第907話 「話終」

 「問題?」

 

 聞き返すとエゼルベルトはその答えを口にする。


 「自我です」


 またそれか。 どうも魂とやらが絡むと自我の在り方に何かしらの欠陥が生じるのだろうか?

 少なくとも俺には問題がないようだが、他はそうもいかなかった?

 疑問は尽きないが、その辺の答えも出て来るのだろうから俺は素直に話の続きを待つ。


 「ケイオスは発生当初は最低限の意思疎通は行えましたが、しばらくすると徐々に歪んでいき、最後には理性のない怪物になり果ててしまいます。 過去の出現個体の末路を考えると間違いなく一人残らず発狂したので、正確な所は分かりませんでした。 ただ……」

 「ただ?」

 「いずれも一定以上の変異が進めば著しく理性が損なわれる事を考えると、肉体の巨大化と知識や記憶の集積による自我の希薄化が発生する物と考えられています」


 ……自我の希薄化。


 具体的には喰った記憶や知識に引っ張られて自分が誰か以前に何かも分からなくなるらしい。


 結果、周囲の物を手当たり次第に食い尽くす化け物と化したと。

 だとしたら疑問が残る。 俺がまともで居られる理由だ。

 こいつの言う通り、ケイオスとやらの能力に関しては概ね俺にも該当する。 その為、カテゴリーとしては俺も同じ物なのだろう。


 なら他の連中と俺の違いは何だ? それとも俺も将来的にそうなるのだろうか?

 疑問をぶつけるとエゼルベルトは小さく首を振る。

 

 「僕の個人的な見解になりますが、ローさん。 あなたは自殺者とケイオス。 この二つの要因が重なった結果に出来上がった奇跡のような存在だと思っています。 恐らくですが、あなたの懸念は杞憂に終わるでしょう。 そもそもこれだけの期間、正気を保っている時点で暴走する事は考え難い。 ――だからこそ、グリゴリの天使達はあなたの肉体に執着したのだと僕は考えています」

 「……ふむ、なら俺は問題ないと?」


 念を押すと流石に少し自信がなくなったのかエゼルベルトは一応といった様子で質問を返す。


 「自覚症状の類はありませんか? 具体的には意識の焦点が合わなかったり、集積した知識に引っ張られて自分と別の誰かを混同し、自分が誰か分からなくなったりといった症状ですが……」

 「全くないな」

 

 即答する。 今の所、奪った記憶や知識と自分の意識との住み分けはしっかりと出来ているので、エゼルベルトの懸念は今のところは問題なさそうだ。

 自殺者とケイオス。 前者はあまり愉快ではなかったが、全体的に興味深い話ではあった。


 「そ、そうですか。 と、とにかく、僕からお伝えしておきたい事は以上となります。 何か質問などがあれば……」

 「……いや、今はいいな。 必要になればまた知恵を借りる事になるだろう」

 

 少し考えたが、聞きたい事は聞いたのでこれ以上はいいなと話を打ち切った。

 


 エゼルベルトとの話を終えて俺はそのまま研究所へ向かい、奴は工事の現場に戻ると言って別れた。

 その後、研究所の作業スペースでここ最近の日課となる作業ノルマをこなして、研究所から出てぶらぶらと歩く。 いつの間にか後ろからサベージが付いて来ていたが、特に構わずに意味もなく散歩を続ける。


 聞けた話は非常に有意義な物ではあったが、はっきりしなかった事もあるので他からも仕入れるべきだろう。

 

 ……思い立ったが吉日ともいうしな。


 忘れない内に行くとしよう。

 <交信>を使用。 相手はファティマだ。 


 ――ファティマ。


 ――!? ろ、ロートフェルト様!? どうかなさいましたか!? もしや遂に――

 

 珍しく連絡したのが驚いたのかやや声が上擦っていたが、構わずに用件を切り出す。


 ――アープアーバンへ行く。 向こうへ行ける転移魔石はあるか?


