第887話 「行来」

 葛西かさい 常行つねゆきだ。

 つい先日、ようやく王都に帰って来てほっとしている。

 ユルシュルが片付いてようやく一息ついたと思ったら、今度はグリゴリとか言う訳の分からん天使が聖剣と魔剣を寄越せと現れた。


 割とギリギリで追い払えたが、次はユルシュルで迎え討つといった話になったので、またあそこへとんぼ返りという嫌な因果だったがそれもどうにかなりはしたんだが……。

 正直、かなりきつかった。 俺は最初の襲撃とユルシュルでの戦闘に参加しはしたが、とにかく敵が強い。


 あの明らかにヤバそうなデカい天使の相手はしなくて済んだが、それ抜きにしてもきつい相手だった。

 連中が引き連れていた羽の四枚ある甲冑みたいなデザインの天使共の相手をしたんだが……。

 武器が通り辛い頑丈な体に、光る弓矢に剣や槍は簡単にこっちの防御を抜いて来る。


 幸いにも動きが単調だったので一体一体は面倒ってレベルの相手だったが、数が多いのでかなり厄介だった。

 最初の王都での戦闘は早い段階で向こうが引き上げてくれたのでそこまでではなかったが、ユルシュルでの戦いは本当にきつい。 万は居たんじゃないかって数が空から襲って来たのだ。

 

 上から絨毯爆撃みたいに光る弓矢を撃ち込みまくった後、そのまま突っ込んで来ると言ったシンプルな手だったので、防ぐ分にはどうにでもなった。

 後は泥沼の乱戦だ。 俺達異邦人も出せる面子は強制出撃と言った総力戦だった。


 あの連中を見た後だった事と、事前に聞かされたグリゴリの戦力構成で絶望感が半端なかったがやるしかなかったので覚悟を決めざるを得ない状況だった。

 王都での戦闘で劣勢を強いられた所をかなりの人数に見られたので、アイオーン教団への周りの雰囲気が微妙な事になっており、聖女を筆頭に安心させようとあちこち走り回ったようだ。


 元々、アイオーン教団はグノーシス教団から独立してはいる物の傍から見れば看板を変えただけの組織なので、このような状況になると酷く脆い。

 襲って来たグリゴリが天使だったというのも不味かった。 元々、グノーシス教団は天使を信仰していた組織であったが、裏で色々やっていたことが明るみに出て、ここウルスラグナで立場が悪くなったといった経緯がある。


 問題はその天使らしき連中が襲って来た事により、信仰対象に襲われると言う事はまだ何か後ろめたい事があるんじゃないか? 信仰に悖る事を行い続けた結果、天罰が下ったのではないか?

 そんな感じの不安や、グノーシスの不正が明るみに出た事でアイオーンにも不信感や不満を抱いていた連中がここぞとばかりに騒ぐと言った事態も発生。 どこの世界にも便乗して騒ぐ奴は居る物だ。


 それでも聖女達は粘り強く説明や説得を繰り返し、騒ぐ連中を大人しくさせたのは素直に凄いと思った。 こんな世界で力に訴えないのは立派だとも思う。 少なくとも俺達には難しいかもしれない。

 半端に力がある奴は我慢できずに使ってしまうからだ。 ただでさえ、俺達転生者は異形と言う後ろめたい部分を抱えている。 それを暴かれて一斉に化け物だと非難されれば果たして俺は自制する事が出来るのだろうか? できると言い切れる自信がなかった。


 王都の連中を大人しくさせたからと言って問題が解決した訳じゃない。

 エルマンの話だとグリゴリは聖剣と魔剣を狙ってまた来るのは間違いないとの事だ。

 なら聖剣や魔剣を放り出せばいいと言った安易な考えは口にしない。


 そんな事が出来るならとっくにやっているからだ。 少なくとも俺から見ても聖女やエルマンは権力や命惜しさに周囲に被害が出るような行動を取るような奴じゃないというのは分かる。

 俺は聞かされなかったが、察するに聖剣や魔剣には教団の象徴以上に何か重要な用途があって手放したくてもできないと言った所だろう。

 

 実際どうかは知らないが、聖剣を手放せないなら戦うしかない。

 グリゴリは聖剣魔剣以外には興味がないようなので、聖剣と魔剣の場所を移せば馬鹿正直に追って来るらしいので、被害が出ても問題のないユルシュルへと移動する事となる。


 個人的にだがユルシュルには余り近づきたくなかった。 割り切ったつもりではあるが、同郷を三人も殺った場所だ。 あまりいい気分はしない。

 だからと言って俺が行かないというのはあり得ないので、選択肢はないんだが……。

 

 今回は完全な総力戦で負ければ終わる背水の陣だ。

 逃げきれる物でもない上、この状況を放置できないので、連中を始末してあいつ等は天使でも何でもない偉そうなだけの天使を僭称する詐欺師とでも言わないと収まりが付かない。


 ……つまりは連中を返り討ちにしないとどうにもならないと。


 だが、連中は自前の聖剣使いに加え、デカい天使が複数と絶望的な戦力構成だった。

 最初に聞いた時に感じた事は「詰んだ」だ。 勝てる訳がないと思ったが、エルマンは何かしらの勝算があったのかとにかく時間を稼げとの指示を出して来た。


 返り討ちにするのに時間を稼いで状況が好転するのか?とも思ったが本当に何とかなってしまった。

 戦闘開始からしばらくすると連中の半数が消える。 感じからして不測の事態が発生して引き上げたといった感じだったがあれは一体……?


 不可解な事はまだ続いた。 連中の半数が消えた後、もう一体追加で消えたのだ。

 こちらは完全に消されたといった感じだったが、指揮を執っているエルマンに動揺がなかった所を見ると織り込み済みだったのは察しが付くが、どうやったのかはさっぱり分からなかった。


 消えた連中は何処へ行ったのだろうか? 不明だったが、戦うしかなかった。

 敵の主力が一気に減った事により、戦況は即座に好転。 残った聖剣使いも引き上げた事により、こっちの勝ちは動かなくなった。


 正直、生き残れた事の安堵もあったが、訳も分からずに勝った事への困惑が強い。

 一緒に戦った北間達も本当に勝てたのか?といった感じだったのは印象に残っている。

 消えた連中は戻って来ないのかといった不安はあったが、エルマンは戦闘後に連中は二度と現れないと言い切っていた。


 ……さっぱり分からない。


 状況に放り込まれた後、結果だけを与えられたかのような唐突な幕切れだったからだ。

 北間も俺と同じ意見だったようで怪訝な感じではあったが、逆に六串のおっさんや為谷さんはよかったよかったと言って気にする素振りも見せなかったのが意外だった。


 俺は気にならないんですかと聞いたが、六串さんは「無体な物でないなら上の意向に現場は従うだけですよ」と返し、為谷さんは「無事だったからいいじゃないですか」とドライな感想を返された。

 

 ……それも考え方の一つなのか?


 釈然としなかったが、とにかくアイオーン教団崩壊の危機は去り、俺達はいつもの日常へと回帰する事となった。

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