第841話 「妄信」
エルフの都市――ユトナナリボの朝は早い。
夜が明ける前から街は目を覚まし、住んでいるエルフ達は次々と動きだす。
ある者は訓練に出かけ、ある者は食料の調達に出かけ、ある者は開拓の為の現場へと向かう。
その中の一人――コンスタンサという少女も街の目覚めに合わせて起床。
人間の年齢に換算すると成人している年齢だが、エルフは肉体の老化が遅い代わりに成長にも時間がかかる。
――とは言っても個人差はあるので同年齢でも成長した見た目をしている者も居る。
要は見た目は当てにならないと言う事だ。
コンスタンサは十代半ばぐらいの容姿に肩口で切り揃えられた髪を揺らしながら自室から出る。
リビングには彼女の両親が既に起床を済ませて朝食の準備をしていた。
おはようとお互いに朝の挨拶を済ませて食事を取る。
三人で食事をしつつ予定の確認やすり合わせを行い、父親が先に出勤。
母は少し遅い時間に出るので家事を片付けてからの出勤となる。
父は開拓関係の作業員として働いているので、朝から夜遅くまでの勤務だ。
母は服飾関係の仕事をしており、彼女の作る装飾品はデザイン性に優れているので評判がいい。
最後にコンスタンサ本人だが、彼女は何をしているのか?
今までは母の手伝いをしていたが、ハイ・エルフとグリゴリによる新体制が始まった事により、子供の扱いが変わったのだ。
彼女達は何をするのか? それは勉強――つまりは学ぶ事だ。
ならば何を学ぶのか? それはグリゴリについてだ。
街の一角に作られた巨大な神殿とそこに併設された学び舎。
子供や若い世代はそこへ交代で通い、グリゴリがいかに尊く素晴らしいかを教え込まれる。
ユトナナリボの生活が向上したのも、技術的に躍進を遂げたのも、魔物の脅威が消え去った事も全てグリゴリのお陰。 そしてエルフをハイ・エルフへと進化させてより高みへと導いてくれる偉大な存在。
ハイ・エルフへと進化する事はこの世に存在する全ての生き物が目指すべき高みへと至る一歩。
そのような趣旨の内容の教えを広めている。 講師役は他所から流れて来たエルフやハイ・エルフ達。
彼等はユトナナリボに来る前――ヴァーサリイ大陸に居た時からその偉大な存在とその教えに触れて居たので、教えを広める伝道師として使命感に燃えているとの事。
朝食と身支度を整えたコンスタンサは、母親に行ってきますと言って学園へと向かう。
「おはよう。 コンスタンサ」
「おはよう。 ラフアナ」
学園に着いたコンスタンサは声をかけて来た親友のラフアナと挨拶を交わして席に着く。
ユトナナリボに存在する建物は全て木造で、この学園も例外ではない。
ただ、建築技術に関してはそこまで発展していないので、校舎の構造自体はシンプルな物だった。
木製の長机と長椅子が大量に並んでいるだけの広大な部屋で講師役のハイ・エルフが教えるという形を取っている。
席は自由で、各々好きな場所に座って授業を聞く事が出来るのだ。
コンスタンサとラフアナは目立つ位置が好きではなかったので後ろの方の隅に座る。
「今日は何を教えてくれるのかしら?」
「分からないわ。 でも、きっと素晴らしい事に違いないと思う」
彼女達はハイ・エルフの教師から今までグリゴリの素晴らしさと偉大さを執拗に教え込まれたので、もはや彼等の存在や在り方を疑うような真似はしない。
グリゴリはエルフに繁栄と栄誉を齎す素晴らしい存在で、彼等の言う事は全て正しく、どんなに理不尽な事でもそれにはきっと愚かな自分達では理解できない崇高な考えがあるのだろう。
そんな考えが自然と浮かぶ程に彼女達はグリゴリに感化――否、汚染されたと言っていいだろう。
だが、それだけの実績をグリゴリとハイ・エルフ達は上げて来たので、そういった考えに至るのはある意味必然だったのかもしれない。
――彼等がハイ・エルフを受け入れた時点でそれは――
歴史――というよりはグリゴリの理念に関してのカリキュラムは終了しており、現在はこれからの事に重きを置いて伝えている。
これからエルフはどのような道を歩み、発展を遂げるかなどだが、外部の人間からすればはっきり言って妄言に近い物に聞こえただろう。
それでもコンスタンサ達は素晴らしい話だと疑わない。 何故ならグリゴリの言う事とする事は全て正しく、その御使いであるハイ・エルフが間違った事を言う訳がないからだ。
その為、彼女達は教えられる事を文字通り鵜呑みにするのだ。
「そうね。 素晴らしい事に違いないわ!」
ラフアナの質問にコンスタンサはオウム返しのようにそう答える。
凄まじく中身のない会話だが、彼女達にとっては非常に実のある会話のようだ。
ここ最近の話の内容はエルフの領土となったポジドミット大陸中央部から北部の扱いとなっている。
グリゴリによる大規模な掃討戦が行われたので、大陸の半分は広大な空き地と化した。
現在、少しずつではあるが開拓を進めて居る状態だ。
広大な土地があってもそれを管理する人員が居ないので、現状では完全に持て余している。
ただ、開拓に関してのみ言えばどうにかなってはいるのだ。
その理由はグリゴリの一柱――『
岩石を思わせる色合いと武骨なデザインの天使だが、見た目に反して戦闘能力は低い。
だが、それを補って余りある固有能力が存在した。
兵士と武器の生産だ。
各地を襲撃したグリゴリが連れていたのはそうして産み出された存在達だ。 『天使兵』と呼ばれるそれは分類としては天使というよりはゴーレムに近い。
戦闘能力は産み出す際に使用した魔力量で変化するので、聖剣を利用する事により限界近くまで性能を強化する事が出来た。
それによりオラトリアムの高性能な魔導外骨格や改造種とも対等以上に渡り合う事が可能となっているのだ。
当然ながら戦力として以外にも用途はあり、現在は主には開拓に用いられ、凄まじい勢いで未開地を切り拓いていた。
生産される武具はエルフ達に支給されており、彼等の戦闘能力を大幅に向上させる事にも一役買っている。
こうしてエルフ達は森の一角で慎ましやかに暮らしている一種族から、森の支配者へと変貌したのだった。
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