第852話 「鉄飛」
真っ直ぐにユルシュルへと向かっていたグリゴリの一団は戦闘態勢に入る前に飛来する無数の水銀の槍による攻撃を受ける事となったが、その程度で落ちる程甘い相手ではない。
バラキエルとバササエルが前に出て障壁を展開。 影と光の壁が水銀の槍の悉くを防ぐ。
前者に接触した物は吸い込まれて消失し、後者は障壁に阻まれて消滅する。
それを見たエルマンはさっきから準備しているクリステラに指示を飛ばす。
――光っている方を狙え。
水銀の槍による斉射はただの牽制で、本命はこちらだ。
指示を受けたクリステラは巨大な鉄槍を一本目の前まで下ろす。
今日までに散々練習したので、そう外す事はないだろう。
彼女は拳を握る。
しっかりと腰を落とし、聖剣による加護や魔法等の強化により跳ね上がった身体能力による全力の拳を槍に叩きつけた。
瞬間、全長百メートル近い槍が消えた。 同時に凄まじい風切音と衝撃波が発生。
――その攻撃はグリゴリの天使達ですら予測できなかった物だった。
見えない程の速度で飛来した圧倒的な質量はバラキエルの障壁を貫通。
射線上に居た天使兵の群を即座に粉砕した。
「少しずれましたか」
クリステラは初弾の結果にやや眉を顰める。 障壁を貫通した際に軌道がずれたようで大型天使に命中しなかったようだ。
次は当てると次弾の発射準備。 即座に鉄の槍を
同様に巨大な鉄の槍は凄まじい速度で天使の群へと飛んで行くが、今度は防がれた。
凄まじい金属音と同時に鉄の槍が回転しながら宙を舞う。
「クソッ、流石に二発目は喰らってくれないか」
エルマンは悔し気に表情を歪めつつ、そのまま続けろとクリステラに指示。
金属が放つとは思えない轟音が連続して響き、巨大な鉄の塊が冗談のような速さで吹っ飛んで行く。
最初、クリステラに見せられた時は余りの光景に言葉も出なかった。
聖女のように普通に飛ばすのかと思ったが、強化されたクリステラの拳という推進力を得た鉄塊は信じられない速度と破壊力を叩きだしたのだ。
本気でやれば山に風穴を開けられる威力なのだが――
それを簡単に防ぐグリゴリも並ではない。
「おい! そろそろ反撃が来るぞ! 備えろ!」
エルマンが叫ぶように防御の指示を出す。
射程の長い攻撃手段を持っている天使達が次々と魔法陣の様な物を展開。
少しの間を空けて光線攻撃が次々と飛んでくる。
「防御! やれ!」
ユルシュルは周囲を無数の砦や城壁の様な巨大な壁に覆われている。
その全てに各種防御機構を組み込んで置いた。
飛来した光線は真っ直ぐに都市を狙って来るので、砦等の上空を通過する瞬間に仕掛けが一斉に起動。
射線上に無数の障壁と光が立ち昇る。
エルマンはどうせまともにやって防げる気がしなかったので、とにかく威力を削ぎ落す事を狙う。
仕込んだ防御手段は二種類。 魔力を吸収する物と単純な障壁。
光線系の攻撃を仕掛けて来る大型個体が居るのは事前に聞かされていたので、来るのが分かってさえいればどうとでもなる。 無数の光線は障壁を破る度に減衰していく。
ただ、無効化するのは不可能なので、勢いが弱まった光線は都市部に着弾。
小規模だが爆発が起こる。
――さぁ、どうする?
エルマンはこれまでに集めた情報から可能な限り、グリゴリの攻撃手段に対する対策は練って来た。
現状で攻撃手段が確認できているグリゴリは六体。
鎖による中~遠距離での攻撃と権能に近い動きを制限する特殊能力を操るシャリエル。
陽炎のような防御に誘導性能のある光線攻撃を操るシムシエル。
直線だが高威力の光線攻撃が主体のバラキエル。
影を用いた間接的な攻撃と防御を行うバササエル。
雷による広範囲攻撃を行うラミエル。
文字のような物を介して転移や様々な攻撃を行うペネム。
能力がある程度割れているのはこの六体だが、来ている大型天使は七体。
情報がないのが二体と情報にあったシャリエルが居ない事が気になったが、事前に本拠を出たのが七体と聞いていたのであれで全部だろう。
詳細不明の二体に関しては考えても無駄なので無視。 現状、はっきりしている情報の範囲では、この距離で撃ち返してきそうなのはシムシエルとバラキエルの二体と睨んでいたが、その通りだったようだ。
他は攻撃の動作を取らない。
ここから先はグリゴリがどこまでこちらを舐めているのかにかかっている。
エルマンとしては舐めてくれている内はありがたいと思っているが、そうでないかはこの後の対応ではっきりするだろう。
実際、この防御網には致命的な弱点がある。 それを見抜いて来るか来ないかで、決まるが――
「あぁ、クソッ! やっぱり駄目か」
エルマンはやや苛立った声を上げる。
グリゴリは彼の期待を裏切り、防備を剥がす方向で動き始めたからだ。
シムシエルとバラキエルの二体は都市の周辺にある砦や外壁に狙いを変えた。
さっきの防御を成立させた装置は砦に分散配置しているので片端から潰されると、もう使い物にならなくなる。
明らかに前回とは違って本腰を入れて殺しに来ている事が分かった。 それでも正面から向かって来る辺りには驕りが見えるが、ある程度は舐めてくれないと勝ち目がなくなるのでエルマンからすれば不快ではなく付け入る隙と捉えている。
折角用意した防備が剥がされたのは困るが、この展開は想定していたので次の策へと移る。
都市部や都市の周辺に布陣した面子が次々と巨大な攻城兵器を起動。
本来なら城壁などを破壊する投石器や巨大な矢や魔法を射出する兵器が一斉に狙いを付ける。
城の地下に大量に眠っていた物や国のあちこちからかき集めた代物だった。
射程に入ったと同時に一斉射撃。 エルマンは無理に狙いを付ける必要はないのでとにかく撃ちまくれとだけ言っておいた。
様々な飛び道具がグリゴリに殺到。 その悉くが防がれるが、進行速度は大幅に落ち込んでいる。
撃破には遠いが、時間を稼ぐという最大の目的は達せられているのだ。
思ったように戦果が挙げられない事に関してはもう気にしない。
とにかくあの連中が引き上げてくれるまで粘るだけだ。
当然ながらオラトリアムと協力して連中が敵の本拠を特定して襲撃している事、それに同期した作戦行動である事は言えないので誤魔化す形になり、それに命を賭けさせるのはエルマンとしても非常に心苦しかったが、もう生き残れそうな手が他に思いつかなかった以上、どうにもならない。
――何とか最小の犠牲で切り抜けたいが……。
エルマンは祈るような気持ちで、侵攻しているグリゴリの天使達を見つめ続けた。
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