第908話 「詰問」

 これは俺――エルマンにとって人生で最大級の危機なのかもしれない。

 場所は城塞聖堂の一室。 テーブルを挟んで向かいには聖女とクリステラ。

 グリゴリとの戦後処理も一通り片が付き、落ち着いて来た所で聖女とクリステラから呼び出された。


 用件は――まぁ、分かり切っているな。

 揃ってからしばらくの間、無言の時間が流れた。 本音を言うとどうやって切り出せばいいのやらと言葉を探っている最中だ。


 あの後、ファティマに事後報告を行いはしたが、その際にオラトリアムの事は漏らすなと釘を刺されているので迂闊な事は言えない。

 最後に言っていた「分かっていますが、あなたは何も知らない。 間違いありませんね?」 その寒々しい口調は思い出しただけで胃が痛みに捻じれる。


 この部屋は可能な限り防諜対策は施しているが、あの女がどんな得体の知れない手段で俺の動きを監視しているか不明な以上、迂闊な事は漏らせない。

 その為、何とかこの場を穏便に切り抜けなければならないのだ。


 ……何と言えばこの二人は納得するのだろうか?


 当然ながらこうなるのは目に見えていたので、何も準備してこなかったわけじゃない。

 詳細を話さずに時間稼ぎをしていたら敵が消え、残った連中を仕留めて勝利だと言った所で疑うなという方が無理な相談だろう。 逆の立場なら俺だって間違いなく疑う。


 「……エルマンさん。 正直、僕はこう言った尋問のような真似はしたくないのですが……」

 「今回は看過できる領域を越えています。 聖騎士達にも疑念を抱いている者も多い。 一体、グリゴリの天使達は何処へ消えたというのですか?」


 ……だよなぁ。


 「一先ずですが、僕達で作戦通り分断して撃破したと言う事で納得はして貰いましたが……」

 

 聖女とクリステラによる説明で表面上は納得できてはいるが、聖剣でも手に余るような連中を分断して仕留めたなんて話を信じる奴はそう多くないだろう。

 事実だけを並べるのなら撃破には成功しているのだが、問題はこの二人をどう納得させるかだ。


 オラトリアムに任せたら全部解決しましたと馬鹿正直にそんな頭の悪い回答を述べたところで信じて貰えない上、間違いなく遠くない未来、ファティマに八つ裂きにされるだろう。

 

 ……それにしても連中、グリゴリの天使をどうやって仕留めたんだ?


 聖剣使い二人に大型天使を最低でも四体以上撃破しているのは異常と言っていい。

 どんな戦力を用意したらあの化け物どもを返り討ちにできると言うんだ。

 そしてファティマの機嫌を損ねたら今度はこちらがグリゴリを撃破した連中と戦う羽目になる。


 仮にそうなれば聖女とクリステラは生き残るかもしれないが、他は間違いなく皆殺しにされる可能性が非常に高い。 少なくとも俺は何処へ逃げようとも確実に殺されるだろう。

 

 ……いや、殺されるだけならまだマシかもしれない。


 あの女は恐ろしすぎる。 下手をすれば死ぬより恐ろしい目に……。

 内心で首を振って余計な考えを振り払う。


 「エルマン聖堂騎士? 大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」

 

 クリステラがやや気遣うようにこちらを見ている。 俺は反射的にだったら何も聞かずに納得してくれないかと言いかけたがそうもいかないというのは理解しているので、出かけた言葉はぐっと呑み込む。

 ただ、クリステラの表情から自覚はないが、どうやら俺の顔色は相当悪いようだ。


 「いや、大丈夫だ。 ……何と言った物か……」


 俺は手を振って応えつつ、慎重に言葉を選んで返答する。

 

 「まずは消えたグリゴリの連中と聖剣使いに関してはもう心配ない。 特にあのブロスダンとか言う奴に関しては……」

 

