第857話 「砲火」

 量産型ザ・コアⅡの集中砲火を浴びたシャリエルは何とか防ごうとするが、権能とアクィエルの霧で弱体化していても一発、二発なら問題なく自前の障壁で防ぐ事は可能だった。 しかし、ダース単位で飛んでくる無数の熱線には抗い切れなかった。

 数発は障壁で弾く事が出来たが、即座に耐久の限界を迎えて貫通。


 その身を次々と貫く。 グリゴリの天使には痛覚などという余計な物はないので、痛みに苦しむことはないがダメージはその身に刻まれる。

 彫像の様なシャリエルの体には無数の穴が穿たれ、羽が千切れ落ち、背の光輪が砕け散って行く。


 『き、貴様――』


 下等な生き物に上位者たる自分の肉体が傷つけられたと言う事実が、シャリエルに怒りの声を上げさせる。 だが、その怒りは形になる前に彼を拘束している黒い沼に抑えつけられて身動きが完全に封じられ、気が付いた時には爛々と目を輝かせたサイコウォードが目の前に来ていた。


 シャリエルは何かを言いかけたがその顔面にドリルが叩き込まれ、言いかけた言葉は霧散。

 

 「思い知れ」


 ニコラスが怒りの声を上げ、シャリエルの胴体を渾身の力で殴りつける。

 それにより大きく仰け反った。 同時に腹部装甲が展開、内蔵していたミサイルを全弾発射。

 大型化したミサイルは発射された直後に先端が分解して内蔵された無数の小型ミサイルが大量に飛び出し無数の爆発が発生。 少し前に開発されたクラスターミサイルだ。 <照準>との相性が悪いので誘導性能はないが、至近距離なら何の問題もない。 それによりシャリエルの胴体の破片が飛び散る。


 衝撃でシャリエルの巨体が吹き飛ぶが、ケイティの権能がそれを許さない。

 黒い沼に絡め取られ、空中で静止する。 ニコラスは胸部の主砲を展開。 既に魔力の充填は完了しているので、砲口の奥には彼の怒りを象ったかのような赤々とした熱が燃えていた。


 発射。 巨大な熱線がシャリエルの胴体に巨大な風穴を開ける。

 

 「第二射、撃て!」


 この時点でシャリエルはもう動いておらず、光輪と羽から光が消えかかっていたが、オラトリアムの者達に容赦はない。

 ケイティの号令により、転移で入れ替わりに現れたオークの砲兵たちが第二射を一斉に発射。 

 シャリエルの全身に穴が開き、もはや原形を留めていない有様となったが、形が残っている以上は油断はできない。 第三射の指示を出しかけて――止める。


 シャリエルの残骸が砂か何かのように粉状の物体となって消滅。

 それを見てニコラスは直接の仇ではないが、一体は仕留めたぞと拳を握り、瓢箪山は死んでくれたかと胸を撫で下ろす。

 ケイティは内心で「カスが、二度とその顔を見せるな」とあらん限りの侮蔑を叩きつけ、グアダルーペは順当な結果だったと冷静に考える。


 元々、グリゴリの大型天使は強力な個体ではあったが、単独であるなら撃破する事が可能なレベルだったので孤立さえさせてしまえばそこまでの相手ではなかった。

 ちゃんと消えてくれるのかといった懸念はあったが、それもたった今解消されので後は順番に仕留めて行くだけだ。


 特に長姉であるファティマは表にこそ出さないが怒り狂っているので、エルフ達は碌な目に遭わないでしょうねとグアダルーペは他人事のように考えた。

 

 

 

 ――本当に碌な目に遭っていなかった。


 今回投入された戦力はエルフの都市と言う事もあって、モスマンやモノス、タッツェルブルム等の森林地帯で力を発揮する改造種が多い。

 彼等は地形を選ばないので巨木の表面を移動して次々とエルフ達に襲いかかる。


 そんな中で一人哄笑を上げながら嬉々としてエルフを斬り刻んでいる女がいた。

 ハリシャだ。

 

 「あはははははははは! 斬り放題とは、今日は最高の日ですね!」


 エルフ達の放つ魔法や弓矢を叩き落しながら、即座に間合いを詰めて彼等の手足を落とす。

 

 『クソッ! 何なんだあの女は!』

 『恐れるな! 我等には天使様達から賜った武具がある!』


 立て直したエルフ達が武器庫からグリゴリ謹製の武具を手に戦場に現れる。

 グリゴリの天使――ガドリエルが作成した特別製の武具で、強力な威力を発揮するが魔力消費が大きいと言った欠点がある。 その為、狩りなどには用いられずに有事の際に持ち出されると言った形を取っているのだ。


 ハリシャ相手に接近戦を挑んだ者達は文字通り瞬殺されたので、遠距離から仕留めるしかない。

 エルフ達は各々弓矢や弩などの射撃武器を構える。

 彼等は人間に比べると魔力の保有量は多いが、それでも武器の使用は消耗が激しい。 それを補う形でグノーシス教団から徴収した魔石を武具に取り付ける事で消耗を補っていたのだが、ここ最近はサブリナという熱心な修道女から齎された質の高い魔石を使用しているので充分に実戦に耐えうる程に扱える。


 ――筈だったが――


 『よし! 撃――』


 魔力を込めて発射しようとした瞬間、魔石が大爆発を起こした。

 魔石の加工技術が未発達なエルフに魔石を与えても、武具や魔法の消耗を肩代わりさせる程度にしか使えないのは早い段階で分かっていたので、仕込みには気が付かなかったようだ。


 武具のサンプルと引き換えに渡した魔石にはある細工が施してあり、一定以上の魔力を充填すると内部に刻まれた《爆発》の魔法が起動して使い手諸共爆散するようになっていた。

 結果、エルフ達は次々と自滅していく。 その上、何かに引火したのかあちこちで火の手まで上がり始めたのだ。 ハリシャは爆死したエルフを見て残念そうな表情を浮かべる。


 「――あぁ、勿体ない。 私の手で斬り刻みたかったのに……」


 気が付けば彼女の周囲には戦えるエルフは一人もおらず、手足を落とされて苦痛にのた打ち回る者達だけだった。

 

 「他は逃げましたか。 ここらの制圧が私の仕事だったのですが、やる事がなくなってしまいましたね」


 その声に応える者はおらず、彼女が率いる改造種達が黙々とエルフを荷物のように運び出していく。

 エルフは後で使うので可能な限り生きて捕らえろと言われていたので、ハリシャは我慢して手足を落とすに留めていた。 まぁ、それで死んだら仕方がなかったと彼女は考えていた上、最善は尽くしたと言い訳は立つと判断してそのまま無視。


 刀を収めながらちらりと視線を遠くに向ける。

 そこでは巨大な黒い霧の塊が徐々に勢力を広げつつあった。 引き摺り込まれた天使が出てこない所を見ると、討伐に成功したのだろう。


 この様子だと自分の出番は少し先かとつまらなさそうに小さく唇を尖らせると、その場を部下に任せて踵を返した。

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