第856話 「弔戦」

 視界が全く効かない霧の中、シャリエルは自らの足に絡みついている物を鎖で打ち据えようとしたが、相手はそれを読んでいたかのように拘束を解いて闇に消える。

 拘束が解けた代わりにシャリエルの全身を酷い消耗が襲う。


 霧の効果だろうと理解するまでに時間はかからなかった。

 恐らく接触した相手の魔力を吸い取る能力なのだろうと分析、特に魔力の消耗が生死に直結するグリゴリの天使にとっては長居したくない空間だ。


 早々に飛び上がって霧からの脱出を図ったが、霧の外に強力な魔力の反応。

 障壁の類が展開されたと悟り、鎖での破壊を狙うが――


 『――!?』


 返って来たのは鎖が跳ね返される手応え。 障壁の強固さに驚くと同時に、鎖の威力が落ちていると判断。

 同時に周囲を取り囲む無数の気配。 アクィエルだけではなく、大小様々な気配がシャリエルを仕留めるべく霧に潜んでいた。


 その中で最もグリゴリに対する憎悪に塗れた存在が真っ先に突撃。

 サイコウォードだ。 改修が完了したその機体はもはや機体と呼ぶには語弊がある代物へと変貌していた。

 基本的な形状には変化がないが、内部に関しては大部分が変化しており、もはや別物と言ってもいいだろう。


 まず目を引くのは頭部。 元々は映像をコックピットへと送る為の魔石が眼として嵌まっていたが、今は肉眼となっている。 生物特有の生々しい眼球が複数頭部に嵌まっており、獲物を捉える為にギョロギョロと蠢く。

 

 背面に付いていた四つの武器腕の内二つはザ・コアからスクリームに変更され、タイタン鋼で構成されたドリルが対象を粉砕し、残りの二つはクラブ・モンスターと同様のペンチのような形状のマニュピレーターだったが、やや小型化してよりシャープな動きで対象を捕らえられるように改良。


 背中側の腰の部分には新たにヒューマン・センチピードを大型化した百足状の触手を二つ搭載。

 シャリエルを引き摺り込んだのはこれだ。

 胸部の主砲は特に変化はないが、腹部のミサイルポッドは数を減らした代わりに大型化し、内蔵している弾に改良を加えた。

 

 そして最後に最大の変化があったのは内部――特にコックピット周りとパイロット自身だろう。

 コックピットは四人乗りから一人乗り用に改造された結果、スペースが縮小し胴体部分の内部スペースに余裕が出来た。


 そのコックピットだが操縦桿の類は全て撤廃され、腕を入れる穴らしき物が二つと座席のみ。

 座っているニコラスにも変化があった。 ゴブリン特有の小柄だった肉体は二回りほど大きくなり、サイコウォードを単独で操るのに必要な反射神経や反応速度を得る為に脳を増やし、神経などの感覚器官も大幅に増強。 そして後頭部と背中、掌にコネクター・・・・・が付けられている。

 

 それは何に使うのか? 当然ながらサイコウォードの操縦にだ。

 コックピット内部から伸びるケーブルとプラグは彼と機体を文字通り一体化させている。

 サイコウォード内部には生体パーツを用いる事により、機械的な操縦に頼らない制御を実現。


 コックピットを縮小した事により、空いたスペースに巨大な脳を内蔵。 それにより機体の制御を補助。 今のサイコウォードとニコラスは文字通り一体化しており、機体と彼自身の反応速度にズレはほぼ皆無と言っていいだろう。


 ニコラスは霧の中で輝くグリゴリの羽と光輪を睨みつける。

 

 ――仲間達の弔い合戦だ。


 接近に気が付いたシャリエルが鎖による迎撃を行うが、一度見せている以上は対策は練れている。

 鎖をドリルで絡め取って全力で引く。 シャリエルは思いっきり引っ張られて体勢を崩しかけるが、応じるように腕に力を込める。


 ニコラスはそのまま後退。 鎖が前後に引かれピンと張る。

 

 『人形風情が――』


 シャリエルはやや不快気にもう片方の腕を振るうが、鎖はサイコウォードに当たる前に横から伸びた腕に掴まれて止まる。 アクィエルだ。

 シャリエルの力は霧で弱まって尚、凄まじく。 二対一にも関わらずやや力負けしていた。

 サイコウォードとアクィエルが引き摺られそうになるが、ニコラスは小さく口の端を笑みに歪める。 何故なら彼等は充分に役目を果たしているからだ。


 ――動きは止めた。


  「――<第三レメゲトン:小鍵アルス・パウリナ 『怠惰スロウス』> 『Σλοτη怠惰は穏 ρεσθλτςやかな無 φρομ力から生 ψαλμまれるも ηελπλεのでσσνεσςある.』」

 

 瞬間、シャリエルの全身から魔力が一気に漏れ出す。 

 

 『――何!?』


 それを行ったのは離れた所に居たグアダルーペだ。

 彼女は魔導書を用いて権能を展開。 その権能は対象の魔力消費を増大させる。

 グリゴリは存在の維持自体に魔力を用いているので、効果は覿面だった。 シャリエルは苦し気な動きをした後、周囲を見回し――


 『――そこか』


 ――グアダルーペを見つけた。

 魔法陣を展開。 両腕が封じられているので遠距離攻撃に切り替えたようだ。

 グアダルーペは無表情。 光の槍のような物が複数、真っ直ぐに彼女を射抜かんと飛ぶが、割り込んだ存在が持っていたギターを掻き鳴らすと攻撃は全て軌道を変えてあらぬ方向へと飛んで行く。

 

 「ご苦労様。 そのまま私を守りなさい」

 「いや、まぁ、はぁ……」


 グアダルーペの労いに彼女を守った存在――瓢箪山は曖昧に返事をして油断なくギターを構える。

 その背には奇妙な装置が背負われており、羽の開閉に合わせて展開するようになっていた。

 シング・ストリートを小型化したもので、魔導外骨格に搭載していた物に比べれば音の増幅率はかなり落ちるがこうして範囲を絞れば充分な威力が出る。


 「は? 何ですかその返事は?」

 「ひっ!? いえ、何もないです。 この調子で頑張ります! マジで!」


 グアダルーペは瓢箪山に冷淡な視線を送りつつ、部下に指示を出す。

 

 ――やりなさいと。


 直後、近くで控えていたオークの砲兵達が一斉に量産型ザ・コアⅡを構え、即座に砲撃。

 無数の熱線がシャリエルに襲いかかる。

 シャリエルは回避しようとしたが、アクィエルとサイコウォードに両腕を抑えられて身動きが取れない。

 

 『――おのれ!』

 

 射線から逃れるべく鎖を自ら切断して急上昇――

  

 「――第三レメゲトン:小鍵アルス・パウリナ 『憤怒ラース』。 『Ανγερ怒り ανδと愚 φολλυ行は ςαλκ相並 σιδεんで βυ σιδε, ςιτηみ、悔 ρεμορσε στεππινγが両 ον τηε ηεελςかかと οφ βοτη.踏む』」


 ――しようとしたが、足元から伸びる粘質な闇がシャリエルに絡みつく。


 「馬鹿が、逃がす訳がないでしょう?」


 そう呟くように魔導書を構えていたのはグアダルーペ以上に温度の消え失せた眼差しを向けるケイティ。 彼女の権能はシャリエルに絡みつくと凄まじい拘束力を発揮して強引にその巨体を射線へと引き戻す。 回避が間に合わなかったシャリエルに熱線が命中。 次々と爆発が発生した。

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