 そういって俺は聖女の腰に納まっている聖剣を見やる。 そこにはエロヒム・ツァバオトともう一本のアドナイ・ツァバオトが存在を主張している。


 「はい、聖剣は使い手が生きて居る限り、それを守り助ける筈です。 それがここにあると言う事は彼は間違いなく生きていないでしょう」

 「うん。 僕もそう思う。 ただ、問題は彼が何故死んだかだよね?」

 「もっとはっきりと言うなら彼等は「何に」斃されたのか?でしょう」

 

 そんな事は俺が知りてぇよといいたいところだが、それに関しては本当に知らないので答えようがない。

 俺の目から見ても聖剣使い二人の戦闘能力は極めて高い。 技量こそお粗末だが、聖剣を持っている時点でそこらのガキでも聖堂騎士以上の脅威になるんだから聖剣って奴は反則としか言いようがない。

 

 「……悪いがそれに関しては俺にも分からん。 ただ、二人の聖剣使いを含めてグリゴリの連中はもう現れないと断言できる」

 「彼等を斃した相手に関しては?」


 クリステラの声は鋭い。 流石に聖剣使いやグリゴリの天使を簡単にどうにかできるような連中に関しては知っておきたいと言った所だろう。


 「すまんが言えん」


 核心に関してはもうこうとしか答えられない。


 「言えない理由は?」

 「……すまんがそれも言えん。 代償にグリゴリの連中に関しては片が付いたとだけは言い切れる」


 ファティマの反応から間違いなく連中の処理は完了したと見て間違いないだろう。

 少なくともグリゴリの脅威に関してはもう心配する必要はない。

 だが、目の前の二人がそれで納得するのかと聞かれると困るが、何とか呑み込んで貰うしかないのだ。


 聖女は兜を脱いでいるのでその真っ直ぐな視線が俺を射抜く。

 こいつの視線は真っ直ぐすぎる事もあって、あまり目を合わせたいと思えない。

 いや、真っ直ぐに見れないのかもしれない。 後ろめたいといった気持ちがあれば尚更だろう。


 俺は居心地が悪くなって思わず目を逸らす。 恐らく傍から見れば今の俺は怒られて口籠るガキと同じような情けない有様なのだろうなと自嘲気味にそう思った。

 二人には悪いが殺されても連中に関しては喋るつもりはない。 あの女は何をするか分からない以上、どこまで累が及ぶのかが全く読めないので、迂闊な真似は恐ろしくてできない。


 聖女は俺をじっと見つめていたが、ややあって困ったような表情で苦笑。


 「……分かりました。 ただ、これだけは教えてください。 もう大丈夫なんですね?」

 「あぁ、グリゴリに関しては何の問題もない」

 「……良いのですか? グリゴリを撃破できる程の――」

 「クリステラさん」


 聖女が小さく首を振るとクリステラは俺の方を見て小さく息を吐く。

 おいおい、何でこっちを見てそんな顔をするんだ? それとも俺はそんなに情けない有様なのだろうか?

 まぁ、状況だけで見るなら女二人に碌な説明をせずに「俺を信じろ」とその場を切り抜ける浮気性のクズ男のような言葉を並べているんだ。 間違いなく情けないだろうよ。


 ……何故か死にたくなってきた。


 なんて理不尽な現実なのだろうと泣きたくなってくる。

 会話しているだけで胃が痛くなる女と苦痛に耐えての折衝を行い、教団の舵取りも必死にやって来た。

 俺は教団の為にこんなにも頑張っているというのに、何故責められるような状況に陥っているのだろうか? さっぱり分からない。


 「エルマン聖堂騎士。 私達は貴方を信じても良いのですね?」

 「信じてくれとしか言えん。 だが、それに応えられるように全力を尽くしたいとは思っている」

 

 クリステラのやや詰問するような口調の問いに俺は頷きで応える。

 

 「……分かりました。 貴方を信じます」

 「すまん」


 こうして俺はこの場を切り抜けられはしたが、この後にはルチャーノとの食事が控えている。

 もう一度、同じ弁明をするのかと考えると胃が痛み、気分が一気に落ち込んだ。


 ……あぁ、逃げ出したい。

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