第906話 「混沌」

 「自殺者の場合は転生時に何らかの不具合が発生すると考えられます。 その為、自我の統合が上手く行かず――というより、精神の根幹を成す何かが乖離するようですね。 その為、肉体に本来の意思が宿らず。 記憶はあっても自我がないといった状態になり、記憶と知識だけで精神活動を行うので、結果、自身の合理性に従った行動を取るといった無機質な人格が新たに完成すると――」


 ………………なるほど。


 そこまで言ってエゼルベルトの表情が強張る。 何だその反応は?

 恐ろしい物でも見たかのような恐怖の表情を浮かべて小さく頭を下げる。 


 「し、失礼しました。 もう少し言い方に配慮すべきでした」

 「? 言っている意味が分からん。 話を続けろ」

 

 そう言って先を促しながらエゼルベルトの話を脳裏で咀嚼する。

 奴の話の中で最も重要なワードは霊だ。 実在すればといった但し書きはつくが、裏を返せば実在すれば色々と腑に落ちるので戯言と切り捨てる事も出来ない。


 自殺すれば霊と魂の融合が上手く行かず何らかの形での乖離が起こる。

 要は人格が剥がれ落ちると言う事か。 剥がれ落ちた状態で活動するに当たって記憶と知識のみの空っぽの人格が生まれると。 


 ――あなたはあなただった者の否定から生まれた存在。


 不意に蘇るのは筥崎の言葉だ。 奴は言った。

 俺は俺だった者の否定から生まれた存在で、その否定によって分かたれたと。

 今ならその意味が分かる気がする。 いや、エゼルベルトの話と符合する点が多いので認めざるを得ない。


 もしかしたら違うのかもしれないが、それが事実だと色々と納得が行ってしまう。

 俺は自殺によって霊と魂の統合が上手く行かず、二重人格に近い状態となっていた。

 運よく主導権を握れた――いや、自殺という究極の自己否定により、自我が弱まっていたと考えるべきだろう。 それにより統合の際に人格が定着せず、記憶と知識だけはそのままの別人格が発生。


 ……それが俺か。


 なるほど、不感症にもなる訳だ。 感情や自我がそもそも記憶からの再現なので、パーソナルな部分は出来損ないもいい所だったのだ。 そんな有様でまともな感性など期待できる訳もない。

 エゼルベルトの話だと俺と同じ症状の奴は感情らしい反応こそ示すが、示すタイミングがおかしいので感性がまともに働いていないとの事。 それにはだろうなと納得する。


 何故なら本当に怒ったり、悲しんだりしている訳ではないからだ。

 怒った振り、悲しんだ振り。 薄っぺらなポーズだ。

 五感で感じる事柄にすらまともな反応を返せていない時点で、否定のしようがない。


 そしてアレが出て来た理由も何となくだが理解が出来る。

 統合に失敗したからと言って消滅した訳じゃないのだ。 俺の中に何らかの形で残留していたのだろう。

 口振りから俺を通して外界を認識しており、辺獄で活性化。 理由に関しては不明だが、もしかしたらあの土地の何かがアレを呼び起こしたのかもしれない。

 

 ……結果、分離して襲いかかって来たと。

 

 俺としては処分できた事は非常に喜ばしい事だったので、分離した事自体は良かったとは思っている。

 ただ、理解できたからと言ってもあまり愉快な話ではなかったな。

 ともあれ、俺の発生経緯に関しては理解できた。 タイミング的にも話は終わりだろうと言いたい所だったが、エゼルベルトの雰囲気からして話にはまだ続きがありそうだったので先を話せと促す。


 エゼルベルトは軽く咳払いをして頷いた後、次の話に入る。


 「もう一点。 あなたの身体の事です」

 「ほぅ、そっちは少し面白そうな話だな」


 少なくともアレ絡みでないならまだマシな気持ちで聞く事が出来そうだ。


 「こちらも先に核心からお尋ねします。 あなたの身体は生き物の死体に寄生した事によって成立していますね?」

 

 明らかにエゼルベルトは確信を持って言っているので俺は特に否定せず、そうだなと頷く。

 そんな事まで分かるとは大した物だな。 もしかしなくても前例があるのだろうか?

 俺がストレートにそう尋ねるとエゼルベルトは苦々しい表情で頷く。


 「……ありました。 非常に稀なケースでヒストリアの歴史の中でも確認できたのは数える程です。 それにあなたのように人間の身体ではなく魔物でしたが。 僕自身も直接見た訳ではありませんが、記録が残っていました。 当時の者達は当初、それを転生者とは考えておらず「混沌ケイオス」と呼称。 禍々しき魔物と捉えていました」

 「意思疎通はできなかったのか?」


 自分の経験に照らし合わせるともう少し狡猾に立ち回れるはずだが、姿を変えれば身を隠す事も容易なので呼称される程の脅威と認識されている事に若干の不自然さを感じる。

 エゼルベルトは小さく首を振る。


 「順を追って説明しますが、結論だけ先にいいますと不可能になりました。 無秩序に暴れまわり、無秩序に殺し、無秩序に喰らう。 当時の資料では生き物の形態を取った穴とまで言われていました」

 「過去形と言う事は始末出来たと言う事か」

 「はい、グノーシスの聖堂騎士どころか、貴重な常駐戦力である救世主セイヴァーまで動員して仕留めたとの事です。 何でも喰らう悪食な存在で、食えば食う程に巨大化。 最も巨大な個体は山をも越える巨体を誇ったとの事でした」


 肝心の処分方法だったが、具体的にはひたすらの遠距離攻撃で削り続け、再生能力の限界を迎えるまでの飽和攻撃で仕留めたとの事。

 

 「グノーシスにとってもケイオスは畏怖すべき存在ではありましたが、その正体までは知らなかったようです。 恐らくですが、転生者が関係していると知っているのはヒストリアだけのはず」

 「その理由は?」

 「過去にヒストリアはそのケイオスと遭遇し、撃破した過去があります」


 エゼルベルトの話は非常に興味深い物だった。

 そのケイオスとやらは最初は普通の転生者に近い形状だったようだ。

 意思疎通も可能で、変異した経緯こそ違うがそこまでの差違は見受けられなかったらしい。


 だが、徐々に様子がおかしくなっていったらしい。 食えば食う程にでかくなり、明らかに肉体の形状を制御できなくなっていき、生きている者は何でも捕食するようになったとか。

 結局、当時の連中は説得を試みたが、会話すら不可能となり、手が付けられなくなる前に処分。


 犠牲者こそ出たが被害は最小限に抑える事に成功したとの事。

 特徴としては喰らった生き物の特性や器官をコピーする事が挙げられるが、最も凄まじい点は生物の生体情報と集積情報――要は記憶を吸い出せる事にある。


 「それだけ聞けば完成された生命体と言えるでしょう。 無限に再生し、無限に成長する。 所謂、不死の妙薬を呑んだ存在と評する者もいましたよ」


 エゼルベルトはそう言うが口調には自嘲が混ざっている。


 「ですが、その完璧な生命にも決定的な問題がありました」

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