第912話 「討伐」

 熊に似た魔物――ウルシダエの手足が次々と宙に舞い、その巨体が地に沈む。

 

 「うわ……北間さん、これって俺らの居る意味あるんスか?」


 思わずカナブンに似た姿をした転生者――竹信たけのぶ 佳宏よしひろはそう呟いた。

 

 「……あー、どうなんだろうな……」


 それを聞いて北間は遠い目をして空を見上げる。

 現在、彼等が居る場所は王都から少し離れた位置――やや大きめの村落に魔物が出たので被害が出る前に討伐という事になったのだが――


 普段は王国騎士団とアイオーン教団で交代制でこういった仕事をこなしており、治安維持の一環で行っている警備業務に近い。

 今回はアイオーン教団の当番だったので魔物の討伐に向かい、いい機会と異邦人の竹信と道橋どうばしの二人は実地研修の一環で同行。 北間は引率だ。


 大した事のない小物なら慣れさせる意味でも仕留めさせようと北間は考えていたが、目の前に広がる地獄絵図の前には絶句するしかなかった。

 その原因は暴れまわっているクリステラだ。 聖剣を一振りすれば頑丈そうな外皮を持った魔物が野菜か何かのように手応えなく切断されて行く。


 聖剣は熱を帯びているのか赤い刃が輝き、斬られた魔物の断面は焼けているのか血の一滴も出ない。

 

 「うわ、何なんだあの女……ひぇ、殴っただけで熊の顔面が陥没したぞ」


 道橋はクリステラの情け容赦のない戦い方に腰が引けていた。

 一応、北間は事前に研修の話は振っていたのだが、善処しますとだけ返され蓋を開ければこの有様だ。


 「……あぁ、こりゃぁダメだな」


 途中の反応もおかしかった上、明らかに焦っている事が見て取れたからだ。

 本来なら話が違うと文句を言いたい所ではあるが、さっさと片づけて王都に戻りたいといったクリステラの事情は北間も察してはいるので強くは言えなかった。


 モンセラートという彼女と仲良くしている少女が倒れたというのは北間の耳にも入っており、楽しそうに一緒にいる場面を何度も見ているので、余計な事は言わずに黙って好きにさせる事にしたのだ。

 北間達の視線の先ではクリステラが無表情で黙々と魔物を斬り刻んでいる光景は彼女の美貌と相まって、非常に恐ろしい光景として映ったようで道橋と竹信は恐怖に震えている。


 「……まぁいいか」


 北間はそう呟く。 可能であれば戦闘経験を積ませたかったが、無理なら無理で構わない。

 これに関しては葛西とも話し合っており、戦いの空気だけでも感じさせればいいと考えていたからだ。

 最初は雰囲気だけでも掴めれば収穫だろう。 そう考えながら目の前で暴れまわるクリステラからそっと目を逸らした。




 「何なんスかあの人? イカサマみてーな強さでしたけど、あれが聖剣って奴の能力なんスか?」

 「チートじゃないですかあれ。 デカい熊の魔物が豆腐か何かみたいにスパスパ切れてましたよ」


 本来なら数日かける予定だったが、クリステラがその日の内に出て来た魔物を根絶やしにしたので早々にやる事がなくなり北間達は手持無沙汰となってしまった。

 終わったからはい、帰りますと言う訳にもいかないので同伴している聖騎士達が周囲の探索を行い、魔物の駆除が完了したと確認でき次第に帰還となる。


 流石にこれはその日の内に完了とは行かないので、野営を行う事となった。

 その為、北間達も野宿と言う事になる。 現在は日も暮れてあちこちで焚火を焚いており、彼等もパチパチと集めた枝を燃やした火を囲んで話し込んでいた。


 「いや、訓練で相手して貰った事あるけど、ボコボコにされたな。 多分、ありゃ聖剣なしでも加々良さんより強いぞ」


 話題になっているのは初見の竹信と道橋が絶句するレベルで派手に暴れたクリステラの事だ。

 二人は彼女の強さを聖剣由来による物と思いたかったようだが、北間はあっさりと否定。

 恐らく聖剣がなかったとしても、技量が違いすぎるので話にならないだろう。


 「マジかよ……」


 竹信は呆然と呟いていたが、北間は肩を竦める。


 「あの人は聖堂騎士の中でもぶっちぎりで強いからな。 あんまり比べるもんじゃねぇよ。 それはそうとして二人とも今回は初の遠征だがどうよ? 感想とかないか?」

 

 北間がそう言うと二人は顔を見合わせる。


 「いや、アレ見た後でやっていけますとか自信もって言えねぇっスわ。 いや、本当に飛び出さなくて正解だったわ。 外の世界ヤバすぎてビビってるっスね」

 「ボクも同意見ですね。 正直、外の世界を甘く見過ぎてましたよ……。 本音を言うと部屋に逃げ込みたいぐらいですね」

 「俺だってそうしたいが、尚更そうもいかないって事は分かっただろ? 外はお前等が思っている以上にヤベぇんだよ。 何でもかんでも他人を当てにするのは馬鹿のやる事だ。 つまりは俺達は自分の身を守る為にも力を付けとく必要があるっていうのは分かっただろ?」


 北間がそう言うと二人は納得したのか頷く。

 危機感を植え付けると言う意味でも今回の遠征には意義があったと思い、脳裏で葛西への報告を纏めつつ北間は別の話題を振って彼等を安心させる。


 これは葛西から学んだ事で重たい話題の後は比較的軽めの話題を振って緊張を解すのがいいらしい。

 大事なのは緩急というのは葛西の言だ。 それに救われた身なので北間は意識して参考にしている。

 内容は日常でこういう事があったとかの些細な事ほど良い。


 飯が美味かったとか文字を覚える時にこの辺が苦労したとかの話が割と盛り上がった。


 「そう言えば葛西さんって昼間はどこかに消えてるんですけど、何処に行ってるんっスか?」

 「あぁ、俺も詳しくは知らねーけど、何か行きつけの店があるとかでそこで飯食ってるんだとよ」


 ――まぁ、いつまでも執務室に籠っていれば気も滅入るか。


 北間は葛西の行動をそう解釈しているので、彼にとって心のオアシス的な物なのかもしれないと思っている。 そんな場所に土足で踏み込む様な野暮はしないでおこうとあまり深くは話さない。

 話題を変えていると視界の端にさっき話題に上がった人物が横切る。 クリステラだ。


 北間の目から見てもとんでもない美人ではある。 だが、見ている分には良いがお近づきにはなりたくない――それが彼がクリステラに抱く印象だった。

 その表情は険しい。 モンセラートの件を知っている身としては、その内心が察せられて何とも言えない気持ちになる。


 三波の死を目の当たりにした北間からすれば、この世界では別れは唐突に訪れると痛感していた。

 その為、触れ合える時間は大事にした方がいいと心底から思っており、クリステラを見る視線には同情に近い、労わるような色がある。


 モンセラートの治療に関しても余り上手く行っていないと言う事も状況から、最悪の事態も想定しなければならないと言う事もまた察していた。

 

 ――この世界は本当にあっさりと人が死ぬ。


 だから、身近にいる者達との時間だけは大切にしよう。

 北間は心の底からそう思った。 

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