第921話 「影名」

 「……それは本当なのか?」


 俺はたった今聞いた話に関して筥崎へ確認を取る。

 返答は無言の肯定。 残り二つの質問に関しては割と関連度が高いが、俺にとってはあまり興味がなかった事なので最後にしたのだが……。


 ……一番中身のある内容だったな。


 特に片方に関しては核心とも言える情報が入っていたので、それを聞けただけでここに来た価値があったと言えるだろう。

 ただ、裏取りは必要なので今は参考程度に留めておくべきか。

 仮に本当だった場合は様々な事が腑に落ちる。


 ……本当にそんな物があれば連中がやたらと聖剣を欲しがる理由にも説明が付くからな。


 ついでに聖剣でなければならない理由もな。

 残りに関しては他と同様にはっきりしなかったが、取っ掛かりに関してはエゼルベルトの話で得ているのでグノーシスの連中から吐かせればいい。

  

 「結局、滅びを齎すとしか分からんのか?」

 

 ――はい、それが完全な形でこちらに現れる事は世界の滅びを意味します。


 俺が知りたいのはそれ以上の事なんだがな。 報告にあった「虚無の尖兵アイン」と呼称される存在。 俺も出くわしたが、あの程度で世界を滅ぼせるのかと聞かれれば疑問符が付く。

 全盛の英雄を仕留めたというのも信じられん。 あの連中が負ける程の何かがあると考えるのが普通だろう。


 数、能力、特性など些細な情報でもいいんだが、可能なら英雄を仕留めた要因が分かれば助かるのだが……。


 「何でも良いのだが、分からんか?」


 これに関しては少しでも情報が欲しかったので、質問を重ねる。


 ――……一つだけ。 分かる事がある。


 無理かとも思っていたが、意外な事に返答があった。


 「それは?」


 ――彼等は意思なき影。 滅びを齎す機構。


 筥崎は淡々と知っている事を述べ――


 ――その名は「世界ノ影タウミエル


 それを口にした。





 ……思っていた物とは違ったが収穫はあったか。


 筥崎との用事を済ませた俺はサベージに跨って早々にアープアーバンを離れる。

 

 途中、やる事もなかったのでファティマに連絡を取る。 応答は即座。

 取りあえずだが、筥崎から聞いた話を伝えて意見を聞くとしよう。

 正直、俺自身に関しては割とどうでも良かったが、聖剣魔剣、辺獄の話や滅びについてなどの情報を一通り聞いたファティマは沈黙。


 ――……大変興味深い話ではありますね。 特にロートフェルト様が仰るような代物が本当にあるのなら、この先の戦いに勝機が見出せ、万が一の状況に対しての備えにもなりますが……。


 ――どう思う?


 ――……聖剣魔剣、辺獄、生命の樹。 この世界の成り立ちに強くかかわる要素ではありますが、私には余り実感が湧きません。 ――関心が薄いと言い替えてもいいのかもしれません。


 要するにあまりピンとこないと。 分からなくはない。

 いきなり世界の成り立ちがどうのと言われてもなるほどとは行かんだろうな。

 

 ――私は基本的に目に見える物で物事を判断し、動かします。 その為、世界の滅びに関しても戯言と切り捨てる事は致しませんが、やや懐疑的というのが本音です。 結局の所、私はそう言った目線でしか物を見れないのかもしれませんね。 ですので、そちらに関してはロートフェルト様にご満足頂ける意見をお出しする事は難しいと言わざるを得ません。


 もっともな話だ。 筥崎の話は抽象的な表現が多分に含まれているので、それに対して何か意見を言えと言われても難しいだろう。   

 

 ――ですがそれ以外に関しては状況と併せればかなり信憑性が高いと言えるでしょう。 問題は本当にそれがあるのかという事と、それがどこにあるのかといった事になりますが……。


 ――間違いなくクロノカイロスの中枢のどこかだろうな。


 ――はい、私が保有する立場であるなら絶対に外に漏らすような真似はさせません。


 実在するとしたらグノーシスの切り札にして最重要機密だろう。 

 確かに面白い代物ではあると思うが、そこまでの興味はないな。 ただ、クロノカイロスを攻める理由の一つにはなるだろう。


 ――そう言えばクロノカイロスの方はどうだ?


