第842話 「下賜」

 ハイ・エルフによるグリゴリが齎す輝かしい未来を語るだけの授業妄言は数時間程で終了する。

 学園の授業は基本的に午前と午後で分けて同じ内容を語る構成になっているので、午前の授業に参加した生徒は午後に参加する生徒と入れ替わるのだ。


 さて、授業を終えたコンスタンサ達は何をするか?

 それぞれの立場で代わるが、大抵は親の手伝いや家に戻って家事を行う。

 ただ、当番制で「ある仕事」が割り振られているので、それに当たった者は例外となる。


 この日はコンスタンサとラフアナ、他数名の子供達がそれに該当していた。


 「今日は「下賜」の当番ね! グリゴリの天使様のお顔に泥を塗らないように気を付けて臨みましょう!」

 「そうね! 私達は天使様の御使いとして恥ずかしくない振る舞いをするべきね!」


 二人は口々にそう言い合うと他の者達に混ざって準備を始める。

 都市から下界に降り立ち、エルフ達の領域との境界――そこから少し北に行った場所にある開けた場所。

 そこで彼女達は作成された武具を荷車に詰め込み護衛の天使兵達と共に境界へと向かう。


 境界とは領域の外に身を置く者達からすれば未開拓地の向こうといった位置付けになるが、エルフ達からすれば未開拓地はグリゴリが治める神域で、その外は下界や俗世といった認識となっている。

 領域を越えて開けた場所に出ると全身鎧の聖騎士達が彼女達を出迎えた。 グノーシス教団だ。


 グノーシス教団はエルフ達が武具を「下賜」する相手だが、グノーシス教団からすればエルフ達は有益な「取引相手」だ。

 今日はコンスタンサが代表役なので前に出る。


 「や、約定通り、我等が神が鋳造した聖なる武具をこちらに!」


 緊張の為か声がやや上擦ったが、コンスタンサがそう言って荷車に詰まれた武具を見せると、グノーシスの代表らしい立派な法衣を身に纏った初老の男性が前に出た。


 「おぉ、よくぞ来てくれましたな。 御使いの皆々様。 我等のような者に神の御業――その一端を授けてくださるとは光栄の至りです」


 初老の男――グノーシス教団第四司祭枢機卿フリストフォル・アントン・イェ・レボルシンは温和な笑みを浮かべた後、そのままコンスタンサ達へと跪き、彼の護衛達もそれに倣う。

 簡単な挨拶を済ませ、コンスタンサが頷くとフリストフォル達は立ち上がり用意していた荷車にかかっている幌を外す。


 中には大小様々な魔石が敷き詰められていた。

 大量の魔石を確認するとコンスタンサは小さく頷く。 天使兵はそれに応えて荷車を引き渡す。

 聖騎士達は受け取った荷車の代わりに魔石の詰った荷車を引き渡した。

 

 エルフ達には通貨の概念がないので、取引を行う際にはこうして物々交換といった形を取る。

 魔石であるならいくらあっても困る事がない上、武具を使用する際の魔力の肩代わりにも使えるのでこうしてグノーシス教団に武具を下賜する代わりにお布施として徴収しているのだ。


 グノーシス教団としてはグリゴリは存在こそ広く知られていないが、信仰するべき対象として可能な限り要求を聞かなければならない相手でもあった。

 その為、接触して来たと同時にその意向に沿う形で行動するのは決まっており、逆らう気も毛頭ないので笑みを浮かべて愛想よく振舞う。


 ――汚らわしい異種族が。


 だが、笑顔の裏――内心ではコンスタンサ達の事を見下していた。 

 グリゴリの使いであるから下手には出ているが、その目は一切笑っていない。

 あるのは侮蔑の感情のみ。 それに――

 

 表情は笑みのままフリストフォルは僅かに目を細める。


 ――こいつ等は所詮、実験動物。

 

 コンスタンサ達の言動と目を見れば何を考えているかなんて手に取るように分かった。

 答えは何も考えていないだ。 グリゴリに盲目的に従って、自分達が何をしているのかすら理解していないだろう。 そしてそれはグリゴリの意図した物で、彼等にとって都合がいいからだ。支配する側にとってされる側が愚かなのは非常に都合が良いのは理解できる。 だが――


 ――愚かとフリストフォルはコンスタンサ達、エルフを侮蔑する。


 彼自身もグノーシス教団に仕える身だが、少なくともまともな思考能力は持ち合わせていると自負していた。 仕える者は盲目的であっても盲目であってはならない。


 何故なら上は下を導く義務があると同時に下は上を支える義務があるからだ。

 フリストフォルの価値観に照らし合わせればエルフ達は完全に落第以前に評価する事すら愚かしい。

 食事を待つ赤子のようにグリゴリからの託宣を待ち、言われた通りに行動する。


 そこに彼等の意思は一切介在しない。

 フリストフォルは異種族というだけでなく、性根の時点でエルフは嫌悪の対象だった。

 彼は自らの信仰に誇りを持っており、同時に自らの意思でグノーシス教団の門を叩き枢機卿という地位まで上り詰めたのだ。


 その為、中身のない信仰や口だけの軽い言葉や覚悟を酷く嫌う。

 実際、フリストフォルの考えは的を射ていた。 エルフ達――特にコンスタンサ達のような若い世代は本質的には何も考えずに周りに流されるまま今の思考に至っているので、そう評されても仕方がないかもしれない。


 彼の考えを裏付けるかのようにコンスタンサの頭には小難しい考えは一切なく、グリゴリやハイ・エルフに言われた通り、自分に与えられた役目を完璧にこなして覚えをめでたくし、ゆくゆくは功績が認められて自分もハイ・エルフとなって皆を導くのだといった事しかなかった。

 

 そこに彼女自身の意志は一切ない。 正確には意志があると錯覚しているだけだった。

 

 「確かに。 あなた方の貢ぎ物、確かに受け取りました。 あなた達の信仰心は天使様に伝わり、大いなる加護を齎すでしょう」

 「おぉ、ありがとうございます。 天使様の加護があれば我々も心安らかに信仰を貫く事が出来ましょう」


 フリストフォルは大仰な口調と仕草で感謝を述べ、部下に小さく指示。

 聖騎士達は小さく頷くとグリゴリ謹製の武具を積んだ荷車を引いて下がる。


 「では、我々はこれで。 次もよろしくお願い致します」

 「はい、では私達もこれで。 あなた方に天使様のご加護がありますように」

 

 フリストフォルは笑顔で感謝を述べつつ、内心で小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 充分に離れた所で笑顔を消して小さく呟く。


 「……まったく、汚らわしい」 

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