した上で日程を決めたいんですがね。
結局できたのは苦し紛れの時間稼ぎだ。 断る事は不可能だが、クリステラの精神状態を見てから良さそうな時期を指定すればいい。
……それにしてもクリステラに何の用だ?
ファティマの意図が全く読めない。 オラトリアムと裏で繋がっている事実は俺しか知らない方が向こうにとって何かと都合がいい筈だ。
それを理解した上でクリステラに接触する? 何を考えているんだ?
――えぇ、構いませんよ? ただ、少し急いだ方が彼女の為かもしれませんね。
考えている間にファティマは用件は伝えたとばかりに話を終わらせようとする。
俺は慌ててどういう事だと聞き返しかけたが「ではこれで」とファティマはいつもの淡白な文句と共に通話を終了。 聞き返す事も出来ずに脳裏には俺の疑問だけが残された。
「……これはどう判断すればいいんだ?」
さっぱり分からない。 オラトリアムの連中もクリステラの危険性は理解している筈だ。
聖剣使いの戦闘能力は突出している。 二本持っている聖女もそうだが、クリステラはその技量も合わさってオラトリアムからすれば脅威度は非常に高いと判断していると思うのだが……。
だからこそ関与を避け、俺とアイオーン教団を通す形で行動を操ればいい。
そのような方針と読んでいたのだが、違ったのだろうか?
オラトリアムがクリステラに危険を冒してまで接触する目的は何だ? 少なくとも俺がファティマの立場なら接触は可能な限り――というよりは徹底して避ける。
それを無視してでも接触したい理由。 一体何だ?
心当たりが全くないな。 考えられるのはついに聖剣を寄越せという事か?
脅威度が高いクリステラの戦闘能力を削ぐ事が目的?
……それにしてはファティマの反応がおかしい。
淡白なのはいつもの事だが、今回に限ってはやや不本意といった様子が窺えた。
仮にいつまでも連絡を取らなかったとしてもどうでもいいと言った投げ遣りさすら感じられる。
だめだ、判断材料が少なすぎるので、何も思いつかない。
「どうするかにしても本人と話す所からか」
そう呟いて俺は執務室を後にした。
クリステラは探せばすぐに見つかった。 あいつは仕事がない時は常にモンセラートの部屋にいる。
徐々に弱って行く様を見せるのはお互いにとってもあまり良くないが、俺が何かを言える事でもないので好きにさせている。
扉を軽く叩いて返事を待ち、モンセラートの部屋へと入室。
寝台で横になっているモンセラートと傍らにはクリステラ。
モンセラートは意外そうに小さく目を見開き、クリステラはやや訝しむような表情を浮かべる。
……まぁ、当然の反応か。
俺はあまりここに寄り付かないからな。 その理由は俺自身が良く分かっている。
忙しいと言う事もあったが、それを言い訳に弱って行くモンセラートを直視する事から逃げているだけだ。 そんな思いも手伝って、バツが悪い表情を浮かべているのは自分でも分かる。
「あら? エルマンじゃない! 疲れたからサボりかしら?」
「おいおい、勘弁してくれ。 仕事で来てるんだよ。 悪いが少しクリステラを借りてもいいか?」
いつもの調子のモンセラートに俺も軽い調子で返す。
最後に見た時より悪くなっているのは見ていれば分かる。 それでもいつもの調子でいるのはモンセラートなりに気を使っているのだろうと考えると罪悪感で頭がどうにかなりそうだ。
指名されたクリステラは無言で小さく頷く。 俺は小さく悪いなと返し部屋の外を顎で指す。
「分かりました。 ではモンセラート、すぐに戻るので少し待っていてください」
「大丈夫だからゆっくりでいいわ!」
俺はモンセラートにも悪いなと返し、クリステラを連れて部屋を後にした。
少し歩いた後、部屋から充分に離れた所で念の為に魔法道具を使用して周囲に音が漏れないようにする。
「聞かれたくない類の話ですか?」
魔法道具の起動を確認したクリステラの質問に俺は曖昧に頷く。
「まぁ、そうと言えばそうなんだが、正直な話、どう切り出していいか迷っている」
俺の歯切れの悪い態度にクリステラは困惑したように首を傾げる。
そりゃそうだろうよ。 俺でも目の前でそんな態度取られたら同じ反応を返すだろう。
クリステラの顔を見る。 表情には困惑こそ浮かんでいるが不機嫌そうには見えない。
切り出しても問題はないだろうと判断。
ファティマの急いだ方がいいと言った言葉も引っかかる。 もしかしたら向こうの話は時間が経つと価値がなくなる物かもしれない。
そう言った意味でも早めにしておくべきだろう。 何より本人の反応も見たい。
少し迷ったが特に言葉を選ばずに言うべきだろう。
「日時は未定だが、後日にオラトリアムとの折衝がある」
俺はそう言って切り出した。
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