第909話 「心友」
「個人的にも友人であるお前に詰問をするような真似はしたくないのだが、今回ばかりは見ていた者が多すぎる。 私としてもうるさい連中に説明をしなければならんのでな」
場所は変わっていつもの料亭。 料理が来るのを待っている間にルチャーノを納得させる時間となる。
ちなみに聖女とクリステラの話が終わってそこまで時間が経っていない。
要は話が済んだその足でこっちに来たのだ。
……何故、俺は短時間に同じ話をあちこちでしなければならないんだ?
当然ながらルチャーノはあの二人のようにはいかないだろう。
どう納得させればいいのだろうかと頭を悩ませる。
ルチャーノはしばらくこっちをじっと見ていたが、ややあって小さく溜息を吐く。
「……まぁ、言える物ならとっくに言っているか。 知っているとは思うが、この部屋は盗聴などの対策は完備している。 つまりはここでの会話はこの場にいる我々だけの記憶にしか残らない」
それでも言えないか?とルチャーノは付け加えるが、俺は無言で首を振る。
「悪いな」
「では言えない理由は?」
既視感すら感じる返しにも俺は首を振るしかできなかった。
ルチャーノは腕を組んで困ったなと息を吐く。
「……察するに危険な相手と取引をしたと言った所か。 問題はその相手だが――」
探るような視線を向けつつ僅かに目を細める。
俺は何も言わない。 言える訳がない。
「グリゴリに対抗できそうな勢力と言えば、グノーシスかそれとも――ふっ。 これ以上の詮索は止めておこう。 予想通りならこちらとしても突かない方がいいかもしれんからな」
不意にルチャーノは苦笑して矛先を引っ込める。
「ここまで言っても喋らないと言う事は、迂闊に
薄々とだが察しているような気もするが、どうやら見逃してくれるようだ。
配慮されている事も分かるので、内心で感謝しながら苦笑で返す。
「一応、こっちでは分断後に別動隊が討伐と言う事になっている」
「明らかに分断した戦力と撃破が観測された戦力に偏りがある気もするが、最後の二体は辺獄で仕留めた事を考えれば向こうで始末したとでも言っておけばごまかしも利くか」
聖女達も他へは似たような経緯で撃破したと説明しているので、公式な発表は統一した方がいいだろう。
「撃破の経緯などはそれでいいとして後は聖剣や魔剣の所在だな。 例のグリゴリが保有していたのは聖剣と魔剣が二本ずつ。 魔剣に関しては知っている者は私を含めても極一部なので問題はないが、聖剣に関しては残りの一本の所在はどう説明する――というか、実際はどうなったんだ? それも言えない事情に含まれるのか?」
「……いや、そちらに関してはどうなったか本当に
知りたくもないが。
どう考えてもオラトリアムの連中がアリョーナを殺して手元に置いていると見ていいが、俺は何も知らない、何も聞いていない。 ついでに関係もないと言い張りたい。
ルチャーノはそうかと肩を竦めると納得したのかそれ以上は追及してこなかった。
「ふむ、まぁ、それならそれで構わんか。 撃破は成ったがどこぞに飛んで行ったとでも言っておけばいい」
「すまんな。 本来なら――」
何の意味もない謝罪をしようとした俺をルチャーノは手で制する。
「それは不要だ。 私としてはお前が苦しい立場と言う事も理解している以上、酷な事はなるべくしたくはない。 正直、友人としても付き合いやすいと思っている上、こうして情報の交換もできる。 これが聖女や聖堂騎士クリステラだった場合はそうはいかんだろう」
その点に関しては俺も同意見だ。 ルチャーノが居たからこそ王国側とここまで円滑な関係を築けたと思っているし、俺自身もこいつは数少ない苦労を分かち合える友人だとも思っている。
「もうはっきり言ってしまうと、聖女や聖堂騎士クリステラは象徴としては手頃だと思うが組織運営には向いていないだろう。 目立つ看板としてはご立派だが、あの二人は潔癖すぎる。 そういう意味でも私としては付き合い辛いのでな。 個人的にお前にはいつまでも――具体的には私が引退するまで今の地位に居て欲しいと心から願っている」
ルチャーノは苦笑したまま「何かとやりやすいからな」と付け加え、俺の肩にポンと手を置く。
「私の面倒事を減らす意味でも頑張ってくれ、エルマン聖堂騎士」
「あぁ、そっちこそな! ルチャーノ王国宰相殿」
今の俺にはルチャーノの優しさが染みる。 さっきまで聖女やクリステラに尋問紛いの詰問をされたばかりだったので、こいつの気遣いが本当に嬉しかった。
同時にあの二人への不満が僅かに顔を出す。 表に出す事は絶対にしないが、あの二人はもう少し俺を労わってくれてもいいんじゃないか?
ファティマとかいう会話するだけで胃に穴が開きそうになる女との綱渡りのような折衝をさせられ、クリステラが面倒事を起こせば後始末を行い、聖女が独断で何かを始めれば穴埋めを行う日々。
……俺は一体何なんだろうか?
女どもにこき使われる奴隷か何かか? いや、これは奴隷の方がマシなのかもしれない。
何故なら奴隷は余計な事を考えずに主人の顔色を窺うだけでいいのだから、俺のように周囲全ての顔色を窺い、組織の舵取りまでしなければならないのだから間違いなく奴隷の方がマシだろう。
本当に何もかもを放り出して逃げてしまいたいと思ってしまうが、俺の良心がそれを許さない。
それは矜持と言い替えても良い物かもしれない。 ただの冒険者だった聖女を巻き込んだ以上、俺が途中で降りる事は許されないし、降りる事を自身に許せない。
内心で溜息を吐く。 今は余計な事は考えずにルチャーノとの食事を楽しもう。
面倒な話は一段落だ。 後は美味い食事と酒で一晩だけでも全てを忘れたい。
「あぁ、そういえば」
そう考えていたが、ルチャーノが不意に何かを思い出したかのように話題を変えて来た。
「例の元枢機卿の娘。 確かモンセラートと言ったか? 彼女の具合はどうなんだ?」
意外な話題に少し驚いたが、これに関しては隠すような事でもないので素直に吐き出す。
「かなり悪い。 恐らくはそう長くないだろう」
「……原因は? 教団の治療設備があれば大抵の怪我や病気はどうにでもなる筈だが?」
ただの怪我や病気ならどうにでもなったが、モンセラートに関してはそうもいかないからだ。
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