第899話 「此岸」

 「言われて見れば確かにそうだね。 死体が発生しても消滅までのタイムラグにバラつきがあるのは何となくだけど気にはなっていたんだけど、それって何か意味があるの?」


 アスピザルの疑問にエゼルベルトは大きく頷く。


 「まずは消失がどのようにして起きるのかについて考えました。 この世界では死体は発生してしばらくすれば消失。 その為、埋葬という文化が殆どありません。 当たり前すぎて誰も考えていない事ですが、他の世界の存在を知ればそれがどれだけ異常な事かが分かります。 同じ死体でも消失のタイミングは違う。 その差を決定付ける物は何か? ――皆さんはご存じありませんか? 大量の死体が発生すると消失が早まると言った事を」


 ……そう言えばそんな話を聞いた事があるな。


 戦場など大量に死体が発生するような場所では消えるのが早いと言うのは割とよく聞く話だ。

 

 「単に量が多いと持って行かれやすいって事?」

 「いや、それは考え難いな。 儂、昔は肉屋やっとったけど、加工した肉はぎょうさん並べてても割と長持ちやったぞ」

 「はい、その事実を踏まえて僕達ヒストリアが出した結論は、死体が消えるのは副次的な効果なのかもしれないと言う事です」


 ……つまり死体はついでに消えていると?


 「別の物を持って行ってその結果、死体が消えるのは分かったけど、じゃあそれは何って話になるよ?」

 「……魔力だろ」


 口を挟んだのはヴェルテクスだった。 意外だったのかアスピザルの少し驚いた表情を浮かべる。


 「生き物がくたばった後も体内に魔力は残るが、時間経過で抜けて行く。 要は辺獄が魔力を喰っているついでに発生源・・・である死体を持って行くんだろう。 ついでに食肉が長持ちするのは加工の際に魔力が抜けるからと考えるとそいつの話にも納得が行く。 それでも消えるのは加工しても完全に抜けないから最終的には持って行かれるって所だろう?」

 「……驚きました。 その通りです。 辺獄は生物が死亡時に拡散する魔力に反応すると言うのが、僕達の導きだした仮説です」


 なるほど、それにより死体が大量に発生するような状況になると早い段階で消失すると。

 逆に目当ての魔力が抜けると持って行かれ難くなる。 一応、筋は通っているのか?


 「だったら生きている人間が持って行かれないのは何故だ! 寧ろ魔力を操っている分、生者の方が消える条件を満たしているんじゃないか?」


 そう言って反論したのは珍獣だ。 確かに死体だけというのも妙だな。

 

 「その点はまだはっきりとはしていませんが、生きている物は何らかの形でそれを防ぐ術を備えていると思われます」

 「防ぐ術?」

 

 珍獣が首を傾げるのを見てエゼルベルトは苦笑。


 「機能と言い替えてもいいかもしれません。 僕達はそれをカルマ――転生者の方々には魂と呼称した方が分かりやすいかもしれませんね。 恐らくそれが辺獄に生者が連れ去られるのを防いでいると思われます」

 「具体的には?」

 「魂と肉体の均衡です。 人間に限らず、あらゆる生き物は魂と肉体が揃って単一存在として確立されていると考えられています」

 「確かに、どちらか欠けると成立しないのは間違いないな」


 これに関しては断言してもいいので同意しておく。

 魂が抜けた肉体はどれだけ機能に問題がなかったとしても機能せず、逆に魂も肉体が崩壊すると内部に留まる事が出来ない。

 

 要するに辺獄はそのバランスを欠いた存在の魔力を喰らう性質があると。 辺獄でできた死体は早々に消える事を考えると肉体も何らかの形で分解されると言った所か。

 

 「つまり纏めると、辺獄は死んで魂と肉体のバランスが崩れて魔力が垂れ流しになった生き物の死体を持って行くって事?」

 「はい、少なくとも僕達ヒストリアは辺獄という場所をそのように捉えています」 

 「ふーん。 話は分かったんだけど、辺獄は魔力を大量に吸収してどうしたいの?」


 アスピザルの質問はもっともだ。 そう言う物で流せる物でもないだろうし、何らかの理由があると見ていい。


 「……辺獄の地形についてはご存知ですか?」

 「こちら側とほとんど変わらないと認識しているが?」


 答えたのは俺だ。 頻繁に出入りしているので何となくだが分かる。


 「では距離にズレがある事はご存知ですか?」

 「ズレ?」

 「はい、例えば山や海岸線など、分かりやすい地形の位置がこちら側と異なっていると言う点です」


 ……言われてみれば確かにそうだな。


 辺獄に潜ると思った位置からずれていると言った感じはするな。

 正直、地形は同じでも向こうには何もないのでそこまで気にはならなかったが、ここ最近で言うのならブロスダンとアザゼルを始末した時は割と顕著だった。 引き込みはしたが、思ったより離れた位置に現れたのは少し引っかかった。


 「こちらも仮説なのですが、辺獄は日に日に広がっていると考えられています」

 「その根拠は?」

 「聖剣と魔剣です。 基本的に両者は対となっていると言う点はご存知かと思われますが、注目して欲しいのは発見された位置と辺獄の領域に距離があると言う点です。 恐らくですが、最初は両者とも同じ位置にあったのでは?と僕達は考えています」

 

 ……なるほど。


 有り得ない話じゃなかった。

 魔剣は辺獄との境界を緩め、聖剣は逆に締める役割がある以上、離せないのははっきりしている。

 グノーシス教団の連中が管理しつつも本国に持ち帰らなかった最大の理由がそれだからだ。

 

 つまり、距離が開きすぎると綱引きが成立しなくなるのは現状が示している。

 裏を返すなら近ければ近い程、お互いに力を発揮できると言うのなら辺獄とこちら側で間接的でも近くに置いておくと言うのは理に適っているだろう。


 ウルスラグナを例に挙げるなら、聖剣エロヒム・ツァバオトが発見されたのはウルスラグナの北東部にあるオールディアと言う街で、辺獄の領域バラルフラームは東部にあるユルシュルの外れだ。 そう考えるとどれだけのズレが発生しているのかが良く分かる。


 「つまり辺獄は魔力を喰ってでかくなるのが目的だと?」

 「正確には魔力を喰らう目的が大きくなる事だと思われます」


 最終的な目的は別にあると。

 

「う、うーん。 段々話のスケールが大きくなってきたね。 そこまでは分かったけど、なら辺獄種は何だろう? それだけ聞くと単なるゾンビって訳じゃないのかな?」

 

 アスピザルも納得したのか次の質問に移行したが、エゼルベルトの表情がやや曇る。


 「申し訳ありません。 辺獄種に関してははっきりしない事が多いので何とも言えないので、分かっている範囲でとなりますが……」


 まぁ、今までの話も事実や推論から導き出した物だろうし今更だろう。

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