第879話 「幸運」

 ラミエルが撒き散らす紫電を正面から突破し、聖女は聖剣を一閃。

 前衛を務めていたアリョーナが消えた事で、無防備になったラミエルに聖女を止める事は不可能だった。

 一気に間合いを詰められ、下から斜めに斬り裂かれたラミエルは後退しようとしたが、それは叶わない。

 

 今までアリョーナが食い止めていた水銀の槍の群れが殺到。

 ラミエルは瞬時に穴だらけになる。 それでも天使としての矜持なのか聖女を仕留めようと紫電を迸らせるが、対する聖女は聖剣を弓のように引き絞る構えを取る。


 水銀が聖剣の刃に纏わりつき巨大な長槍へと変化し、同時に強烈な突きを見舞う。


 『――おの……れ……』


 抵抗も虚しくラミエルは胴体に巨大な風穴を開けられ、そう言い残し消滅。

 聖女はラミエルを仕留めた余韻に浸る事もなく、即座にクリステラの下へと走る。

 彼女はシェムハザの猛攻の前に手を出せないで居たが、聖女が合流した事により状況が一気に傾く。


 対するグリゴリの天使達もこの状況は不味いと考えていた。

 転移で撤退する事は可能だが、ペネムを残す事になってしまう。 転移の使えるペネムを失う事は非常に不味いので彼等からすれば撤退はあり得ない選択肢だった。


 そして聖剣使いが居なくなった今、この場での勝利は難しい。

 ならばとシェムハザは手を変える。 胸に埋め込んだ魔剣の力を解放。


 ――魔剣ザラク・バアル。


 強奪した際に中身の洗浄・・は済んでいるので、固有能力の使用は不可能だが基本的な能力は扱う事が出来る。 聖女とクリステラの二人を辺獄へと引き摺り込む。

 防ぐ事も可能ではあったが、二人はそのまま辺獄へ移動する。 理由は単純で、このまま辺獄へ行かなければこの二体の天使は逃げ出すからだ。


 二人はグリゴリの本拠であるポジドミット大陸で何が起こっているかは知らないが、グリゴリをこのまま放置する事は良くないと理解していたので、この場で逃がすような事をさせる気はない。


 シェムハザもこの手段は味方の聖剣使いが居る間は使えなかったので、正真正銘の奥の手だ。

 本来ならアリョーナへ憑依して戦闘能力を跳ね上げるという手も使えなくはなかったのだが、グリゴリを欠片も信じていないアリョーナでは拒否反応が起こり、聖剣により短時間で弾かれてしまう上、無駄に消耗させてしまうので使用が出来なかったという事情もあった。


 かと言って辺獄へ纏めて飛ばそうにも聖剣に防がれるので、このタイミング以外では使えない手だったのだ。 辺獄へ移動する事により、魔剣からの魔力供給量が跳ね上がり能力が大幅に向上。

 

 「先に数を減らします」

 「分かった。 任せても?」


 聖女の言葉にクリステラは頷きで応える。

 二人はそれだけの会話で役割分担を決めると、効果の落ちた身体強化を全開。

 聖女は水銀の盾を大量に展開。 シェムハザの攻撃を迎え討つ構えを取る。

 

 シェムハザの威力と速度を増した魔法攻撃の雨が降り注ぐが、聖女は片端から水銀の盾で防ぐ。

 聖女と言う後衛が現れた事で自由に動けるようになったクリステラはシェムハザを無視。

 狙いはペネムだ。 聖女の支援でシェムハザの攻撃は半分近く防がれているので、攻撃の密度が大きく落ちている。 クリステラはこの程度なら問題ないと判断して防御行動すら取らずに回避しながらペネムへと肉薄。


 ペネムもクリステラの狙いに気付き、空中に文字を描いて迎撃を行おうとしたが不意に起こった現象に硬直。 何が起こったのかクリステラの姿が消えたのだ。

 その姿を完全に見失ったペネムは捕捉する為に周囲の気配を探るが、それは致命的な隙だった。


 再度、クリステラの姿を捉えた時には彼女は目の前。 迎撃しようとするも間に合わず、空中に描いた文字ごと即座に両断。 クリステラは強化に緩急を付ける事により、一瞬だけペネムの意識からすり抜けて正面から奇襲を仕掛けたのだ。 ペネムはそれにより大きな隙を晒してしまい、修復不可能な損傷を受ける。

 それでもクリステラを仕留めんと手を伸ばしたが、叶わずに消滅。


 ペネムの消失によりシェムハザはこの侵攻の失敗を悟る。

 魔剣の力を用いても固有能力を扱える訳ではないので、聖剣使い二人を仕留めるのは難しいと判断せざるを得ない。


 ――ここは一度撤退して、アザゼル達と合流して立て直す。


 そのアザゼルは少し前に消滅したばかりな上、帰るべき場所であるユトナナリボもほぼ制圧されているのだが、今のシェムハザには知る由もない。 連絡は不通だが、辺獄である為に通じないといった考えが状況の把握を阻んだ。

 魔剣から貪欲に魔力を吸い上げると魔法による弾幕を張りつつそのまま後退。


 クリステラが突っ込んで来るが、即座に高度を取って剣の間合いから離れる。

 その間も絶え間なく魔法を連射して可能な限り近づけないように立ち回り、距離を稼ぐ。

 

 ――逃げるつもりか。


 「クリステラさん! 先に僕が!」


 それだけの言葉で聖女の意図を察したクリステラは聖剣の能力で巨大な鉄塊を作成。

 聖女が飛び乗ったと同時に強化を全開にしたクリステラが鉄塊を全力で殴打。

 鉄塊は聖女を乗せたままシェムハザへと肉薄。


 即座に迎撃の魔法が飛んでくるが、聖女は水銀の盾で防ぎ、突破された攻撃は聖剣で直接斬り払う。

 シェムハザは突っ込んで来る聖女を躱す為に空中で旋回。 聖女は鉄塊から飛び降り、固めた水銀の塊を足場にして追いかける。


 シェムハザは追って来た事には驚いたが、聖女は高速で飛行できる訳ではないと理解しているので充分に逃げ切れると確信していた。

 だが、シェムハザはある見落としをしている事に気付かなかった――気付けなかったと言い替えてもいい。


 彼女が振るう聖剣エロヒム・ツァバオト。

 その剣が秘めた力について。 第八の聖剣にして「栄光」を司る物だ。

 固有能力は「幸運」を担い手に齎す。 幸運とは得た者に益となる事象が発生する事だ。


 そしてそれは対峙した者には不運となって襲いかかる。 戦い、勝負、それらには明確に決着と言う着地点がある以上、その範囲で発生する幸運には上限がある。

 偏ればその煽りを受ける者が発生し、不運に見舞われると言う事になるだろう。


 この場合、幸運を独占するのは聖女だ。 そして運に見放されたシェムハザはどうなるのか?

 シェムハザの不運はいくつか存在する。 まずはここ以外の戦場で何が起こっているのかを知らない事だ。 これまでに仲間に連絡を取ると言った選択肢はあったが、戦闘に集中していたので実行する余裕がなかった。


 もう一つの不運は配下として従えていた聖剣使いの聖剣に対する適性が低かった事だろう。

 聖剣は一度担い手と定めた相手は引き剥がされない限り裏切るような真似はしない。


 ――仮に現在の担い手よりも自身に相応しい存在が居たとしても。


 そして最大の不運は担い手を失った聖剣は目の前の脅威に対抗する為に、防衛手段として担い手を求めたからだ。

 本来なら探す所から始める必要があるのだが、緊急と言う事で以前に発見した適性の高い存在の下へと向かう。 その存在には先客が居たが無視し、魔力に物を言わせ生物では耐えられないような速度で世界を縦断。


 結果――


 『――なっ!? 馬鹿、な……』


 ――唐突に現れた聖剣アドナイ・ツァバオトはシェムハザを背後から刺し貫き、聖女ハイデヴューネの手へと納まったのだった。

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