第888話 「街噂」
俺の下に変わらない毎日が戻って来た。
荒事もなく俺はいつもの事務仕事、北間は無理矢理卒業させたクソガキコンビを引き連れて街の警邏、道橋はそろそろ動けるようになってきたので本格的な戦闘訓練に移行。
飛さんはあの見た目なので流石に目立つと言う事で、後続の連中の語学と訓練の監督役を任せている。
道橋と飛さんは初期の生徒と言うだけあって言葉に関しては問題なく、読み書きにやや怪しい点こそあるがそろそろ書類関係の仕事を任せてもいいかもしれないと考え始めていた。
三波が死んだ事による業務上の空白はそう大きくないが、それでも彼女と言う存在の痕跡は埋めようのない穴として日常に存在している。
特に語学教室で世話になっていた飛さん達の反応は顕著だった。 死んだと聞かされた時の二人のショックはかなり大きく、目に見えて動揺していた事はまだ記憶に新しい。
だが、三波の死亡が良くも悪くも生き残っている俺達転生者に大きな影響を及ぼしたのは間違いなかった。
北間は別人のように仕事に打ち込むようになり、報連相をかかさない。
真面目になったというよりは、三波の死に立ち会った事でこの世界では些細な事が死に繋がると痛感したからだそうだ。
――死ぬ時って本当に呆気ないんだよ。 三波さんも本当に些細なミスの積み重ねで死んじまった。 あの時、分断されなければ、俺がもうちょっと早く連中を突破していたら――そんな
食事の時に軽く話した時、重々しい口調で北間はそう言っていた。
真面目になったのはいい事だとは思うがそれを差し引いても三波の死は重すぎたのだ。
クソガキコンビを筆頭に余り接してこなかった連中は割と他人事のような感じではあったが、雰囲気は察していたのか多少はマシにはなったのだろうが……。
……危機感に関してはどっかのタイミングで煽る必要はあるか?
内心でそんな事を考えながら午前の仕事を片付けた俺はいつも通りに影踏亭へと向かう。
ミーナの所で飯を食うぐらいの安らぎは許されるはずだ。
「あ、カサイ君だ! 久しぶりー!」
店に入るや否や即座にミーナが寄って来た。
俺も久しぶりと返していつもの奥まった位置にある席へと向かう。
「何か最近大変だったみたいだけど大丈夫?」
「ん? あぁ、何とかなったから、しばらくは何もないと思うぞ」
グリゴリの一件に関してはほぼ片付いたとの事だったので、ユルシュルからは完全に撤退。
設備の修復など戦後処理の人員を残して王都に戻って来ている。
「……見てないんだけどおっきな天使さまが出て来て何か言って来たんでしょう?」
「そんな感じだな。 ――そういや、街ではどんな感じに伝わってるんだ?」
「え? うーん。 わたしも又聞きだからあんまり詳しくは知らないけど「アイオーン教団は間違っているから天使さまが罰を与えに来た」とか「聖女様を気に入った天使さまが手籠めにする為に攫いに来た」とか――」
「なんだそりゃ」
前半はともかく、後半で思わず笑いそうになった。
あの図体で聖女攫って何するんだよって話だ。 俺の反応にミーナは少しむっとした表情を浮かべる。
「知らないわよ。 わたしも聞いただけなんだってば! 後は「自分達こそ聖剣に相応しいとかで取り上げようとした」かな? それで? 合ってるのある?」
最後のが一番近いなと思ったが、俺は曖昧に肩を竦めた。
ミーナを信用しない訳じゃないが、あんまりこういう情報を流すのは良くない。
ただ――
「言える事はあの天使は真っ赤な偽物で、聖剣を強引に取り上げようとした強盗だったとさ」
――これは近々、大々的に発表すると聞いているので、喋っても問題ないだろう。
それを聞いてミーナは少し安心したかのようにほっと息を吐く。
「良かった。 あちこちで聖女さまを疑うような事を言っている人が居たからちょっと心配になっちゃって……」
「ありがとな。 あの偽天使共は全部仕留めたから二度と出てこねぇよ」
「うん! これでカサイ君も毎日ウチに食べに来てくれるから安心ね!」
「はは、かもな」
ミーナは笑って見せるとふと何かに気が付いたような顔をする。
コロコロ表情が変わる奴だな。
「そう言えば、前に一緒だった娘達は? カサイ君の知り合いって事は教会の修道女関係なんでしょ? あれからも偶に食べに来てくれてたんだけど、最近は全然見ないから気になったんだけど……」
「あぁ、あいつ等か……」
思わず歯切れが悪くなる。
イヴォンに関しては言うことはないのだが、問題はモンセラートだ。
前の戦いでかなり無理をしたようで、終わった後にぶっ倒れたらしい。 俺も詳しくは聞かされていないが、権能とか言う魔法の上位互換みたいな大技の使い過ぎが原因と聞いている。
並の消耗なら魔法薬や治療系の魔法でどうにでもなるが、これは普通の手段じゃ治療は難しいとの事らしい。 あの時の戦闘で世話になった身としては心配である。
それ以上に聖女やクリステラの落ち込み具合がヤバい。 特に聖女は気が付かなかった事を相当気に病んでいるのか数日は表に出せない有様だったようだ。
エルマンの話じゃ本人が上手く隠していたらしいから気が付かなかったのも無理はないらしいが……。
……まぁ、気に病むなと言う方が無理な話だな。
勝ちはしたが代償に子供を使い潰すような結果になったんだ。 聖女達のショックはかなりの物だっただろう事は想像できる。
普段、元気にあちこち走り回っている姿を見ている身としては、部屋から出られない程の有様なのは痛々しさすら感じるな。
今は様々な治療法を片端から試しているとの事だが、効果は出ていないようだ。
「……モンセラート――あの元気な方がちょっと体調を崩していてな。 今は外に出るなと押し込められてるんだよ」
少し迷ったが俺はそう言ってはぐらかす。 流石に死にかけているとは言えなかった。
ミーナは少し驚くように目を見開く。
「え? それって大丈夫なの? 教会なんだから色々あるんじゃないの?」
ミーナの言葉に俺は内心でギクリとする。
しまったな。 そう言えば教会って病院も兼ねてるんだった。
確か金さえ詰めば手足や臓器も元に戻してくれるんだったな。 俺達って大抵の傷は勝手に治るからその辺の意識薄いんだよなぁ……。
「まぁ、ちょっと難しいらしくてな。 俺も詳しくは聞いてないがきっとそのうち良くなるさ」
そう言ってごまかす事にした。 俺の願望も多分に含まれては居たが。
少し長話が過ぎたので、料理を注文し俺は昼食を待つ事にした――
……大丈夫だと良いんだが……。
――内心で不安を感じながら。
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