第924話 「頭抱」

……訳が分からない。


 俺――エルマンは受けた報告に思わず頭を抱える。

 目下の問題は各地で暗躍しているであろう審問官達の処理だ。

 クリステラの懐柔に聖騎士への接触、行動傾向としては手っ取り早くかつ、効果的にアイオーン教団を突き崩そうと企んでいるのは良く分かる。


 恐らくだがこっちで察知できなかった所を見ると大した人数は連れ込めなかったと見ていい。

 手を増やしにかかっている時点で、人員周りに不安を抱えているのは明らかだ。

 そうなると打てる手はそう多くない。 間違いなく不和の種を撒き散らして民衆との分断を図るだろう。 逆の立場なら俺でも間違いなくそうするだろう。


 特にアイオーン教団はグノーシス時代の悪行がずっとついて回るので、蒸し返せばいくらでも悪評をばら撒ける。

 一応、噂をばら撒かれると困るような場所――人口の多い都市部には人員を配置して警戒させており、変に騒ぐ奴は早い段階で取り押さえられるように準備はしていたのだが、不思議な事に動きが一切ない。

 

 返って来るのは阻止したという話ではなく異常なしといった報告だけだ。

 何か狙いがあるのかと疑わざるを得ない。 早々にクリステラに接触すると言った性急さを考えると上からかなり急かされている可能性が高い。


 完全な敵地に少ない人員。 確保対象の聖剣使いは強力。

 クリステラの報告では残りの聖剣や魔剣を押さえていると思い込んでいるようなので、所在を掴もうともしている筈だ。


 ……これだけの案件を一気に処理するのはどう考えても無理だ。


 エイジャスもそれを理解しているが、どうにもならない事情があったからこそあんな危険な手に出たんだろうな。

 俺が同じ立場でも賭けに出ざるを得ないと判断しただろう。 奴にどれだけの猶予があるのかは知らんが、少なくとも年単位と言う事はない。 そうでもなければ数年かけてじっくりと攻める筈だ。


 エイジャスは馬鹿ではない。 それは直接相対した俺には良く分かっている。


 ――にもかかわらずこんな行動を取っている時点で事を急いでいるのは明白だ。


 つまり奴は一刻も早く何らかの成果をあげなければならない。

 そう考えればクリステラに接触した背景も理解できるが、それ故に動きがない事が不可解だ。 これはもう既に動いていると見るべきか?


 同時に入ったばかりの報告が引っかかる。

 ウルスラグナの南端――シジーロの街に駐留していたグノーシスの聖騎士達が襲撃を受けた。

 行動を牽制させる為に送ったゼナイドが到着した時には、焼き払われた後だったらしい。


 生存者は皆無。 状況だけ見れば皆殺しにされたと見ていいだろう。

 問題は何故そんな事になっているかだ。 真っ先に浮かんだのはオラトリアムだが、連中にグノーシスの聖騎士達をここまで派手に始末する理由がない。


 確かにオラトリアムにとってもグノーシスは潜在的な脅威だろう。

 だが、アイオーン教団が存在する以上、無理に排除する必要がない。 何故なら俺達が連中に飼われているのはグノーシスへの目晦ましだ。 そうでもなければ聖剣や魔剣を寄越せと言って来るだろう。


 拘束手段が確立しているので、聖剣の無尽蔵とも言える魔力生産能力はいくらでも使い道がある。

 もう既に何本か確保しているような気もするが、聖剣はいくらあっても困ることはないだろう。

 個人的な見立てではあるが、それだけの価値があると俺は考えている。


 単純な戦力としてしか運用できない俺達とは扱う為の用途の幅が違いすぎる事も理解しているので、そう言った考えが自然と浮かぶのだ。

 オラトリアムの一番厄介――恐ろしいと言い替えてもいい点はその慎重さにある。


 個人的にはあれだけの武力と資金力を持っているにもかかわらずそれを見せびらかすような真似をせず、逆に隠して全容を見せないのはかなり不気味だ。

 実際、俺も不快にさせない程度に探りを入れているが、未だに底がさっぱり見えない。


 それ以前に組織構成すらまともに見えないのだ。 表に出て来る者もファティマを筆頭に何名か目立つ人物が居はするが、他の幹部らしき者の存在が見えてこない。

 その為、仮にファティマを殺したとしてもオラトリアムは本当に瓦解するのか?といった疑問すら抱かせる。 ファティマがかなりの切れ者と言う事は俺も痛い程に理解しているが、あの女一人で巨大組織を回せるか? 一枚岩にできるか?


 組織は人の集まりである以上、最低限は意志の統一を行わないと内部に不和を招く事になる。

 そして組織の長の意思は巨大になればなる程、末端に伝わり辛い。

 アイオーン教団ですら定期的に裏で監査を入れて組織運営に支障が出ないかの確認を行っているぐらいだ。


 規模が違うオラトリアムでそれが起こっていないとは考え難い。


 ……いや、俺の想像力がないだけで謎の牽引力を発揮して一枚岩にしているのかもしれないが、見当もつかないので何とも言えんな……。


 仮にオラトリアムだとしたらファティマが部下の手綱を握り損ねて極端な手段に訴えた?

 ゼナイドの話では現場に居なかった連中まで一人残らず行方不明になっている事を考えると徹底的にやったであろう事は容易く想像が付く。 あの連中は本当に容赦がない。


 それは俺自身が良く理解しているので、オラトリアムの仕業なら聖騎士は一人も残っちゃいないだろう。 正直、それならそれで面倒事が一つ消えたと思いはするが、どう話を畳むのかを考えると頭が痛い。

 

 ……ここはルチャーノに話を振れば手を貸してくれるだろう。


 この事件は王国の領分でもあるので、苦労を分かち合うぐらいは構わないと思いたい。

 問題はそうじゃなかった場合だ。

 これがエイジャスの工作だった場合、かなり面倒な事になる。


 実際に死体が出ている以上、奴はそこまでやってまで何かをしようとしているのだ。

 形振り構わない人間が何をしでかすかなんて予想するのは非常に難しい。

 

 「……さっぱり分からねぇ……」


 思わずバリバリと頭を掻いて考える。 

 エイジャスの動きが読めない。 聖騎士の件はどんな意味がある?

 オラトリアムが処理した可能性も否定できないが、それで片付けるには危険すぎるのでエイジャスの工作の線で考えた方が無難か……。


 ……クソッ、処理するならそうと分かるようにしろよ畜生。


 思わずそんな文句が飛び出しそうになったが声には出さない。

 どこで誰が聞いているか分からないからだ。

 当然ながらこの部屋は魔法的に防御されているので防諜はしっかりとなされているが、安心はできない。 人の居ない所でも失言をしかけると不安で夜も眠れなくなる。


 ……俺は満足に愚痴すら声に出せないのか……。


 そう考えて泣きたくなる。


 「……早くエイジャスの野郎を見つけないとな」


 我慢できずに呟く。 これぐらいは許されるだろうと判断する。

 俺の心の平穏の為にも早い所、エイジャスを始末しよう。 そうすれば少しだけ心穏やかに眠れる。

  

 ……あぁ、それにしても俺は一体いつになったら楽になれるんだろうか……。


 そんな日が来る事が何故か想像できなかった。

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