第926話 「呼応」

 「……それが何か?」


 クリステラの反応は薄い。

 今までもそういった事はあったが、俺が独自に対応していたので、今更そんな事を言われてもと首を傾げるのは無理のない話だ。


 「普段ならそこまでの関係がないのでこんな話はしないが、今回ばかりは少し事情が違う。 向こうがお前をご指名だ」

 「私を? それはどういう事ですか?」

 「悪いが俺も連中が何を考えているのか全く分からん。 わざわざお前を呼び出すって事は何かしらの意図があるとは思うのだが……」


 我ながら歯切れの悪い返答だと感じつつクリステラの顔色を窺う。

 クリステラは表情に困惑を浮かべつつ小さく考え込む。


 「私に用事という事は何かをさせたいと言う事ですね」

 「恐らくそう思う。 俺を通した事を考えると、隠す気はないがそれなりにデカい案件と言った所だろうが……」

 「……だとすると戦力として私を何かに使いたいか、聖剣を取り上げたいか……」


 ……まぁ、普通に考えればそんな所だろうな。


 ならば何に対して使うのかという話にはなる。

 そうなると仮想敵としてクリステラを引っ張り出してぶつける相手となると――一つしかないな。


 「恐らくグノーシスだろうな」

 「ですが、そこまでして私個人に協力を要請する理由は何でしょうか? 組織を経由しないという事は、何かしら後ろ暗い事情でもあるのでは?」

 「……正直、俺もそれは引っかかっている」  

 

 クリステラはオラトリアムの裏に関してはそこまで明るくない。 疑っている節はあるようだが、そこまで明確な物じゃない筈だ。 そんな疑念を深めるような真似を何故行うのかを理解できない。

 俺がファティマの立場なら今まで通り、可能な限りクリステラとの接触を避けて間接的に操る方向に動く。


 ……その状況を崩してまで裏でクリステラを呼び出す理由――


 聖剣使いの取り込みを狙っているのか? 聖女ではなくクリステラを狙う理由は分かる。

 あいつの情報は一切漏らしていない。 関係者も最低限の人員を除いて城塞聖堂から出していない。

 ある程度は掴まれている可能性はあるが、情報がない以上は得体が知れないので手が出し辛いと考えたか。


 ……仮に聖剣使いが必須と考えるならこの動きにも納得が行くが根拠として弱い。


 「エイジャス審問官の件もあります。 何かを掴んでそれに備えようとしているのでは?」

 「分からん。 詳しく知りたければ直接聞くしかないだろう」

 「……話は分かりました。 日取りは?」

 「こっちの都合に合わせてくれるらしい。 お前さえよければ話を付けるが?」


 クリステラは考えるように僅かな間、目を閉じて開く。

 

 「直ぐにでも会いましょう。 急がないという事は向こうはこの話に余り積極的ではないのでは?」

 「だろうな。 言い出したにもかかわらず、随分と消極的だった。 恐らくだが、断られてもいいと考えている節もあるように感じる」

 「つまり、この話は時間が経てば効果がなくなり、向こうとしてもやや不本意。 もしかしたら私達にも何かしらの益があるのでは?」

 「……なるほど」


 逆に急ぐ事で相手にとっては不都合な展開になるかもしれないという事か。

 あり得ない話ではない、か? 引っかかる事は多いが、断るという選択肢はない。

  

 ……どちらにせよ行かなければ何も分からんか。


 「分かった。 向こうにはすぐにでも会うと返事しておく」


 俺は大きく頷いてその場は解散となった。 

 



 クリステラと話した後、すぐに連絡を取るとファティマはいつも通りの淡々とした態度で日時と場所を指定。 数日後、王都から少し離れた街にある酒場。

 店ごと貸し切りにしているので二人で来るようにとの事。 当然ながら聖女には気付かれるなと念を押された。


 王都から半日もかからない距離なので忙しい身としては非常にありがたい。

 どう考えてもこちらの事情を考慮した調整がされていた。 それだけに不気味だ。

 一体、何を企んでいるのかと。


 ――ちなみに到着には半日もかからなかった。 その理由は――


 「な、なぁ、ここまで急ぐ必要ってあったのか……」

 

 俺はぜいぜいと息を吐きながら乱れた呼吸を整える。 傍らには涼しい顔のクリステラ。

 それをやや恨みがましく見つめた後、重い溜息を吐く。

 

 ……この女、俺を担いだ後、聖剣の強化に物を言わせて一気に目的地まで駆け抜けたのだ。


 俺は移動の際に発生する暴力のような風やらなんやらを必死に防ぎ、とんでもない速さのお陰で投げ捨てられたら死ぬなとハラハラしながら胃の痛い時間を過ごす羽目になった。

 

 「場所は?」

 「……こっちだ」

 

 空を見上げて日の高さを測るが明らかに早く着きすぎだ。

 行っても連中、居ないと思うんだがな。 まぁ、酒場らしいから何か飲みたいし、先に行って待っておけば多少は心証も良くなるか。


 そう言い聞かせて俺は歩き出した。 指定された酒場は全身鎧のオラトリアムの兵らしき連中が固めており、事情を話すとそのまま通してくれた。

 酒場の中は人気が全くなく、ガランとしている。 周囲を見回すが誰もいない。


 「……誰もいないようですね」


 気配を探っていたのかクリステラがそう呟く。


 「まぁ、罠の類じゃないだろうし適当に座って待つか」

 

 そう言ってその辺の席に着く。 クリステラも無言で隣の席に腰を下ろす。

 しばらく無言の時間が流れる。

 

 ……い、居辛い。


 クリステラが一切喋らないので、何というか間が持たない。 

 大方、王都に残して来たモンセラートの事が気になるんだろう。 聖女が見ているから問題ないとは思うが、無言の圧力を隣で撒き散らすのは勘弁して欲しい。


 まだ始まってすらいないのに帰りたくて仕方がないんだが……。

 早く済ませて帰りたいので、会いたくないがファティマにさっさと来て欲しいと言った矛盾した感情が渦を巻く。

 

 流石に無言で座っている苦痛に耐えられなかったので、外の連中に許可を取って適当に飲み物を貰う。

 酒場だけあって色々揃っていたが、流石に酒を飲む訳にはいかなかったので適当に酒精が入ってなさそうな物を選ぶ。 クリステラにも勧めたが断られたので一人で飲む。


 ……あぁ、美味い。


 現実逃避気味に置いてあった果物を絞った物らしい飲み物を呷る。 甘くて美味い。

 どうせ俺の金じゃないし好きなだけ飲もう。

 そんな事を考えていると、それなりに時間が経ったのか外の雰囲気が変わった。


 ……来たか。


 警備が反応したって事はお出ましのようだな。

 俺は広げたグラス等を片付けて席に戻ると見計らったかのように入り口から俺がこの世で最も嫌いな女がその姿を現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る