第851話 「削備」
その日、ユトナナリボは緊張した空気に支配されていた。
何故ならこの日、グリゴリの天使達が完全に回復し、これより再侵攻をかける事になるからだ。
ハイ・エルフはエルフ達に今日この日は、我々にとって運命の日となると声高に叫ぶ。
それを聞いたエルフ達は素晴らしい、素晴らしいとグリゴリの天使達を褒め称える。
森の奥から次々と天使達が飛び上がって行く。 向かう先は東――ヴァーサリイ大陸の北部。
だが、北端ではない――つまり狙いはアイオーン教団と保有している二本の聖剣と魔剣サーマ・アドラメレク。
向かうのは大型天使七体と二人の聖剣使い。 それらに率いられる形で無数の天使兵達が次々と飛び上がる。
それを見たエルフ達は歓声を上げ、出撃するグリゴリの天使の姿を見られた事で更に加熱。
彼等はグリゴリの勝利を一切疑っていないので、既に戦勝の雰囲気に包まれている。
本拠である神殿の守りもあるので、グリゴリの全ての天使は出撃しないが充分に勝利が可能な布陣だ。
残るのは兵の生産を担うガドリエルとその護衛にシャリエルが残ると言った形になった。
アイオーン教団は聖剣や魔剣の所在を隠していないので、今現在も捕捉できている。
その為、進行ルートに迷うことはなくポジドミット大陸を北上後、真っ直ぐに東を目指す。
完全に回復した彼等の力を以ってすれば海を越えてリブリアム大陸を横断してヴァーサリイ大陸へと辿り着くまでそう時間はかからない。
目指すは旧ユルシュル。 そこで聖剣と魔剣を得て、可能であればそのままオラトリアムを狙う。
難しいようであるなら、一度回復の為に撤退する事も考慮されているが、問題がなければその後に聖剣を用いて他の魔剣を探す手筈となっている。
ポジドミット大陸から離れ海上に飛び出す天使の群。
遠くから見れば輝く飛翔体が無数に飛び立つ様が見えただろう。
――だが、それを彼等に気付かれない形で観測している存在が居る事を彼等は知る由もなかった。
「急げ! 戦闘の用意だ!」
場所は変わって旧ユルシュル。 エルマンがあちこちに指示を飛ばしていた。
理由はファティマから連絡が入ったからだ。 グリゴリがそちらに向かったと。
進行経路から狙いはアイオーン教団で在ることは明白。 つまりはこの場所に来る事は確実との事。
戦力構成は大型天使七体に小型~中型無数。 最後に聖剣使い二人とほぼ総力だ。
どれぐらいで来るかが読めるのは非常にありがたかったが、戦力構成を聞いて眩暈がしそうになった。
それでも生き残る目がない訳でもないので、エルマンはこの場を切り抜ける為に全力で行動を開始する。
聖女とクリステラには事前に伝えてあるので、準備はできていた。
アイオーン教団からは聖騎士、聖殿騎士、聖堂騎士であるマネシアにゼナイド。 それと支援要員としてモンセラート。
異邦人からは葛西、北間、六串、為谷と戦闘に出られる面子は全員。
ウルスラグナ王国からは騎士達を借り受け、最後に罪人――数は少ないが捕らえたユルシュルの生き残り達を免罪を条件に戦力として組み込んだ。
魔導書を持った彼等は戦力に不安のあるアイオーン教団からすれば貴重だった。 いい顔をしない者も居たがそんな事を言っていられる状況じゃない。
以上がこの状況下で用意できた戦力の全てだ。
一線を退き、オールディアという街で学園の校長をしているグレゴアを始め、他の聖堂騎士達も参戦するつもりだったが、各地を空にする訳にも行かず残って貰う事となった。
グリゴリは西から真っ直ぐに来ると言う事なので機先を制する事は容易い。
後は本拠の襲撃に気が付いて撤退する相手をどこまで抑えられるかだ。
事、ここに至ってはもうファティマを信用するしかないのでエルマンは腹を括って、彼女の話を全面的に信用した上で戦い方は組み立てた。
だからファティマの読み通りにグリゴリが本拠の防衛に戻らなければその時点で非常に不味い事になる。 一応、そうなった場合の動きも聞かされてはいるが、負担が激増するので可能であれば発生して欲しくない状況ではあった。 その為、非常にリスクの高い賭けとなっているのだ。
仮にファティマが嘘を吐いて陥れようとしているというなら、エルマンにはどうしようもない。
それはないと頭では理解しているが、エルマンはファティマという女の底を測りかねているので信頼は不可能だが、信用せざるを得ない状況なのは彼にとっては非常に不愉快だが他に手はない。
どちらにせよ、グリゴリはオラトリアムと別口である以上、個別の対処は必要だ。
エルマンは一通りの指示を出すと、小さく溜息を吐く。
場所はこの都市で一番、見晴らしのいい場所――城のテラスだ。
急ごしらえだが防衛戦の準備は整っている。 可能であるならもう少し時間が欲しかったが、間に合わないのは想定内だ。
ご丁寧にファティマは定期的にグリゴリの居場所を教えてくれたので、かなり具体的に動きが読めるのはありがたい。
――そろそろか。
時間的にはそろそろ見えて来る頃だろう。
その証拠に遥か西の彼方に大量の光が見えて来た。 この距離でも分かる物量に胃が痛くなるが、いつも通り治癒魔法で誤魔化して指示を出す。
――来たぞ。 手筈通りに頼む。
戦端を開くのは二人の聖剣使い――聖女とクリステラだ。
エルマンからの連絡を受けたと同時に聖女は聖剣の力を解放。 無数の水銀の槍が空に出現。
その数を凄まじい勢いで増やしていく。
クリステラも聖女と同様に鉄の槍を作成するが、その大きさは桁外れだった。
全長百メートルに届かんばかりの巨大な槍を数十本精製し、頭上に配置。
二人が居るのは城門前なので視線を下げたエルマンからすれば、凄まじい数の水銀の槍と巨大な鉄槍が湧いてきたように見える。
相変わらず凄まじいなとその光景を眺めていた。
本来なら威嚇する意味でも高い位置でやらせるのがいいのだが、今回に限っては別だ。
そもそも威嚇した所で意味も効果もない相手なので、不意を突く事を念頭に置いた方がいいとこの配置になった。
低い位置に展開した無数の槍は都市を囲む防備に囲まれて外からは視認できない。
――効果があるかは怪しいが、可能な限り削らせて貰うぞ。
遠くにしか見えなかった光が徐々に近づき、その形が明らかになった。
天使の群に情報通り、大型の個体が見える。 数は――七体、隠しもせずに真っ直ぐに向かって来ていた。 舐められているとも取れるが、向こうからすればそんなつもりは欠片もないのだろう。
当然のように人間を格下と認識して侮る。
人が地を這う虫に警戒しないように、グリゴリもごく自然な形で正面から叩き潰さんと向かって来ているのはエルマンにも理解できた。
天使の群が徐々に大きくなり、聖女とクリステラの用意した攻撃の射程に入る。
――いいぞ。 やれ!
エルマンがそう言ったと同時に無数の水銀の槍が音もなく飛翔した。
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