第923話 「顔覆」
……どうすれば良いんだ。
この状況はそうとしか表現できない物だった。
エイジャスは思わず頭を抱える。 彼の目的は聖剣、魔剣の奪取。
それを達成しないと本国に帰れない以上、しくじる訳にはいかない。
本音を言えば放り出して逃げるという選択肢を取りたい所だが、それをやってしまうと遠からずに侵攻してくるであろう本国からの回収部隊に処分されてしまう。
その為、彼は意地でも与えられた仕事を達成しなければならない。
当然ながらここに来るまでに様々な手を用意しておいた。 どれか一つでも上手く嵌まれば充分な効果が見込める――筈だったのだが……。
一番、効果的かつ手っ取り早いのは聖剣使いの懐柔だ。 奪うよりは扱える者をそのまま連れて行けばいい。 説得した所で応じる訳がないので、何かを引き合いに出すのは合理的とも言えるかもしれない。
――結果は伴わなかったが。
実際、クリステラを揺さぶるという点だけで考えるのならモンセラートの治療は効果的と言えただろう。
もっとも結果は決裂と言う形に終わったので、狙った効果が出たとは言えなかった。
焦りにより最も手早く安易な道を選んだ結果でもあったが、それでも手は尽きた訳ではない。
連れて来た人員による情報操作。 生き残った聖騎士達と合流して戦力確保。
それを背景にした交渉。 どちらかといえばこちらが本命とも言える。
ただ、交渉と言う形を取る以上、総取りとは行かないだろう。
聖剣エロヒム・ツァバオト、エロヒム・ギボール、アドナイ・ツァバオト、エル・ザドキ。
魔剣サーマ・アドラメレク、ガシェ・アスタロト、ザラク・バアル。
アイオーン教団の関与が濃厚な物だけでも七本。 存在が確認できているのが四本。
残り三本に関しては所在を吐かせる所から始めねばならない。 エイジャスの見立てでは残りは担い手の選定や管理上の問題でどこかに隠していると睨んでいるのでどうにか所在さえ掴めれば盗むという選択肢が取れる。
――全ては無理だったとしても情報を持ちかえれば、多少の恩情は与えられるだろう。
そう考えてエイジャスは何とか折れそうな気持ちを奮い立たせる。
失敗に終わったが、クリステラへの対処は生きている筈だ。 モンセラートの治療法に関しては楔のようにその心に突き刺さっている。
時間があれば残した通信魔石に連絡を入れて来るはずなので、諦めるのはまだ早い。
その間に別の手を打つのが合理的な判断だろう。 エイジャスは焦ってはいたがまだ冷静だった。
制限時間、敵の脅威度、達成条件の困難と様々な要因が彼の精神を苛むが、勝算は低いが不可能と言う事はない。
危機ではあるが転じればこの状況は好機となる。 複数の聖剣を持ちかえる事に成功すれば、出世は間違いない。 今でこそ審問官だが、行く行くは枢機卿への道も開けるかもしれない。
幸か不幸か席は大量に空いているのだ。 後釜に納まる事は可能だろう。
枢機卿は聖職者の中でもかなりの権限を与えられる存在。
切り捨てる側となれるので、こんな精神的に疲弊するような立ち位置にはならないだろう。
――意地でもこの仕事を完遂し、本国へと凱旋するのだ。
エイジャスはそう意気込んで行動を開始したのだが、早々に頭抱える事となった。
その理由は練った策が悉く失敗に終わった事だ。
まずは王都へアイオーン教団に関する噂を流す手を実行。 幸いにもグノーシス時代の負の遺産とも呼べる物が多く、この手の攻撃は非常に有効だった。
――が。
噂を流そうと人員を送り込んだのだが、何故か行った端から行方不明になるのだ。
連絡を密にと念を押したのだが、行動を起こそうとした瞬間にぷっつりと連絡が途絶える。
王都だけでなく、念を入れて他の街にもと送り込んだが悉く失敗。 五人送り込んで全員帰ってこなかった時点で噂を流すのは諦めた。
本来なら揺さぶりをかけてエルマンや聖女への交渉材料とするつもりだったのだが、どうやって消されたのかがさっぱり分からない。
単純に考えるなら自分達はアイオーン教団に捕捉されており、動いた瞬間を見計らって処理されたと言った所だろう。
それにしては不自然だ。 仮に捕捉されているとしたら何故、こんな回りくどい真似をする?
逆の立場――エルマンの性格なら間違いなく、自分達の隠れ家に戦力を送り込んで早々処理を図るだろう。
何故それをやらない? 考えるならどこかで網を張っており、それに引っかかったと言う事だろうが……。 対応の速さもそうだが、不自然な点が目立つ。
疑問は多いが動きを止める訳にはいかないとエイジャスは次の手を打った。
エイジャスは自由になる人材は全て連れては来たのだが、アープアーバンを越える際にそれなりの数が脱落しており、動かせる人数が少なかったのだ。
それを補うべく、国境付近に駐留している聖騎士に声をかけた。 反応は芳しくなかったが、本国の命令と前面に押し出せば頷く者もそれなりに多く、ちょっとした戦力としては当てにできそうではあった。
後は時期を見計らって要所で事を起こせば強力な交渉材料になる筈だったのだが――
――何故か誰とも連絡が取れなくなった。
話した感触からそれなりに信用できそうな者達に通信魔石をばら撒いておいたのだが、誰一人として応答しなくなったのだ。
確認しようにも割ける人員が居ない上、危険すぎて送り込むという選択肢を取る事自体が難しい。
正直、何が起こっているかがさっぱり分からない。
時期を考えるなら自分達の動きを潰されている事と無関係とは思っていないので、警戒はしているが具体的に何が起こったのかが不明な以上、身動きが取り辛いのだ。
最も重要なのは聖騎士達に何が起こったのかという点だが、エイジャスの考えでは何らかの手段で協力者を洗い出して魔石を取り上げたのだろう事は予想できた。
だが、こちらにも対応に不可解な点が多い。 洗い出せるのなら泳がせておいてこちらの情報を取ろうと動かないのは不自然だ。
連絡が取れないと知れば自分達が警戒するのは目に見えている。
その危険を冒してでも脅威の芽を摘んだ? いや、そう考えても対応はおかしい。
上手く行かない事もそうだが、対応の不自然さでエイジャスは更なる混乱に陥る。
――何が起こっているのかさっぱり分からない。
最終的にはこの結論に至ってしまう。
敵の意図が全く読めないのでどう動いて良いのかが分からないのだ。
「……どうすれば良いんだ……」
エイジャスは思わずそう呟いて頭を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます