第878話 「発砲」

 やってくれる。

 俺はブロスダンの残りを魔剣の第二形態で消し飛ばしながら、やや不快気に空を見上げた。

 視線の先では飛び去った聖剣が消失した所だ。 どうやら辺獄から出たようだな。


 ブロスダンは殺される直前に腕ごと自分の聖剣を切り離したのだ。

 それにより死亡と同時に聖剣は次の持ち主を求めて飛び去る。 気が付いた時にはもう手遅れで、捕まえるのが無理な距離まで離脱されていた。 ブロスダンを仕留めて魔剣を振り切ったタイミングだった事と、もう一点の別の事に気を取られてしまい、反応が遅れてしまったのだ。


 ちらりと振り返るとサベージが拘束された聖剣エル・ザドキを持って来た鞘に納めているのが見える。

 

 ……逃がした物は仕方がないか。


 元々、俺の分担は聖剣使い一人だ。 体内に仕込んで持って来ていた鎖も二本拘束するには量が少し心許なかったので、ここは素直にブロスダンの悪あがきにやられたと思っておこう。

 ただ、もう一つに関してはしくじったな。 それは何かと言うと――アザゼルだ。


 聖剣が離脱するタイミングで逃げ出すとはやってくれる。 お陰でどちらを優先するかを迷ってしまった。

 探そうにもご丁寧に気配を消しているので居場所が分からない。 そう遠くへは行っていないと思うが、諦めた方がいいか。 そう考えていると魔剣が大きく脈打つ。


 何だと視線を落とし、小さく眉を顰める。

 反応したのはゴラカブ・ゴレブでもフォカロル・ルキフグスでもない、死んでいる筈のガシェ・アスタロトだったからだ。 何だと意識を向けようとして――


 ……何?


 ――いつの間にか俺の隣に現れた存在に気が付いた。


 影法師のようにあやふやで輪郭だけしか見えなかったが、そいつは確かに存在していた。

 つばが広い帽子に軽鎧とその上にベスト、左右の腰にはホルスター、足にはブーツ。

 西部劇に現れるような拳銃使いガンマンのような出で立ちだった。


 何だこいつは? この距離で全く気が付かなったぞ。

 拳銃使いは左のホルスターから霞む様なスピードでリボルバー・・・・・を抜くと足元に射撃。

 撃ち込まれた位置に小さな魔法陣のような物が浮かび、それを即座に踏みつける。


 次の瞬間にはいつの間にか抜いていた右のリボルバーを空に向かって構え、発砲。

 パンと渇いた音が響き渡った。




 アザゼルは全力でその場からの離脱を行っていた。 ブロスダンに憑依していたとはいえ、彼も少なくないダメージを受け、戦闘の続行は困難な状態だった。

 今回ばかりは敗北を認めざるを得ない。 敗因は良く分かっている。 魔剣の能力を軽視し過ぎた事だ。

 本来なら魔剣は使い手を選定するような真似をしない。 その為、魔剣使いとは魔剣に乗っ取られた狂戦士の事を指す。


 だからこそアザゼルは想定できなかった。 魔剣が力を貸す存在を。

 あの憎悪を飼い馴らす存在などこの世に存在しない。 そんな前提があったからこそ、想定どころか想像もできなかったのだ。 

 

 ――まさか維管形成層トポロジーへの接続まで行うとは……。


 世界と繋がる事は生者にのみ扱う事を許された力。

 天使であり、本来の意味での肉体を持たないグリゴリには扱えない力だった。

 だが、使う事を許されているからと言って、誰にでも扱える物ではない。


 人の中でも極僅かな者だけが辿り着く事が出来る極地であり、滅び去った者達が最期に現れる「無」を冠する者達に抗う為に磨き上げた叛逆の牙だ。 この世界にも残滓は残ってはいるが、扱える段階に至った者が居る筈は――

 