 ――現在調査中ですが、余り順調とは言い難いですね。 ディープ・ワンを用いて近海までは接近できましたが、ポジドミット大陸での戦いは観測されていたようで海の警戒はかなり厳しくなっております。 下手に存在を主張して警戒させるのは危険ですので気付かれないよう水面下で事を進めております。 その為、もうしばらくのお時間を――


 ――それは理解している。 どちらにせよ、研究所での作業が残っているので俺としても時間が欲しいと思っている所だ。 聞きたいのは何が分かっているかなんだが?


 ――……失礼いたしました。 現在、夜間にソッピースを筆頭に飛行可能な改造種を放ち、上空からクロノカイロスの様子を観察させて地形の把握を行っています。 結果は近日中に出る事と思われますので大雑把な地形のデータは提出できるかと。


 上陸などはその後か。 どちらにせよ、もう少し時間がかかるな。

 手こずるようなら近い内に時間を見つけて一度向こうに行くとしよう。

 

 ――ではグノーシスの動きは?


 明らかにグリゴリと裏で繋がっていた以上、全滅が伝わるのは間違いないだろう。

 そうなれば何らかの行動を起こすはずだが……。

 

 ――既にウルスラグナに手勢を送り込んでいるようです。 審問官の存在が確認されており、失敗したようですが、聖堂騎士クリステラを取り込もうとする動きも見られました。


 審問官。 確かグノーシスの抱える汚れ仕事専門の部署だったな。

 正面からでは聖剣を奪えないと踏んで盗むか脅す方針に切り替えたのか。

 聖女に至っては聖剣二本持ちらしいからな。 一本でも厄介だったのはブロスダンとの戦いで理解している。


 アドナイ・ツァバオト相手に半端な戦力をぶつけた所で返り討ちに遭うのが目に見えているからな。

 それにしてもあの電波女を懐柔? できる物なのか?

 以前に遭遇した時の感想だけで言うのなら、一度裏切った以上はもうグノーシスに尻尾を振るような真似はしないだろう。 サブリナの記憶を見る限りでもその予想は外れていないと見ていい。


 ……電波を受信しなくなったあの女をどうやって手懐けようとしたんだ?

 

 ――なんでも飼っている枢機卿の少女の治療と引き換えに恭順を迫ったようです。


 ――あぁ、そう言えばグノーシスを裏切ってアイオーンに参加した子供枢機卿が居たって話だな。


 心底、どうでも良かったのでそこまで気にしていなかった。

 

 ――というか治療? アイオーンなら元々あったグノーシスの設備をそのまま使えるんだから生きてさえいれば大抵は何とかなるんじゃないのか?


 ――……話を聞いた限りですが、恐らく権能の行使による魂の摩耗が原因かと……。


 なるほど。 それならどうにもならんな。

 魔力を外部から供給して循環させれば症状を遅らせられるが、一定を越えると回復は見込めない。 聞いた限りでは間違いなくその内に死ぬだろうな。 どうせなら死ぬ前に記憶を吸い出したいが無理だろうか?


 ――今のところはその審問官とやらがアイオーンを切り崩そうと動いているだけか?


 ――そうですね。 後は国境付近にいるグノーシスの生き残りに接触したぐらいですか……。


 何だそれはと思ったが、そう言えば例のバラルフラーム戦で生き残った連中が居たという話だったな。

 

 ――そいつらには何か価値があるのか?


 ――特にありませんが――あっ、お待ちください! それは――


 俺の質問の意図が分からなかったのか若干、首を傾げるような気配がしたが何かに気付いたように咄嗟に声を上げるが無視。


 ――ならちょうどいいな。 近くにいるし片付けてから戻る。


 そう言って俺は返事を待たずに<交信>を切った。

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