第922話 「困惑」

 「これは一体……」


 アイオーン教団聖堂騎士ゼナイド・シュゾン・ユルシュルは目の前に広がった光景に呆然と声を漏らす。

 彼女はエルマンからの依頼でウルスラグナの南方――国境付近にある都市に向かっていた。

 旧ディペンデレ領シジーロという街でかつてダーザインの本拠があった都市だったのだが、ある騒動で都市機能に深刻な損害を受けていた。


 その為、復興が必要だったのだが王都での一件があり、グノーシス教団の崩壊とアイオーン教団への再編に伴って作業に遅れが出ている街だ。 それの穴埋めとしてバラルフラーム戦で生き残ったグノーシスの聖騎士達を送り込んでいたのだった。


 人員不足と言う事もあったが、これは内部に外部組織の者を置いておけないという事と後にグノーシス教団が迎えに来た時に合流できるようにとのエルマンの配慮も含まれている。

 裏には早々に追い出したいといった思惑もあったが、アイオーン教団は人材周りに不安を抱えていたので余り不和の種になるような存在を置いておけなかったのだ。


 こうしてグノーシス教団の聖騎士達はウルスラグナの遥か南方に押し込められたといった形となった。

 ただ、それにより不穏分子の団結を誘発しやすくなるという危険性を孕み、結果的にだが、審問官という外部からの干渉によりその胎動を招いた。


 ゼナイドの仕事はその牽制だ。 審問官はグノーシス教団の意志を受けてこのウルスラグナへと足を踏み入れた。 教団に属する聖騎士ならばそれに従うのが道理だろう。

 だが、聖騎士といえども人間。 国内をいたずらに混乱させるような真似は避けたいと考えている者もまた存在する筈だ。


 つまりは要請されたとしても全員が従うとは限らない。

 ゼナイド達の目的は彼等の近くに陣取る事で牽制し、身動きを取り辛くする事だ。

 エルマンもグノーシスの者達に恨みがある訳でも死んで欲しい訳でもないので、動きを事前に防ぎ、穏便に事を収められるならそれに越した事はない。


 動くなら早い方がいいとゼナイドと足の速い者で固めた少数の部隊で向かう。 急いだので予定よりかなり早く辿り着けた事もあり、事が始まる前に動けたと内心で胸を撫で下ろしながら街に入る。

 彼等は街の一角に駐留しており、着いたのは夜も遅かったがゼナイドは一先ず挨拶をとそこへ向かったのだが……。


 ――だが、彼女達が見たのは徹底的に破壊しつくされた建物と聖騎士だった残骸達だった。


 街に入った段階であちこちが騒がしかったので嫌な予感はしていたが、こんな事になっているとは思わなかった。 ゼナイドは動揺しつつも周囲で聞き込みを行う。

 住民達も驚いてはいたが困惑の色が濃い。 何が起こったのかよく分かっていないのだ。

 