 アザゼルは余計な思考だと切り捨て、切り替える。 考えるのはこの先の事だ。

 こうなってしまった以上、エルフはもう使い物にならない。 そうなると新たな眷属を用意する必要がある。 幸いにも当てはあった。

 グノーシス教団だ。 本来なら最低限の取引を除いて不干渉の取り決めだったが、混沌を諦める事はアザゼルには不可能だった。 手に入りさえすればこのような不完全な肉体ではなく、完全な肉の身体を得ることが可能となるのだ。


 それが叶えば自分達は亡霊のようなあやふやな存在から真なる神格として顕現する事も可能となる。

 次に残す方法にも心当たりがあるので、仮に世界が滅んだとしても自分達の大切な依り代として未来永劫、役立つ事になるだろう。


 その為にはまずは逃げ延びて体勢を立て直す。

 幸いにもアドナイ・ツァバオトが離れた混乱に乗じて離脱には成功した。

 後は距離を離して辺獄から脱出を――そう考えながら、気付かれていないかの確認の為にアザゼルは振り返ると、ローの隣にあり得ない存在が立っている事を認識し驚愕。


 『――馬鹿な!? 確かに消し去ったは――』


 それが最期だった。 アザゼルは不可視の衝撃を受けて爆発四散。

 この世界から完全に消滅した。




 パンと渇いた銃声が響いたと同時に遠くで何かが爆発。

 豆粒ほどの大きさにしか見えないほど遠くだったが、あの距離を当てたのか?

 しかも消滅の際に一瞬現れた気配はアザゼルの物だった。

 

 どうやらこの拳銃使いは瞬時にアザゼルを捕捉して仕留めたらしい。

 信じられない腕――いや、そもそもどうやってあんな距離の存在を捕捉して当てたんだ?と言うかこいつは一体何者なんだ?


 疑問が噴出するが、それを他所に拳銃使いは僅かに煙が立ち上っている銃口をふっと一吹きすると、器用に二丁のリボルバーを回転させてホルスターへ戻し俺の魔剣を一瞥。

 帽子のつばを引き下げ、目元を隠すとそのまま背を向け、別れを告げるように小さく片手を上げて消滅。 何故か消滅の瞬間、口元が笑っているように見えたが気の所為だろうか?

 

 「……何だったんだ?」


 思わずそう言いたくなるほどの唐突さで現れ、消えて行った。 同時にガシェ・アスタロトが完全に沈黙。

 何だったのかよく分からんが、ブロスダンとアリョーナ、アザゼルがくたばった以上はもうほぼ決着と言っていいだろう。


 やる事もなくなったのでサベージを呼んで跨り、辺獄から脱出。

 エルフの都市に戻るとこちらもほぼ終わりかけていた。 <交信>でファティマに戦況を尋ねると、もう勝ちは動かない状態のようだな。


 グリゴリの天使は辺獄でくたばったアザゼルにこっちで仕留めた、シャリエル、シムシエル、バラキエル、バササエル、ガドリエルの合計六体。

 ここまでやって追加が出てこないと言う事は九体で全部と見ていいだろう。


 残りの三体はウルスラグナでアイオーン教団と戦り合っているようだ。

 シェムハザ、ラミエル、ペネムの三体だが、聖剣使いを両方仕留めた以上、連中でどうとでもなるだろう。 ファティマも同じ考えのようで、向こうの指揮官に残りは自分達で何とかしろと伝えたようだ。


 アドナイ・ツァバオトは取り逃がしたが、使えそうなエル・ザドキが手に入ったのでよしとしよう。

 周囲を見ると戦闘も街の外周で衝撃音がしているので、掃討戦の真っ最中と言った所か。

 今回は都市の周囲を掃除している上、魔導外骨格で完全に包囲しているので取り逃がす心配はほとんどないとの事なので、やる事もないから早々にオラトリアムへ引き上げるとしよう。


 ファティマに後は任せるとだけ伝えて俺は転移魔石を使ってエルフの都市を後にした。

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