第853話 「白黒」

 軍勢の一つや二つは軽く壊滅させられるような集中砲火を物ともせずにグリゴリの一団はゆっくりと、だが確実に迫って来ていた。

 距離が詰まった事により射程に入ったのか他の大型個体まで攻撃を仕掛けて来るようになってきたので、エルマンは早々にその場を放棄して都市に下がるように指示。


 火力が違いすぎる為、まともに撃ち合って勝てる訳がないので、射撃兵器の数々は勿体ないが放棄。

 都市内部への誘引後、白兵戦に移行する。

 同時に聖女とクリステラがその場から移動。 敵へと斬り込む為に前線へと向かっていった。

  

 入れ替わるように城から簡易祭壇が運び出され、モンセラートが配置につき、護衛についたマネシアは大楯を構えて前に立つ。

 マネシアは本来、前線指揮を任せたい所だがモンセラートにもしもの事があると戦線が崩壊しかねないので信頼できる者に守らせる必要があったのだ。


 その為、全体指揮はエルマンが執るが前線での細かい指揮はゼナイドが執る形になっている。

 天使の群はやがて都市を直接囲む壁を乗り越え――


 ――クリステラが生み出した鉄の塊に叩き潰された。


 同時に聖女の水銀の槍が飛ぶが影の様な障壁に吸い込まれて消滅。

 その黒い幕の向こうから二人の聖剣使いが飛び込んで来る。

 クリステラは真っ先に斬り込み、アリョーナを狙おうとしたが――


 「――っ!?」


 咄嗟に聖剣を立てて防御姿勢。 間髪入れずに金属音。

 クリステラは踏ん張って耐えるつもりだったが、衝撃を相殺できずに吹き飛び、近くの家屋へと突っ込んだ。


 エルマンは目を疑い、それを成した存在へ視線を向ける。

 クリステラを吹き飛ばしたのは初見の天使。 情報が全くない存在だったが、他より格が上なのは明らかだ。


 荘厳なデザインは他の天使と共通しており、白と黒を基調とした配色。

 頭部には悪魔を思わせるような山羊に似た角が絡み合うように七本ずつ――計十四本生えており、周囲には本体を守るように蛇を思わせる杖のような物が無数に浮遊しており、大きく開いた口の部分から剣や槍など様々な武器の刃が突き出ていた。 余裕の表れなのか腕は大きく組んでおり、背の三対六枚の羽と頭上の光輪が灰色に輝く。 中でもエルマンの目を引いたのはその胸部に輝く闇を凝縮したかのような球状の水晶のような物だ。 鼓動するように明滅し、凄まじい魔力を放っている。

 

 どうやらクリステラを吹き飛ばしたのは周囲に浮かんでいる武器の一つのようだ。

 そしてその足元にはブロスダン。 他の大型天使も数体がクリステラを取り囲むように移動。


 「クリステラさ――」


 援護に入ろうとする聖女を阻むように立ちはだかるアリョーナともう一体の天使。

 こちらもエルマンの集めた情報にない個体だ。

 クリステラを吹き飛ばした個体と同様に白と黒を基調とした配色――だが、黒の割合が多いので黒白と言うべきだろう――こちらは全体的に細身で背には灰色の巨大なマント。 そして周囲には腕が三対六本浮遊しており、各々杖のような物を持っている。 そして胸には同様に闇色の球。


 こちらも明らかに格上の個体だろう。 その肩にはアリョーナがおり、侮蔑の籠った表情で見下ろしていた。 クリステラの方へ行かなかった天使が同様に包囲。

 聖女は緊張とも畏怖とも取れない表情を兜の下で浮かべて聖剣を構える。

 

 ――動く。


 エルマンが思わず身を乗り出したと同時に事態が動き出す。

 全ての天使が同時に動く。 クリステラは攻撃を考えずに近くの建物に飛び込み、聖女は水銀を無数に生み出しながら走る。


 瞬間、両者の居た位置に巨大な破壊が発生。

 目まぐるしく動く状況に戦場を俯瞰している筈のエルマンも目で追えずに視線が彷徨う。

 最初に目を向けたのはクリステラの方だ。


 彼女の方へ行った天使は四体。

 白黒の天使――アザゼルにペネム、シムシエル、バササエル。

 ペネムは文字を空中に描き、前回同様に拘束を狙う。 前回との違いはそれにバササエルの影も加わった事だろう。 空からはシムシエルの光線が降り注ぎ、退路を断たんと破壊を撒き散らす。


 その三つだけでも常人なら一瞬も抗えずに斃れるだろう。

 だが、それ以上にアザゼルの攻撃が苛烈過ぎた。 周囲に武器らしきものが霞んだかと思えば斬撃が大地を襲う。 瞬きする毎に冗談のように建物が粉砕されて宙に舞う。


 クリステラは身体強化を全開にして回避に徹する。

 彼女を以ってしても逃げに回らなければ危うい程の攻撃密度なのだ。

 降り注ぐ光線を聖剣で斬り払いながら突破口を探す。 今の所は回避できているが、このままだと厳しいと判断せざるを得ない。

 

 それともう一点、気になる事があった。 彼女の腰に納まっている魔剣だ。

 何故か戦闘に入ったと同時に怒り狂うかのようにカタカタと震えている。

 鎖で封じられていなければ勝手に鞘から抜けて天使に襲いかかりそうな雰囲気すらあった。


 魔剣に関しては考えても仕方がないので今は無視。

 考えるべきはこの状況の打開だ。 ペネム、バササエルの拘束は躱せばいいだけなのでそこまでの脅威ではなく、シムシエルの光線は誘導性能がある分、軌道が読みやすいので聖剣で防げる。


 問題はアザゼルの攻撃だ。

 聖剣の加護により強化されたクリステラですら回避に徹しないと防げない一撃だからだ。

 受けるのは不味い。 動きが止まるからだ。 そうなれば捕まってしまう。


 そして追い打ちをかけるように追撃してくるブロスダン。

 単体ならアザゼル以外は問題ないが、揃われると非常に厄介だと内心で微かに弱音を吐く。

 付け加えるなら連携が非常に上手い事もこの状況に拍車をかける。


 ――エルマン聖堂騎士はとにかく引き延ばせと言う事でしたが……。

 

 彼が何を考えているかの真意は不明だが、クリステラは今更疑うような事はしない。

 粘れば何かがあるのだろうと信じ、反撃の糸口を探りつつ全力で走る。


 クリステラが逃げ回っている場所のちょうど反対側――聖女の居る場所もまた過酷な環境となっている。

 彼女と対峙する天使は黒白の天使――シェムハザにバラキエル、ラミエルの三体とクリステラ側よりは一体少ないが攻撃の密度は上だった。

 バラキエルの光線とラミエルの紫電の雨、そしてシェムハザの攻撃だ。


 周囲に浮かんでいる杖による魔法攻撃なのだが、発動から着弾までの時間が異様に短く、光ったと同時にその先に爆発が発生する。

 威力もとんでもないので可能であれば直撃は避けたい代物だった。


 聖女は大量の水銀を産み出して巨大な幕のような物を作って天使達の視界を塞ぐ形で展開。

 狙いを付けさせないようにしてひたすらに走り、自分の直感に従って回避行動。

 彼女も事前にエルマンから時間を稼げと言われているので、無理に戦う事はしない。


 ――ただ――


 「この調子だと長くは保たない、かな」


 ――彼女はやや苦し気にそう呟いた。

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