第823話 「次案」
「基本的に天使や悪魔には何らかの存在理由があり、それを逸脱するような事はしません」
出来ないと言い切らない辺り、グリゴリの存在を意識している事が分かる。
まぁ、あの連中は他と比べれば明らかにおかしいからな。
召喚される前から相手を唆し、自らを召喚させるという点からもその異常性が見える。
「現に連中はお前等の言う定義から外れているが?」
「問題はその自我を持ってきている事にあります。 彼等は普通の天使という存在の括りから逸脱していますが、それ故に彼等には問題があります」
逸脱しているが故の問題?
俺が首を傾げるとエゼルベルトは大きく頷いて続ける。
「彼等は存在が非常に不安定です。 これは推測になりますが、召喚されたと言っても自我を保った状態を維持する為に本体と繋がっていると僕は見ています」
んん? どういう事だと考える。
連中はこっちに干渉できる最大の姿で現れているという話だろう?
それが不安定? 俺はエゼルベルトの言葉の意味を考えて――あぁと理解が広がる。
自我を保つために繋がっているというフレーズで思い出した事があった。
ハイ・エルフ共だ。 あの連中は魂を抜かれた状態で管理されており、自我こそあったが中身は空だった。 理屈で言うならそれに近いのか。
「つまり連中は自我を維持――要は能動的に動く為に外からあの体を操作しているから燃費が悪いと?」
「恐らくですが、外からではなくあの体に自我を入れる為に余計に消耗していると見ています」
中に入って操縦していると? なら、外と繋がっている事と――いや、自我を持ってきていると言う事は残りの体を外に置いて来ているからか。
現状の体に自我の維持コスト、ついでに戦闘行動での消耗もある。
なるほど。 連中にとって自由に動かせるアバターを失う事は可能な限り避けたいのか。
やられても本体が死ぬ訳ではないが、再召喚のコストを考えると割に合わないと撤退したのも頷ける。
「つまりは維持コストと拮抗するから、損傷を回復させるのに時間がかかると?」
エゼルベルトは肯定するように頷く。
確かに納得できる話ではあるな。 センテゴリフンクスに現れたグリゴリの片割れの損傷が回復しきっていなかった事にも説明が付く。
「……そう言う事なら連中が戻って来るのに時間がかかるだろう」
「ただ、彼等の下にはそれを補える物があります」
燃費とそれを補うという話でそれが何なのかには見当が付く。
「聖剣か」
「はい、特に聖剣エル・ザドキは何らかの支援を行うような能力と推測されます」
あぁ、そう言えばファティマからの報告であったな。
確か青い方の聖剣だったか? 味方への支援特化の能力と推測されていたようだが……。
「それで? お前はどれぐらいで連中が戻って来ると睨んでいる?」
「移動の時間を考えると数日とは行かないと思います」
……そういえば連中は普通に飛んで来ていたな。
出していたスピードも結構な物だったが、即座に大陸間を移動できるレベルの物じゃなかった。
転移も使える――いや、聖剣使いを呼び出していた所を見ると似たような事はできるが、現地に居ないと扱えないと見ていいだろう。
そう言う事ならまだ猶予はあるか。
今回ばかりは少し本腰を入れて戦力の強化をしなければならないな。
アイオーン教団の方にも行くとは思うのでグリゴリを全て相手にする必要はないとは思うが、連中が負けて聖剣と魔剣を奪われるのは出来れば避けたい。
まぁ、こちらもこちらで聖剣使いが手元に来たので、勝ち目は充分にある。
グリゴリは単体なら手強いが勝てない相手じゃない上、聖剣使いも仕留める方法はいくつか思いつく。
ちょうど新しい戦力もそろそろ使い物になる頃だろうし、ここらで投入するのもいいだろう。 改造に苦労もしたし、払った労力に見合う活躍をして欲しい物だ。
話も一段落したので弘原海達の方を見て見ると既に食事が終わっており、空になった皿が大量に並んでいた。
「あ、あぁ、ぼ、僕の食事が……」
それを見てエゼルベルトが絶望的な声を上げていたが無視して、弘原海を観察。
特に変化はなさそうだな。 食事では無理か。
なら次の手を打つとしよう。 一先ず、今日の用事は済んだので二人を船に帰らせてアスピザル達とその場に残る。
「――で? お前達から見て弘原海はどうだった?」
まずは二人の所見を聞きたかったので質問を投げると、アスピザルと夜ノ森はうーんと迷うように首を傾げる。
「私は素直な感じの子だと思ったけど……」
「うん、それは僕も同じだよ。 普通に信用できそうな感じだとは思うんだけど、心が疲れているんだろうね。 何と言うか燃え尽きる一歩手前みたいな危うさがあるようにみえたよ」
今一つ要領を得ないアスピザルの言葉に内心で小さく首を傾げる。
「昔に似たタイプの人を結構、見た事あるからちょっと……ね」
「――あぁ……そう、ね。 あの時は何もできなかったわ」
夜ノ森も察したのか言葉を濁す。
持って回った言い回しは止めて欲しいものだな。 時間の無駄だ。
「分かるように言え」
俺がそう言うとアスピザルは観念したのか小さく頷く。
「ほら、僕達って旧ダーザイン時代にそれなりの数の転生者を保護してたって話、覚えてる?」
「あぁ、今ではお前等と石切、梼原だけになったがな」
「その時に自殺した人達がさっきの彼みたいな感じだったから、ちょっと思い出しちゃって……」
そう言えばそんな話もあったな。
精神的に脆い連中は早い段階で自殺か狂ってくたばったって話だったか。
つまり弘原海にもその傾向があると? 俺が聞き返すと二人は頷く。
それは困るな。 聖剣を扱える奴は貴重だ。
最低限、グリゴリの処理が終わるまでは自殺は思い留まって欲しい所だな。
その後なら聖剣を置いて好きにくたばってくれていいが。 戦力的にもまだ奴は必要だ。
「なら立ち直って貰う為にも次の手を考えるとしよう。 確か首途の案は女を宛がうだったな? どんな女を用意すればいいと思う? 奴とお似合いの牝馬でも用意すれば良いのだろうか?」
「い、いやぁ、流石にそれは止めておいた方がいいんじゃない? 今の見た目は馬だけど、元々は立派な人間でしょ? なら普通に人間の女の人でいいんじゃない?」
そうか。 奴と似た構造にするのなら作るのが少し面倒だなと考えていたが、適当に奴隷女を――いや、そう言う事なら自分で作った方が早いか。
いちいち、顔のパーツ配置が整った女を探すのも面倒だし、探すぐらいなら自分で作った方がいい。
「なるほど、なら一度戻って女を調達するとしよう。 首途の研究所に戻る」
「何だろう。 凄く嫌な予感がするのは僕だけかな……」
「私もよ。 何だか怖いわ」
小声で何かを言っている二人を無視して俺はオラトリアムに戻るべく屋敷を後にした。
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