二十五章
第898話 「彼岸」
グリゴリ戦の後始末も済み、あとは地下で素材を剥がされ続けている連中から取る物がなくなればおしまいだ。 何やら必死に止めろと上から目線で解体人を説得しているようだが誰も相手にしていない。
取りあえず、召喚できなくなるまでやるつもりなので精々、限りある資源に転生してくれ。
さて、本来ならやる事が済んだ所で新しい土地へと向かおうと思う所なのだが、困った事にこれと言って見たい場所がなくなってしまったのだ。
実際、なくはないが、それよりも前回の一件で派手に動いた事もあって、色々とやり難くなりそうなので先々に発生しそうな面倒事や、先延ばしにしていた案件を片付ける事にした。
――その一環としてこの場を設けた訳だ。
場所は珍獣の飼育小屋として使用している島にある屋敷の一室。
食堂として使用されている広い部屋で、話をすると言う事で人払いを済ませている。
これから行うのは情報の擦り合わせになるので、参加者は俺、エゼルベルト、首途、ヴェルテクス、アスピザル、夜ノ森、ついでに珍獣とそのお供二人だ。
ファティマは忙しいので欠席だが、代わりに護衛の女聖騎士――マリシュカが、記録係として同席している。
「さて、色々と落ち着いた所で、話を聞かせて貰うとしようか?」
俺がそう言って口火を切るとエゼルベルトはやや緊張した面持ちで頷く。
元々、エゼルベルトからは色々と聞こうと思っていたので、今回は面白い話が聞けると期待したい所だが……。
「はい、では何からお話しましょうか?」
「まずは辺獄についてだ。 結局、あそこは何なんだ?」
ブロスダンを仕留めた後、少ししたらグリゴリが保有していたもう一本の魔剣――ザラク・バアルが飛んで来たので回収し、合体しているので現在は俺の手元には五本の魔剣が存在する。
総数が十らしいので半数は俺の手元に来たと言う事になる事もあり、流石に色々と知っておいた方がいいのではと思ったからだ。
「まぁ、気になるよね。 僕達転生者が足を踏み入れると死ぬって話もあったし、確か実際に死んだ人がいたんだっけ?」
「フシャクシャスラだったかしら? アイオーン所属の転生者が死んだって聞いたわ」
アスピザルは他人ごとではないと思っているようで、口調こそ軽いが表情は真剣だった。
夜ノ森の声も普段と比べるとやや固い。
「儂はそもそも辺獄自体にあんまり興味なかったからなぁ。 足を踏み入れたら死ぬっちゅう話も聞いたんは割と最近やな」
首途は関心が薄いのか口調は軽いが、その反面ヴェルテクスが黙って耳を傾けている所を見ると興味はあるようだ。
「辺獄は専門外なので私に聞かれても分からんぞ!」
珍獣が何故か偉そうに席に座ってふんぞり返っているが、その場に居た全員が無視した。
「……まずは分かっている情報を整理するぞ。 夜ノ森が言っていた事は事実だ。 俺も報告と言う形で聞いたので又聞きの又聞きレベルの話だが、辺獄に足を踏み入れた転生者が何かを見て硬直。 その後、何もない空間から現れた木の枝のような物に貫かれて死亡と言った流れだな。 その際に言い残したのが「橋に気を付けろ」と「誰を見ても近づくな」だ」
これはファティマが受けた報告で、実際に目撃している者も多かったので確度は高いとの事。
「なーんか、怪談じみているね。 辺獄って場所自体がそれっぽいけどそんなエピソードがあるなら尚更だ。 ところでローはどの程度までその話を信じているの?」
「一応、全部だ」
「……はい?」
俺が即答するとアスピザルは少し驚いたように目を丸くする。
「そうやって言い切るのはちょっと珍しいね? 根拠があるの?」
「両方とも実際に見たからな」
例の橋とやらも見たし、枝に似た何かにも襲われた事がある以上、流れて来た情報は真実だと俺は思っている。
「……あ、そうか。 ローって何度も辺獄に行ってるんだったね。 その橋って毎回現れるの?」
「いや、最初の一回だけだったな。 それ以降は見かけていない。 ただ、情報にあった「誰かを見た」と言った件に関しては分からん」
「橋は見たけど、人は見なかったって事?」
俺は頷きで応える。
「案外、その橋っちゅう奴は三途の川で、見かけた誰かは死んだ縁者が手招きでもしとるんちゃうか?」
「その辺は分からんがあり得ない話じゃないな」
あの橋に対して、足を踏み入れると致命的な何かが起こると言った確信に近い予感を感じたのも事実だ。 その為、首途の言うオカルトに寄った発想もあながち的外れではないと感じる。
「……というか、僕としてはそんなオカルトな可能性が普通にあり得そうなのが怖いよ。 ともあれ、橋に関しては答えが出なさそうだし、その後の枝っていうのは何なの? 話を聞く限り、その橋を踏むと襲ってくる感じみたいだけど……」
「悪いが今の段階ではさっぱり分からんな。 分かっているのは例のフシャクシャスラでの一件が原因で俺の前に現れた事ぐらいか」
女王が敵視していた印象が強かったが、連中の死に何かしらの関係があるのだろうか?
「――一先ずですが、皆さんの認識については把握できました」
話が途切れた所でエゼルベルトは口を開き、全員の注目が自然と集まる。
軽く咳払いをして話しを続けた。
「まず、僕がする話は今までヒストリアが集めた情報や考察を基にしている物なので完全な正解ではありません。 その点にだけご留意を。 まず、辺獄と呼称される土地が確認されたのは資料などで遡った段階では既に示唆されていました。 死者を連れ去る土地、一部では
「もうホンマにあの世とこの世って考えとったんやな」
……まぁ、辺獄種なんてゾンビ臭い連中まで徘徊してるんだ。 そう考える奴が居ても仕方がないだろう。
「言葉の由来を聞けば頷ける話ではありましたが、僕としてはもう少し分かり易いメカニズムがあるのではと考えています。 何事にも「何故」と言った理由――要するに意味があると考えています」
「確かに、意味もなくあそこが存在するとは考え難いからな」
その点は俺も同意だった。 理解できる理由なのかは知らんが何かしらの原因があって、その結果にああいった現象が起こるのだろう。
「はい、つまり最初に浮かんだ疑問は何故、辺獄は死者を連れ去るのだろうか?という点です」
俺はふむと内心で首を捻る。 確かに何故と考えれば自然と湧き上がる疑問だな。
「皆さん――特にダーザイン食堂の皆さんは食肉などを扱いますね?」
「うん。 そうだけどそれが何?」
「食材と死体の差は何でしょう? 両者とも同じ生き物だった存在です。 広義で言えば死体に分類されるとは思いませんか?」
話を振られたアスピザルはうーんと悩み、隣の夜ノ森も何だろうとうんうんと唸った。
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