第902話 「要素」

 「これまた抽象的な質問が来たね」


 アスピザルの言葉に同感だったが、話を進める上で必要そうなので脳裏で記憶から知識を引っ張り出して考える。


 ――魂とは何か?


 そう聞かれると真っ先に浮かぶのは人間の記憶と知識の詰まった情報媒体といった結論が浮かぶ。

 後は生物の魔力源と言った所か?


 「僕も認識としては似たような物だね。 情報媒体って所はピンとこないけど、魔力源というのには同意見だ」

 「儂にはよう分からんな。 聞いた感じ、生き物の記憶やらが入ったハードディスクみたいな物か?」


 夜ノ森は答えが出なかったのかやや困惑。珍獣達も同様なのか口を挟まない。


 「その存在の本質だ。 形状を見ればそいつがどう言った生き物かが分かる」


 最後にヴェルテクスがぽつりと呟く。


 「……概ねその通りだと思われます。 僕達の認識でも魂は魔力の源泉と言った意味合いが強い」

 

 一通り聞いた後にエゼルベルトはそう言って話を切り出す。

 

 「知らなくても行使に問題はないので、あまり知られていませんが魂――様々な呼び方が存在しますが、この世界ではカルマという呼称が通りがいいですね。 以前から我々ヒストリアは魔力に関して知りたければ魂への理解を深める事が近道と考え、色々と調べてはいました」


 転生者の特徴は魔力量の多さ。

 なら魔力の源泉である魂を調べるというのはまぁ、分からなくはないな。


 「……正直、魂に関しては物理的に触れる事が出来ていないので、詳しい構造が未だに分かっていません」

 「その割には魂に干渉するような仕組みや技術は少ないけど出回ってるんだよね……」

 「恐らくですがグノーシス教団が何らかの形で技術を確保、秘匿しているものと考えていますが、順序的にその話は後にしましょう。 ――魂に関しては詳しくは不明ですが、観測する手段は存在します」

 

 エゼルベルトはちらりとヴェルテクスを一瞥。

 確か奴の魔眼はそう言った物を見通す能力があったな。 コピーを取ったので俺も使えるが。


 「少なくとも転生者とこの世界の人間とではその形状には大きな隔たりがあります。 恐らくその隔たりこそが皆さんがこの世界に招かれる理由でしょう」

 「要するに辺獄にとって栄養価が高いって事でしょ? 嫌な話だなぁ……」


 アスピザルが唇を尖らせるが無視して口を挟む。


 「その隔たりとやらの原因に心当たりは? 少なくともこの世界の人間は魔法などのオカルトを使いこなすが、構造的には俺達が元居た世界の人間との差異は見られない」

 「ローさんの仰る通りですね。 構造的には差異はないという点には同意します。 ただ、決定的な違いは存在します」

 「……というと?」

 「たった今、口にしたオカルトですよ」

 

 ……なるほど。


 その答えは非常に分かりやすく腑に落ちて来た。 言われてみれば確かにそうだ。


 「魔法か」

 「はい、少なくとも皆さんが転生する前の世界では魔法は架空の技術と認識されていると聞いています」

 「そうだな。 ただ、数は少ないが似たような事が出来る奴は居るらしい」

 「え? 何それ? 日本でも魔法使いっていたの?」

 「俺が聞いた話では超能力者――所謂、サイキッカーって奴が居たようだ。 もしかしたら魔法使いも居たかもしれんな」

 「へー、そんなの居たんだー。 ……おっと、ごめん。 話の腰を折っちゃったね。 続きをどうぞ」


 エゼルベルトは苦笑して話を続ける。


 「この世界の住民に扱えて、向こうの世界の住人に扱えないというのは道理が通っていないと感じています。 確かにこの世界の魔法技術に関しては裏があると考えていますが、向こうの世界の歴史も長い。 そんな中で要諦さえ押さえれば誰でもある程度、扱える魔法が一切普及しないのは不自然と考えました」