 ――……アープアーバンと言う事は国境付近ですね。 少々お待ちいただければご用意はできますが、どのようなご用件で……。


 ――筥崎に聞きたい事が出来た。 二、三日ほどで戻る。

 

 ――分かりました。 今はどちらに? 直ぐに届けさせますが……。


 ――いや、一度屋敷に戻る。 そこまで持って来させてくれ。


 言いながらサベージに跨り、屋敷へ向かえと指示を出す。


 ――あの……議事録の方には目を通している所なのですが、その後にエゼルベルトと何か話されたと報告を受けていて……その――


 サベージが軽快に駆け出した所で、ファティマが言い難そうに切り出してくる。

 あぁ、その事か。 面白い話ではないが特に隠す事でもないのでエゼルベルトから聞いた話をそのままファティマに聞かせる。 自殺を介して転生した者達の精神性とケイオスという魔物について。


 ――なるほど、あの男なりに配慮したという訳ですか。 これはあまり外に漏らせませんね。


 ――気になっていた事に答えは出たが、それだけだったな。


 ――肝心の辺獄に関してははっきりせず終いだったので、あの者の怪しい予言を頼ると?


 ファティマの言葉には多分に筥崎に対する不信が含まれていた。

 まぁ、正直な話、俺も奴の話を鵜呑みしている訳じゃないが、話を聞いてみたいと思った理由はエゼルベルトの話と符合する点が多いからだ。 それにより、奴の言葉の信憑性が増したので、辺獄――というよりは在りし日の英雄と世界の滅びについて何かが分かるかもしれない。


 エゼルベルトはグノーシスのトップに吐かせれば明らかになると言っていたが、グノーシスに仕掛ける事自体に異論はないが情報に関しては少し回りくどいと考えていたのでヒントだけでも奴から引き出せないかと考えていた。


 ――まぁ、そんな所だ。 それで? 目を通したと言う事はエゼルベルトの話は理解しているな。 どう思う?


 ――以前にも申し上げましたが、グノーシスを攻めると言う事には反対致しません。 ですが、かなり入念な準備と下調べが必要となります。 オフルマズドやグリゴリも大規模な勢力でしたが、クロノカイロスは大陸自体を拠点として利用しているだけあって、今までと同じとは行きません。 それにグノーシスは極端に戦力を出し渋る傾向があり、何かを隠している可能性が極めて高いので軽々に仕掛けるのは危険かと。


 どこに何があるのかもはっきりしていないといった有様なので、地理の把握から始めなければならないらしく時間が必要なのは理解している。 グノーシスを攻めるならとにかく待てとファティマはしつこく念を押す。 言われなくても分かっているんだがな。


 ……だからこそ、こうして大人しく戦力増強の為の作業をこなしながら時間を潰している訳だが……。


 ――ですがグノーシスが何らかの手段で携挙――世界の滅びを回避していると言った可能性は充分にあり得ます。 その為、エゼルベルトの話通り、クロノカイロスの王か教団の長を捕えれば間違いなく何か分かるでしょう。 ですが、誘拐などの手段で連れ出すのは非常に困難と言わざるを得ません。


 聞けばあの大陸は出入りがかなり制限されており、教団関係者でなければ上陸すらできない。

 強引にできなくもないが大陸丸ごと殲滅するのは流石に面倒だ。

 数十万、数百万規模の戦力と正面から戦うのは得策ではないというのは流石に理解できる。


 ……かと言って拉致は現実的ではないと。


 そもそも今の段階では捕らえる対象の顔すら分からんからな。

 今まで喰って来た教団関係者の記憶から多少の情報は抜けているが完全に網羅している訳ではない。

 あそこは本国というだけあって優秀な連中は次々と引き抜いて戻さないので、外にいる連中は基本的に現地の出身者や他所から流れて来た物が大多数を占める。


 本国から来た者も首都まで行った事がある奴がいないといった有様だった。

 要は行った事のある奴は基本的にもう帰ってこないので、知りようがないと。

 その為、本国の情報はどうにかして潜入して調べる必要があり、それには時間がかかる。


 俺もそれは理解しているのでうるさい事を言うつもりもない。

 それに首途の新しい玩具の調整もあるので、どちらにせよ身動きが取れない事もある。

 近々お披露目となるが、役には立ちそうだ。


 ――とにかく、グノーシスに関しては今は時間をください。 必ず勝算を――


 そんな事を言っているファティマの言葉を適当に聞きながら視線を前に向けるとそろそろ屋敷が見えて来そうだった。

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