 聞いた話では真っ黒な閃光のような物がグノーシスの駐留していた場所を薙ぎ払ったとの事。

 何者がそれを成したのかは不明。 その後の聞き込みで、北の方へと飛んで行く魔物のような影を見たとか見なかったとか。


 生き残りはいないかと街中を探したが、ゼナイド達がいくら探しても聖騎士達の生き残りは見つけられなかった。

 流石に居住区画で襲撃に巻き込まれた者達だけで全てではなく、難を逃れた者がいる筈だと考え情報収集と並行して生存者の捜索も行ったが誰一人として見つからない。


 一応は目撃証言らしき物はあったのだが、その晩を最後に忽然と姿を消していた。

 捜索や情報収集を部下に任せつつゼナイドは原形を留めていない程に破壊しつくされた残骸の中を歩く。

 状況から高威力の魔法攻撃による一撃で薙ぎ払われたと言った所だろう。


 「……これほどの規模の攻撃を放つ存在が外から入り込んだ? だが、グノーシスを狙ったのは何故だ?」


 ゼナイドが困惑した理由はここにあった。 襲撃した者の正体が不明と言う事がそれに拍車をかける。

 単純に考えればグノーシスの敵対勢力と言った所だろうとは思うが、ここはウルスラグナだ。

 そんな勢力が存在すればアイオーンの耳に入っていない事はおかしい。


 旧ユルシュルの勢力圏内で身を潜めていたと考えれば納得できなくもないが不自然すぎるのだ。

 アイオーンともグノーシスとも違う第三勢力。 一瞬、オラトリアムという名前が脳裏を過ぎったが、遠すぎる上、国の反対側だ。 何かをするにしても現実的じゃない。


 ゼナイドは考えながら近くの瓦礫に腰を下ろす。

 周囲では彼女の部下達が瓦礫を掘り返したり、死体らしき物を回収して調べている。

 ゼナイドは早い所エルマンに報告したかったが、それを行う前に考えを纏めたかったので思索に耽っていた。


 恐らくグノーシスの生き残りは全滅したと見ていい。

 生き残りは消され――そこでゼナイドの脳裏に何かが閃いた。

 いや、もしかしたらこれは目晦ましなのかも知れない。 審問官が入り込んでいる事はゼナイドにも知らされている。


 彼等は諜報戦を得手としている暗殺集団のような者達で、搦め手はお手の物だろう。

 寧ろ、卑怯な手段しか使えない連中かもしれないのだ。 味方の一部を犠牲にして自分達は身を隠し、水面下で事を進める。 いや、この後にこの襲撃はアイオーン教団の仕業と噂を流すかもしれない。


 そう考えると段々とそれが真実ではないのかとゼナイドは思い始め、気持ちが逸ったのかこうしてはいられないとエルマンに連絡を取る為、通信魔石を取り出した。


 


 ――……生存者はまったく居ないのか?


 連絡が入ったのは夜間で、ようやく眠れた所で叩き起されたエルマンはやや不機嫌な調子でゼナイドの報告を聞くと開口一番にそう聞き返した。


 「今の所は見つかってはいません。 目撃情報こそありますが、忽然と姿を消したそうです」


 ――…………。


 エルマンは低く唸る。

 彼も明らかに困惑しており、ゼナイドと同様に訳が分からないと頭を抱えたい所だったが、バリバリと頭を掻きながら寝起きの頭を必死に回転させる。


 彼も真っ先にオラトリアムの関与を疑ったが、流石にこの蛮行はファティマの性格上あり得ないので違うだろうと完全に否定はしないが、無意識下で可能性を排除していた。


 「私としてはグノーシスによる工作の可能性と考えます。 恐らく奴等は死を偽装して何かを企んでいるかと!」


 やや鼻息の荒いゼナイドの意見をエルマンは目を覚まして回転が滑らかになった頭で冷静に分析。

 ゼナイドの話は仮説の域を出ないが、現実味はそれなり以上にあったのでそうかもしれないと考える。

 ただ、同じかそれ以上に不可解だった。


 確かにエイジャスは追い詰められてはいるが、こちらで動かせる貴重な人材をこんな形で使い潰すか?

 そんな疑問が真っ先に出て来る。 クリステラに接触した際にも何人か殺されているので、頭数の少なさに悩まされている筈だからだ。


 ――すまんが今の段階では何とも言えんな。 もう少し情報が欲しい。 朝になるのを待って街の周辺を捜索、後は街自体の調査だな。


 「街自体ですか?」


 ――あぁ、俺も資料でしか知らんが、そのシジーロって街はでかい橋の増改築を繰り返してできた街でな。 地下や基礎部分には怪しい点が多い。 


 そこまで言われてようやくゼナイドにも理解が広がる。


 「まだ街で身を隠しているかもしれないと?」


 ――あぁ、お前等をやり過ごして動くって算段かもしれん。 はっきりしない事が多いんだ。 なら手近な可能性から潰していく方向で動くべきだろう。 着いたばかりで悪いが頼む。


 「分かりました。 では何か分かり次第、連絡を入れます」


 エルマンの無理はするなよといった労いの言葉を聞いてゼナイドは大きく頷くと通話を終える。

 着いたばかりだが、忙しくなりそうだ。 ここが頑張りどころだと己を叱咤激励して立ち上がると行動を開始した。

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