 もっともな話だ。 この世界ではコツさえ掴めば、そこらのガキでも魔法が使える。

 俺もそうだが、アスピザルや他の転生者も使えている以上、向こうで普及していないのはおかしい。


 「それで? その疑問に答えは出たのか?」

 「さっきも言いましたが、空論レベルの仮説です。 まず、皆さんの世界の人々は魔法を使わないのではなく使えないのではないのかという仮説が真っ先に出ました」


 構造的に魔法の類が扱えないと。 確かに使い方が分からないよりは元々使えないの方が、結論としては納得が行く物だ。

 

 「ならば何故、扱えないのか? 何が違うのか? 真っ先に疑うべきは転生者が魂だけの姿で現れる事にそのヒントがあると考えられます。 実際、こちらの世界では転生者の皆さんは魔法を扱えている事を考えると魂が何らかの形で魔法使用に影響を及ぼしていると考えるのは自然な流れでした」


 そこまで言ってエゼルベルトは言葉を区切る。

 黙ったのではなく考えを整理しているような感じで、言葉を選んでいるようにも見える。


 「これはもう死んでしまった仲間からの受け売りでもあるのですが、向こうの世界では人間には構成する三つの要素があるといった考えがあると聞きます」

 「三つの要素?」


 ……何だそれは?


 「はい、肉体、霊、魂の三つです。 場所によってはそれぞれサルクス、プネウマ、プシュケーと呼称されているそうですが、その三つが揃う事で人は成立しているのだと」


 肉体と魂に関してはさっきから散々話しているので省くが、新しい単語が出て来たな。

 霊? 霊魂? それは魂とは違うのか?


 「肉体は分かるが魂と霊とやらの違いがさっぱり分からん」

 「順番に説明しますと、まずは器である肉体。 これは目に見える上に誰にでも認識できる物なので詳しい説明は必要ありませんね。 次に魂。 これはその存在の核――中心を成す物と考えられています。 そして問題の霊ですが、これは魂の器――つまりは魂を保護し、守る為の第二の肉体と考えられているそうです」

 「あぁ、もしかして幽体とかそんな感じの奴?」

 「ご存知でしたか。 認識としてはそれで間違っていないと思います」


 アスピザルの言葉にエゼルベルトは大きく頷く。

 確かに幽体のイメージは半透明な本人と同じ姿をした存在――幽霊もそのカテゴリに含まれていると言った印象を受けるな。


 ……だが、はて? 今まで魂を散々喰らって来たがそんな物があっただろうか?


 記憶を掘り起こすがそんな物を見た覚えはないな。

 正直、その幽体とやらが本当にあるのなら俺にも観測できなければおかしいと思うのだが……。

 それとも俺には観測できない仕組みでも備わっている代物なのだろうか?

 

 「恐らくですが、向こうの世界の住民には霊が存在し、こちらの世界の人間には霊が存在しない。 それが決定的な差かと」

 「うーん。 正直、その差があったら何?って感じだね。 霊っていうのの有無は魔法行使にそこまで重要なの?」

 「魔法を行使する為に必要な魔力の源泉は魂です。 その魂から肉体へ巡っている魔力を特定の手順でコントロールする事が魔法の根本的なメカニズムです。 そして霊は魂を保護する役目を担っている」

 

 そこまで聞けば俺にも分かって来た。

 

 「つまりは霊が魂の保護の為、肉体との余計な接続を断っていると?」

 「はい、それにより、霊と魂だけで魔力が循環しているので魔法の類が使えない。 代わりに一切使用されない魔力は霊と魂の中で循環してその密度を上げて行く」


 魔力が肉体まで行かないから魔法が扱えないと。 逆にこっちの連中は霊がないから扱える。

 なるほど。 実際、魂は脳の中心に居座っているだけで生命活動自体に干渉しているという事は殆どない。

 俺の認識でも存在する事自体に意味があるといった考えだ。 その為、エゼルベルトの仮説はそこまで乱暴ではないと感じられた。


 「……そしてそれこそが転生者が高い魔力量を誇っている原因だと思われます」

 

 エゼルベルトの話は続く。

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