第910話 「症状」
「単なる怪我や病気ならどうにでもなる。 実際、モンセラートは肉体的にはまったくの問題がない」
数えるのも馬鹿らしくなる程、診察と治療を繰り返して来たのだ。
そう結論付けるしかない健康状態だ。
――にもかかわらずモンセラートは衰弱し続けている。
「ほう、ならば原因はなんだ?」
「肉体的には問題はない。 つまり問題があるのは肉体以外だ」
「肉体以外?」
聞き返すルチャーノに俺は頷きで応える。
「……あぁ、文献も漁って色々と調べたところ、原因らしき物への当たりはつけた」
幸いにも王都の図書館の蔵書量は国内でも最高峰だ。 関連書籍は探せばそれなりにだが出て来た。
……成果は芳しくなかったがな。
「だったら治療の目途も立つんじゃないのか?」
「……だったらよかったんだが、そうもいかないんだよ。 モンセラートの症状の原因は権能の乱用による
業――調べた範囲の話ではあるが、それは魔力の発生源であり、人間の命の根幹とも言える代物らしい。
目には見えないが魔法発動に重要な器官との事だ。 そう言った物が存在するという話は以前から知っていた。 正直、見えないという事もあって今まではあまり興味がなかったが、この機会に本腰を入れて調べてはみたのだが……。
「状況、症状を見れば概ね合致するんだが、治療法に関してはさっぱり分からん。 そもそも、業の摩耗による衰弱は権能に限った話ではなく、過度の魔法乱用でも発生するらしい。 特に魔法道具などで身の丈に合わん規模の力を使い続けると次第にそうなって行くんだとさ」
「権能とやらには明るくないが、今までの話を総合すると身の丈に合わん魔法行使に含まれると言った所か」
「……本来なら歳を食った魔法使いが長い時間をかけてそうなる筈なんだがな。 普通じゃあんな年若い娘に出る症状じゃない」
そう言って自己嫌悪と八つ当たりに近い感情が渦を巻く。
モンセラートの話によれば司教枢機卿は定期的に入れ替わっていると聞いている。
つまりグノーシスは日常的に子供を使い潰していると言う訳だ。 俺も似たような事をやっている以上、非難する資格はないが気分は悪い。
「段階としては心身の衰弱、軽度なら行動に支障はないが、症状が重くなっていくにつれて動けなくなっていくそうだ。 モンセラートに出ている症状がこの段階だな」
「ふむ、その症状が進むとどうなる?」
「このまま行くと意識の混濁に始まり、記憶の欠損、自我の崩壊って手順を踏んでそのまま死ぬそうだ」
ただ、そこまで生きていればって但し書きは付くがな。
そこまで症状が進むと意識の混濁と記憶の欠損の辺りで自分が誰かが曖昧になり、発狂して暴れ出す例が多いらしい。
「問題は魔力の消耗と言う事なら魔石なりなんなりで回復はできんのか?」
「単純な魔法行使の消耗ならそれで問題はないんだが、これに関してはそうもいかないらしい」
「と言うと?」
業は魔力の発生源。 例えるなら業が源泉、魔力がそこから流れている川のような物で、川の水は消耗した所で源泉から後で湧くので問題はないが、源泉が駄目になればそもそも水が流れなくなるので最終的には機能不全を起こすと言う訳だ。
この症状は流れる以上の水――魔力を使用して源泉から無理に引っ張った結果、負担がかかると言った事になる。 権能の場合はかかる負担が桁外れになるようだ。
……そうでもなければモンセラートの症状に説明が付かない。
「……なるほど。 随分と困った事になっているようだな。 治療法には心当たりが全くないのか?」
「調べはした。 それで症状を遅らせる事だけならどうにかなりそうだが、ある程度進むと自力での回復は見込めないらしく、徐々に悪化していく。 そうなると延命が精一杯だ」
そしてモンセラートは自力で回復できる段階をとっくに越えている。
「症状自体は魔力が循環しなくなる事らしい。 その辺は本人も知っていたので、魔石などで定期的に魔力の供給を行えば緩和はされる。 クリステラや聖女が聖剣を使って魔力を注ぎ込んでいるので、今のところは安定しているが、根本的な治療にならない以上、恐らくだが時間の問題だろう」
そこまで話して俺は小さく溜息を吐いた。
これに関しては調べてはいるが望みが薄そうだ。 調べるよりは専門知識に精通した奴を探す方が近道かもしれん。 一応、探させてはいるが……。
「そうか。 こちらとしてもアイオーン教団には戦力を維持して欲しい所なので、何か見つければお前に知らせるとしよう」
「……あぁ、頼む」
モンセラートの話題が尽きた所でお互いに沈黙となったが、ルチャーノが話題を変えて来た。
「……話題を変えるか。 まぁ、これはお前の耳に入れるつもりではあったが……」
「何かあったのか?」
ルチャーノは小さく鼻を鳴らす。
「もしかしたら知っているかもしれんが、お前が追いやったグノーシスの生き残りの動向は把握できているか?」
意外な話題だったので一瞬、眉を顰める。
ルチャーノが言っているグノーシスの生き残りというのは以前に辺獄の領域バラルフラーム攻略の際に共同戦線を張ったマーベリックという枢機卿が連れて来た連中の残りだ。
流石に外部の人間なので王都には置いておけないという事で、南部での復興や治安維持の仕事に従事させていた。 もし迎えが来ればそのまま帰っていいという事も伝えてあるので、比較的ではあるが良好な関係を築けていると思っていたが……。
「連中がどうかしたのか?」
「どうもアープアーバンを越えて連中に接触している者がいるようだ」
「……何?」
あっちには人員を配置しており、報告も定期的にだが上げさせている。
特に目立った問題は報告されていない筈だが……。
「上手に誤魔化してはいるようだが、こちらの網には引っかかったようだ。 人目を忍ぶように目立たん格好をした者達がコソコソとしていたようだな」
「おいおい、洒落になってない話だぞ。 それが本当ならもう入り込まれてるって事じゃねぇか」
「恐らくな。 どう考えてもグノーシスの者達だろうが、堂々と入って来ない所を見ると人に見られたくない事をやっているか、これからやるのかのどちらかといった所だろう」
……マジかよ。
完全に初耳だった。 クソッ、後で調べさせないと不味い。 背中に嫌な汗をかきながら思考を回す。
どう考えてもお忍びで来たとかの可愛らしい理由じゃないだろう。
連中がやりそうなことは瞬時に浮かび上がる。
「聖剣か」
もうそれしかないだろう。
「……だろうな。 知っているかは知らんがここには三本も集まっている。 来ない訳がない。 大方、正面から行っても素直に寄越さんと踏んで盗もうとでも考えているんじゃないか?」
ルチャーノも同意見のようで頷く。
「まぁ、来るにしても今日明日の話ではないだろう。 詳細は後日纏めて書類でそちらに送らせよう」
「すまねぇな。 助かるぜ」
ルチャーノは気にするなと苦笑。 話が終わった後、狙い澄ましたかのように料理の用意が出来たとの事だったのでこの日の固い話は終わりとなり楽しい食事の時間となった。
出て来たのは最近仕入れ始めた魚料理で、どれも非常に美味く充実した時間ではあった……。
……この後の事にさえ目を瞑ればだが。
考えて泣きそうになったが努めて気にしないようにした。 そうでもなければやってられないからな。
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