第822話 「食振」

 俺は小さく伸びをして首途の研究所を後にする。

 ヴェルテクスとニコラス、後は何故か飛び込みで入った手術を数件、片付けて一段落着いた所で俺は例の島へと戻るべく転移施設へと向かっていた。


 傍らにはサベージに加え――


 「これから例の弘原海って人に会いに行くんだよね? 言い出しといてアレだけどこれで行けるかなぁ……」


 ――アスピザルと夜ノ森の二人だ。


 アスピザルは手ぶらだが、夜ノ森は幌がかかった荷車を引いている。

 中身はダーザイン食堂から取り寄せた料理だ。 中の保温機能がある魔法道具でしっかりと鮮度が保たれているが冷めない内に食わせるべきだろう。


 どうやったら弘原海が立ち直るのかが不明な以上、物は試しとアスピザル達の案を採用する事となった。

 

 「……聞いた限りだけど辛い思いをしたみたいだし、少しでも元気になってくれればいいわね」


 ゴロゴロと荷車を引いていたが、会話に支障が出そうなのでサベージに交代――は止めておいた方がいいか。 涎をダラダラと零していたのでうっかりつまみ食いされても困る。

 夜ノ森も気になるのか若干、サベージから離れていた。


 「梓、何を持って来たの?」

 「一応、再現した日本の料理は一通り持って来たわ。 ガーディオが腕を振るった一品だから味は保証済みよ」


 そう言えばこいつ等の経営している食堂は随分と評判がいいと聞くが、機会があれば俺も食いに行ってみるか?

 そんな事を考えながら研究所内の少し外れた場所にある転移施設を経由して例の島へと転移。


 転移施設は物資の輸送などには必須の施設なので、緊急時に備え本来なら少し重要施設からは離すのだが、研究所は物資の出入りが激しいので例外的に敷地内に敷設されている。


 ……ファティマはいい顔をしなかったが、今回に限って言えば増援を呼び込むのに役に立ったのでよしとすればいい。


 事前に話は通していたのでそのまますんなりと島へと戻り、ヒストリアを見張っている連中に<交信>で連絡を取って弘原海と同行を希望しているエゼルベルトを島内の屋敷へと連れて行くように指示。


 さて、これで上手く行ってくれればいいが……。


 

 『あの、これは一体……?』


 場所は変わって屋敷の食堂。

 弘原海とエゼルベルトが並んで席に着き、目の前には数々の料理が並んでいる。

 お互いに自己紹介を済ませた後なので、弘原海はその場に居る俺達に困惑の視線を向け、エゼルベルトは料理に興味があるのかチラチラと見ていた。


 『取りあえず食ってみろ』


 俺は特に取り合わずに食えと促す。

 

 『あの、僕も食べていいんですか?』

 『好きにしろ。 ただ、あくまで弘原海の為に用意した物だから食いすぎるなよ』


 二人は頂きますと手を合わせて食事を始める。

 一応、エゼルベルトにはフォークとスプーンを用意していたが、迷わずに箸に手を伸ばす辺り日本の食事形態への理解が深いのかもしれない。


 弘原海はオムライス、エゼルベルトはかつ丼を口にする。


 『お、美味しい! 凄く美味しいです!』


 エゼルベルトは気に入ったのかガツガツとかき込み始めた。

 弘原海も気に入ったのか食が進んでいるようだ。


 『どうだ?』

 『え? えぇ、美味しいです。 凄い、ここまで再現できるなんて……』


 俺の質問が一瞬、理解できなかったのか少しの間があったが、少し懐かしむように料理を味わっている。


 『やる気は出そうか?』

 『え? あぁ、そう言う事ですか。 すいません……今は何とも……』


 ふむ? やはり飯では駄目か?

 決めつけるのも早計かもしれないので、一通り食わせてから様子を見るとしよう。

 美味い美味いと言いながら、感動したのか目の端に涙さえ浮かべているエゼルベルトを小突く。 お前には別の話がある。 いつまでも食ってるんじゃない。


 「あ、はい、何でしょうか?」

 「グリゴリの一件で続報だ。 王都ウルスラグナにある聖剣と魔剣が狙われていたらしい。 タイミング的には俺達の所に来たのとほぼ同じぐらいだろう」


 グリゴリと聞いてエゼルベルトの表情が引き締まる。

 切り替えが早いのはいい事だな。


 「お前の言っていた聖剣使いとやらも出て来たらしい」


 そっちに関しては俺も少々驚いた。 どうやら以前に取り逃がしたハイ・エルフのブロスダンが聖剣使いとなっていたようだ。 脅威度が低かった事と早い段階で里から逃げ出していたので取り逃がしたが、今になって響くとはな。 こんな事ならもっと本腰を入れて処理しておくべきだったか?


 ……まぁ、済んだ事を言っても仕方がない。


 王都ウルスラグナを襲撃したのは他と同様に二体のグリゴリ+雑魚天使の群れだったが、聖剣使いが二人もいるアイオーン教団の相手は分が悪いと悟ったのか向こうも聖剣使いを投入したようだな。

 

 「戦闘の結果は? もしも聖剣が奪われれば不味い事になります。 対策が――」

 「いや、今の所だがその心配はない。 途中で引き上げたようだ」


 それを聞いてエゼルベルトは安心したように胸を撫で下ろす。

 聞いておきたいのはそれに関してだ。


 「取りあえずだが、連中は引き上げた。 そう遠くない内にまた来るだろうが、問題はどれぐらいの猶予があるかだ。 お前の意見が聞きたい」

 「……グリゴリの召喚経緯に関しては以前にお伝えしましたね」

 「あぁ、転生者を餌に湧いて来たという話だったな」

 「はい、もしかしたらご存知かもしれませんが、天使や悪魔――この世界とは異なる場所に存在するとされる者達が現れる仕組みなのですが――」


 あぁ、前に珍獣が何か言っていたな。

 確か悪魔や天使は世界の外とやらに居て、儀式を行う事によりこちらに呼び出す事が出来る。

 ただ、上位の存在になればなる程に呼び出すのが困難で、その理由は図体がでかすぎるのでこちらに出て来るには相応のコストが必要……だったかな?


 「――その認識で概ね間違っていません。 ただ、グリゴリの天使――グノーシスでは上級二位のΨηερθβιμケルビムクラスと最上位のΣεραπηιμセラフィムクラスの間ぐらいに分類されます」

 「要は最上位とその一つ下の間ぐらいといった認識で良いのか?」


 エゼルベルトは肯定するように大きく頷く。 偉そうにしているが何だか微妙な立ち位置だな。

 

 「彼らほどの巨大な存在になると完全な状態でこちらの世界に出て来る事が出来ません。 現在の姿はこちらに持って来れる限界の姿と言った所でしょう」

 

 なるほど。 本来はもっと強いが、こっちに干渉できる限界があの姿と言う訳だ。

 

 「そしてもう一点。 彼らが他の天使と違う点があります。 それは自意識――自我と言い替えてもいい物です」

 「確かに召喚されたにしては随分と能動的に動いていたな」

 

 呼び出されただけの分際で召喚者にあれこれ口を出すだけでは飽き足らず、行動まで指図するのだから鬱陶しいを通り越して迷惑だ。

 

 「それが彼等の特徴であり、欠点でもあります」


 ……欠点? 


 中々、興味深い話だな。 俺は続きを話せと先を促した。

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